・後日談集 後編
─白毛ピュアちゃん─
わたしがウマ娘になってから、数ヶ月が経ちました。あの人……お兄さんの家で変わらず一緒に暮らしていますが、変わったこともあります。
「いつもみたいに結ばないんスか?」
「今日はストレートの気分なのです」
お兄さんとお付き合いするようになって、今日みたいにおでかけ…デートをする機会が増えました。
「そうっスか、こっちもかわいいスよ」
「むぅ…オトナっぽく見られたいからこうしたのに」
わたしはまだまだ子供ですが、お兄さんはもう大人だから、お付き合いするからには隣に並べるようになりたいのです。
「焦らなくていいんスよ、君が成長するまでオレはいつまででも待つつもりっスから」
「お兄さん……」
そう、こんなところがオトナの余裕なのかなと思います。……ズルイです。何も言えなくなります。
「白いイルカさん、なのです」
「君の髪とお揃いっスね」
デートは少し遠出して、水族館です。お魚やイルカさん、カメさんたちと会いました。
ガラスの向こうのイルカさんを見つめていると、こちらに向かって泡の輪っかを吹いてきました。
「おっ、バブルリングっス」
「ありがとうなのです」
そう言って手を振ると、イルカさんはもう一回バブルリングをしてくれました。
「えへへ…」
たっぷり見てまわって、もうすぐ夕方という時刻です。買ってもらったベルーガさんのぬいぐるみを抱いて電車に揺られていると、お兄さんがこちらを覗き込んで言いました。
「楽しかったスか?」
「はい、もちろんなのです」
「それならよかったっス」
でもきっと、お兄さんと一緒ならどこだって楽しいと思います。そう言おうと思ったけど、それはちょっと恥ずかしくて。胸の奥にしまうことにしました。
─栃栗毛ヤンデレさん─
彼の元に来てから3ヶ月が経った頃。クーラーを効かせた部屋でテレビをボーッと見ていると、彼がモジモジしながらやってきた。
「どうしたの?」
「えっと、恋人同士なわけだし……お姉さんと……」
その様子から、なんとなく何が言いたいかは察する。でも、初対面の時のこともあってこちらから言うのは気が引ける。
「その……は、肌を重ね合わせたい、かなって…」
「あはは、何それ。昔の言い方じゃない」
「駄目、かな…?」
「いや、私の方がむしろ心配でさ。初めてがあんな感じだったから、君のトラウマになったりしてないかなって…」
「あの時のお姉さんは、色々あったみたいだから…気にしてないよ」
そう言ってもらえるのはありがたいのだけど、それだけが理由と言うわけではない。ウマ娘になったとは言え、元の年齢は2……歳で彼みたいな若い盛りの子からすれば物足りないかもしれないという不安もある。
「私でいいの?言っちゃなんだけど、アラサーよ?」
「お姉さん以外に誰とするの」
言い淀んでいると、彼にためらいがちにベッドに押し倒される。
「あっ………」
「お姉さんが好きだから、愛し合いたい。それじゃ駄目かな」
そう真剣な眼差しで言われると、決心するしかなくなる。
「……ダメじゃない、わ」
私は全てを彼に委ねることにした。
「うぅ…調子、悪くて……あんまりお出掛けできなくてごめんね…」
「いいや、お姉さんの無事が大事だから」
暦の上では秋だけど、まだまだ残暑厳しい頃。夏バテなのか、最近片頭痛がしてよく眠れず、倦怠感が取れない。食欲もあまりなくてつらい。
これではとてもではないけどデートどころじゃなくて、せっかくプチ旅行の計画をしていたのに白紙となってしまった。
「やっぱり夏バテなのかな……」
放っておけば治ると思っていたけど…彼が心配だからと念のため病院へ行く事になって、診察の結果が。
「おめでとうございます」
「………え?」
まさかの、寝耳に水だった。
……もちろん、好きな人との子供だから嬉しくないわけがないのだけど。ただ、今できるとは思っていなくて驚いたというか。
(うーん、でもよく考えたら心当たり有りまくりね)
家でする時はなるべく着けてたけど、外出する時は持ってくるの忘れてそのまま…という時とか、あと家でも補充忘れて…とか。年上の私がしっかりしなきゃいけないのに。
あの子への報告はどうしたものか……言っちゃうと絶対気負いしちゃうだろうし…でも嘘つくのも違うし。
……結局、正直に言うことにした。
となると、やっぱりというか。
「僕、大学辞めて働く…!お姉さんとお腹の子に苦労させたくないから…」
「ちょっと待って、ね?」
本当にこの子は純粋だ。だから好きになったんだけど、ね。
「いま大学辞めたら高卒になって、将来稼ぐお金も減っちゃうから辞めるなんて気軽に言っちゃ駄目よ」
「それは…そう、だね……」
「辞めずにバイトとかで、無理のない範囲で貯金を作ろっか。私もパートするから」
「うん……」
そして純粋だからこそ、言ったらちゃんと聞いてくれる。
「あ、結婚は……」
「とりあえず…籍だけ入れておきましょうか。式とかは落ち着いてからね」
「……ウマ娘の、奥さん……いいな」
あ、でも戸籍どうするんだろ。今までずっとなんとなくで暮らしてたけど役所行かなきゃいけないかなぁ…。
「僕、頑張るよ…!いつかお姉さんと素敵な結婚式をしたい」
「ええ、私と二人で頑張りましょうね」
これから先、どうなるかはわからない。何があるかはわからない、けど。
きっと、二人で乗り越えていけるはずだから。
─青鹿毛無口ちゃん─
「カラオケ?」
「うん……姉ちゃんも行きたいんでしょ……?」
