・Dreaming purely white
夢を見ていました。
ふんわりとした優しい光に包まれて、雲の上へと連れていかれる、そんな夢。
「あ………寝落ちしてたんだ」
目が覚めて、しばらくは起き上がるのも億劫で。仰向けのまま片手で当たりを探ると、少し離れた場所にすっかり熱くなったスマホがあります。
手にとって画面を見て、まず目に入るのは「一流のウマ娘は休養もおろそかにしないものなの」と仰るキングさんの立ち姿。
「そうだよね……ちゃんと休まないとだよね……」
耳が痛いなと思いつつ、一旦アプリを終了してスマホを充電器に繋ぐ。冷却が済むまでは育成はお休みです。
充電しながらブラウザを開いて……とある掲示板を開きます。ブラウジング程度なら負荷はそこまで大きくないでしょうし、放熱が終わるまで暇だから。
「何か面白そうなスレは………うん?」
あにまんのウマカテを見ていると、視界の端に見慣れない物が映りました。
「これは……スイッチ?…ボタン?」
手にとっていろんな角度から見てみると、側面には文字が書かれています。
「『ウマ娘になれる代わりにあにまん民と強制的にエッチさせられるボタン』………?」
ウマ娘になれる、という部分に心が動きます。というのも、前からずっと…男でいるよりかわいい女の子になりたいという気持ちがあったからです。ウマ娘と言えば美少女揃い。それなら押さないという手はありません。
しかし、後半部分。あにまん民と……強制的に、えっち。
エッチという言葉の意味は理解しています。でも経験はありません。それに、誰とも知らない人とそういうことをする……はっきり言って、怖いです。押すという選択肢に傾いていた天秤が、わずかに戻されます。
「それでも……」
ウマ娘に、なってみたい。冴えない自分が変われたら。もしかしたら押しても何も起きない、ただのジョークグッズとかなのかもしれません。
…それでも。
「えいっ」
決意を固めてボタンを押すと、その瞬間から体中が焼かれたように熱を帯び、視界がはっきりしなくなり、気を失いかけます。
「うっ……ぐっ………」
そのまま目蓋を閉じ、意識を手放しました。
数秒、数分、数時間。どのくらいかはわからないけど気絶から目が覚めると、そこは知らない部屋でした。
「ん………」
「あ、起きたっスか。大丈夫スか?」
「あ、えっと………」
そして、知らない人。自分の声も、知らない声。知らないものに囲まれています。唯一知っていることと言えば……あのボタンを押した結果こうなったのだろう、ということだけ。
「わたしは…えっと…ボタンを、押したのです」
「ボタン?」
「ウマ娘になれる代わりに、あにまん民と強制的にエッチさせられるボタン……というボタンなのです」
「なんスかそれ」
相手は困惑しています。それはそうでしょう、わたしだって急に目の前に女の子が現れてそんなことを言われたら同じ反応をします。
「あの……あなたは、あにまん民さんなのですか?」
「そうっスね…あにまんはよく見てるっス」
ということはやっぱり、わたしはウマ娘の体になっていて、そしてこのあにまん民さんの目の前に転移して。次に来ることといったら。
「なので……その……」
エッチ…をしなきゃいけない。誰ともわからない人に身体を預けるのは怖いですが、あのボタンを押してこうなったのなら仕方ありません。
「すいません、ちょっと考える時間が欲しいっス」
「あ……はい、なのです」
即決しない彼を見て、自分の状態を思い返します。わたしは元男のあにまん民で…ソト側がウマ娘だとしても、当然拒絶するひとは少なくありません。
「やっぱり……キモチワルイのですか?元は男だから……」
「いや、別にそういうのは気にしないっスけど……見た目の犯罪臭がスゴいんでそういうことしても大丈夫かと思ったんスよ」
どうやら中身のことで拒否されたわけではないらしいのでひと安心します。…それどころか、この人は今のわたしを気遣っているようで。
「見た目……犯罪臭……」
わたしもあにまん民だったのでそれがどういうことは簡単に分かります。
「あっ、はい、手鏡っス」
「あ…ありがとうなのです」
彼に手渡された手鏡で、自分の容姿を確認します。
髪は無染色の絹糸のような、純白の白毛。両側にお団子ツインテールがあって赤いリボンで飾られています。
耳飾りは左で、白毛の牝馬と言えば「ヨシダ」と呼び掛けてそうな子が思い浮かびますが……あ、鏡だから右でした。
「んーー………」
角度を変えながら全身を見回します。服装は紺色の、トレセン学園の冬制服ですが……全体的に小柄で華奢な体です。お胸もあまり大きくありません。
「かわいいとは思うんスけどね…」
「そう、ですか…」
まあ、彼が乗り気でないならしょうがないです。強制的にエッチ…がどう強制的なのか分かりませんし、保留ということにします。
そうして1週間ほどが経って、“強制的に”の意味が分かりました。しばらくは何ともなかったのですが、4日目くらいから体の芯が熱く、燃えるような感覚に襲われるようになり、1日1日と時間が経つ度にそれが強くなっていきました。
「………さん…!もう…我慢できない…のです……」
「わっ、ちょっとっ…」
限界になったわたしは彼をウマ娘のチカラに任せて押し倒し、キスをしてしまいました。それも、浅い方ではなく、深い方の。
「じゅるっ、んっ……ぷはっ……熱くて…おかしく、なってしまいそうで……」
「お、落ち着くっス!」
もどかしいカラダの熱を、疼きをどうにかしたい。そう思って彼を押し倒し、キスまでしましたが……その先がどうすればいいのか分からなくて、困ってしまいました。
「これから……えーっと……えっちって…どうするので、ぴゃっ?!」
頭がぐちゃぐちゃになってフリーズしていると、ひっくり返されて今度はわたしが、彼に押し倒された形になります。
「ふぅー………覚悟、決めたっス。ここまでされたらしょうがないっス」
どうやら彼はわたしと…エッチする決心をしたようです。
「あ、あの……わたし…初めてなので……優しくしてください、なのです…」
その言葉を聞いた瞬間、興奮して荒々しく覆い被さる彼に、わたしは身を任せる他ありませんでした。
「んっ………ふぁ……」
どろり、したたる。からだは、ふわふわした感じで。でも彼は逆に、冷静になっていて、後悔したようすで。
「うあぁぁ……やっちまったっス……」
「どうした、のですか…?」
「オレ…実はロリが趣味で……君のことめっちゃタイプだったんスよ。それでもYesロリータNoタッチの精神でいたんスけど……」
「わたしが押し倒した、せいで…」
タガが外れてしまった、ということでしょうか。我慢していたのは、わたしだけじゃなく彼もだったのでしょうか。
「うわぁ、これって……こうなるんだったら、もっと早くに決心して優しくすべきだったんスね……申し訳ないっス……」
床に散った赤色のシミを見て、彼は縮こまります。でも、元はと言えば…後のことをよく考えずボタンを押してウマ娘になり、彼の家に押し掛けることになったわたしに責任があります。
「いえ、最後のほうはなんだかふわふわして気持ちよかったのでいいのです……じゃなくて、わたしがウマ娘にならなかったら…あなたに我慢させることはなかったので、謝るのはわたしのほうなのです…」
ごめんなさいの気持ちでしぼんでいく声、言い終わる頃には頭も下がってうつむいていました。すると、温かい腕で抱かれます。
「じゃあ…オレと君、二人で償い合うってことでどうっスか?しばらくは二人暮らしでもなんとかなると思うんで」
「…………はい、わかったのです」
そう返事してわたしは顔を上げ、抱きしめ返します。
───これからよろしくお願いします、という気持ちをこめて。