「そうですね…この姿になって、せっかくだから女声の曲を歌ってみたいと思って、妹と話していたんです」
妹の方がやってきて早1ヶ月ほど経った頃。カラオケに行きたいという要望が二人から寄せられた。
「別にいいけど、俺あんまレパートリーないぞ」
「あなたは適当にスナックでも食べててください」
「おいコラ、それが人に物頼む態度か」
よぅしわかった、俺のイケボ(願望)で二人を惚れさせてやろうじゃないか。
「曲入れたか?」
「ん、とりあえず何曲か……」
「私も入れました」
まずポテトやジュースを頼んだら、曲を入れ始める。俺はとりあえず定番のJ-POPやアニソンからチョイスしたが、二人はどんな曲を歌うのだろうか。
「お、早速一曲目か。…これは俺が入れたやつじゃないな、どっちだ」
そうやって姉妹の方を見ると、黒鹿毛のあいつがマイクを構えていた。イントロ部分が終わったのか歌詞が表示される。
『どうにもできないことがあっても 最後まで目を閉じず…』
聞いたことがないはずなのに、どこか懐かしい感じのする曲だった。それを容姿端麗な黒髪ロングのウマ娘がのびやかに歌っているものだからとても様になる。
『…だからもう一度だけ信じて プリズムを通した世界の色も褪せ こんな灰色に全て埋もれても…』
そうしてしばらく……思わず聞き入っていると、もう次の曲らしい。今度は青鹿毛の妹がマイクを手にしている。
『響けファンファーレ 届けゴールまで 輝く未来を君と見たいから』
「お、Make debutか」
ウマ娘を知っているというのは、この場にいる3人の数少ない共通点だ。全く知らない曲と新たに出会うのもいいものだが、やはり聞きなれた曲は安心する。
『…高鳴る胸の鼓動 振り切るゲージ 溢れる涙を蹴散らせ 夢つかんで』
スマホで曲名を調べると、どうやらあいつが歌っていたのは十数年前の泣きゲーの曲が中心らしい。
以前聞いたウマ娘化する前の年齢を考えると、まだ物心付いていない時期のような気がするが。
「あ、次俺か。…………………こなぁゆきぃ、まぁうきせつは」
イケボ(願望)の披露チャンスだと思って気合いを入れて歌い始めたが。
「その歌い方気持ち悪いので普通に歌ってください」
「…………人混みに紛れても 同じ空見てるのに」
すっげぇ傷ついた。すっげぇ傷ついたよ俺。曲調も相まってセンチメンタルだよ。あ、センチメンタルと言えば…次はあの曲入れるか。
『消える飛行機雲 僕たちは見送った 眩しくて逃げた いつだって弱くて』
歌い続けて2時間半すぎぐらい。そろそろラストの曲かなと思い始めていると、あいつの曲が終わって、次は姉妹二人でマイクを持って立ち上がった。聞き覚えのあるイントロのあと、二人が歌い出す。
「「Wow Wow Wow Wow,Wow Wow Wow Wow……」」
「「やっとみんな会えたね」」
姉妹らしく息ピッタリでハモって見事なものだと思っていると、妹の方にマイクを持たされる。
「えっ?」
「あなたも…歌って。分かるでしょ…歌え」
「おい待て、おい」
「待たない。…たかたった全力走りたい 芝と砂と キミの追い切りメニュー」
どうやら俺も歌うしかないらしい。しょうがない、腹を括ろう。
そう思ってデュエットに参加してなんとかGirls' legend Uを歌い切ったが、まだ曲が残っている。
「なあ、もういいか?」
「ダメ。マイクは持ったまま」
そうしてこれまた何度も聞いたイントロに続くのは。
「位置について……よーい、ドン」
「うーーー「うまだっち」うーーー「うまぴょい うまぴょい」」
そう、うまぴょい伝説である。連携プレーでしっかり歌う二人に対して呆然とする俺の脛に小蹴りが入り、見るとあいつが「歌え」と言わんばかりにこちらを見ている。
「お日さまぱっぱか快晴レース「はいっ」ちょこちょこなにげに「ソワソワ」」
男のうまぴょい伝説とか誰得だよと思ったが、そういや沖トレが歌ってたなというのを思い出す。
「「きょうの勝利の女神は あたしだけにチュゥする 虹のかなたへゆこう」」
「風を切って」
「大地けって」
「ききみのなかに光ともす」
噛んだ。というか姉妹だということを考えてもこの二人はなんでこんな完璧に息を合わせられるんだ…?
「どーきどきどきどきどきどきどきどき…」
「きみの(俺の)愛バが!」
ここは沖トレのうまぴょい伝説を思い出したときから準備していた。二人は少し驚いたものの、すぐに歌に戻る。
そして……。
「「はぴはぴだーりん 3 2 1 Go Fight うぴうぴはにー 3 2 1 うーー Fight!!」」
無茶振りされながらもなんとか歌い切った。
「…おい、歌えって言うんなら前もって言ってくれよ」
「アドリブ力の、テスト……ぶい」
なんで俺がこいつらに試されなきゃならんのだ。そう思いつつ変える支度をしようとすると、頬を赤らめたあいつがこちらを見ていた。
「そういえば…私たちは“俺の愛バ”なんですか?」
「えっ、まあ…その……ああ」
理不尽な目に遭わされることもあるがまあなんだかんだ、嫌いではない。そう言うと、彼女はますます頬を赤くして、「別に嬉しくないですよ」と零す。どう考えても言葉と態度が逆だが言わぬが花というやつだ。
「妹の目の前でいちゃついて牝の顔を晒す姉ちゃん……そういうプレイ……?」
「……だから!余計なことを言わないでください!」
いつぞやのように手で妹の口を塞ぐのを見て、今の生活も悪くないもんだなと思うのだった。