いきて……
これは拙作、『サービス精神』世界線の話です。読まれたことがない方は、『見えないものの違い』とあわせて読んでいただけると幸いです。
時系列は『このあとめちゃめちゃ楽しんだ』のあとですが、こっちは読まなくても大丈夫です。
口調とか色々と注意です。
ノベルローのネタバレが若干あります。
※ペンギンがIFローに対してビンタしてる描写があります。ご注意ください。
「みんなわざわざ集まっでもらって悪ィな……違う世界のキャプテンまで来てもらえるとは思ってなかった。
実は、今からおれたちはキャプテンの中から出ていこうと思ってる」
「……え?今日いなくなっちまうのか?」
突然、他の世界のクルーから告げられた言葉に、この世界の彼らは目を白黒させた。
「これ以上いてもキャプテンの負担を増やすだけだからな。この前の宴でキャプテンが笑ってるのも見たし、もう十分だ。でも、みんなには世話になったからせめてお礼くらいは言わねェといけないと思ってな。
本当に、ありがとう」
「……にしても、もっと別れの宴とか」
「おれたちは死んでるんだ。余計な気ィ回すな。……でも、ありがとな。その分はおれたちのキャプテンに回してくれ」
そう言いながらスッキリとした笑顔で笑う彼を見て、この世界の彼らは何も言えなかった。もう既に覚悟を決めたことがわかったからである。
「じゃ、今からおれたちのキャプテンに話してくるわ。
……あ、そうそう。キャプテンには人格の統合って言うからそのあたりよろしくな」
そう言うと、笑顔で手を振ってみんなのいる部屋から出ていった。おそらく、他の世界のローのために用意された部屋で色々と行うのだろう。
「静かになるな……」
しばらくたったあと、誰かがポツリと呟いた。彼らがいる賑やかな日々が当たり前になっていたため、誰もがそう思っていた。
「……温かい飲み物でも用意するか。毛布……はベポがいるからいいか」
しんみりした空気の中、一番最初に動いたのはこの世界のローだった。いそいそと準備を始めようとする彼を見て、シャチがふと気づいたことを口にした。
「……もしかして、自分がクルー達と離れたら寂しいから、向こうも同じだと思って慰めようとしてる……?」
「……うるせェ」
「あ、もしかしてマジ?」
「お前ホントに黙れっ」
その態度が図星だということを如実に表していた。それを見たクルー達は元気を取り戻すと同時に、自分達も準備を始めようと立ち上がった。
そのとき――
ブウン
――見慣れた青いサークルがポーラタング号内に広がっていった。
「"スキャン"
……能力が使える。錯覚じゃねェ。ただ、おれは"ROOM"を使ってねェ。つまり……だが、何でだ?」
この世界のローが自分に能力を使って真っ先に確認をした。だが、理屈はわかっても理由はわからなかった。
そんな混乱の中、突然イッカクが彼女から見て右手側に倒れた。……それはあのときのペンギンのようだった。
「助けて!」
混乱に次ぐ混乱の中、イッカクが叫んだ。
「私達のキャプテンを助けて!このままじゃ死んでしまう!」
「"シャンブルズ"」
クルー達が走る中、この世界のローは能力を使用して一足先に彼の部屋へ到着していた。そこにいたのは左手が口に入った状態で倒れた他の世界のローだった。
「……チッ。
"タクト"」
そのまま指を噛み千切ろうと力を込めていることに気付いたこの世界のローは、左手を口から強引に抜き取り、床へ落とさせる。足も同様に、押さえつけて動かないようにした。
「……!」
自分の"ROOM"が使われていることに気づいた他の世界のローは自分の能力を解除した。
「"ROOM"
"タクト"」
しかし、何かする前にこの世界のローが能力を発動。即座に抑え込んだ。
力で強引に抑えることもできるが、それを覆せるのがオペオペの能力だ。それよりも、能力を使った方が逃げ出さないと判断したが故の行動だった。
「次何かやってみろ。練度はおれの方が上だ」
「……あァ、そうだな」
この世界のローの予想通り、力の差を理解した他の世界のローは大人しくうなだれた。過剰な覇気で能力は無効化できるが、それを他の世界のローは知らないし、また知っていたとしても技量が足りなかった。
「何があった。……何でこんなことしようとしたんだ!」
大人しくなったのを確認して、この世界のローが口を問い詰める。その様子から狼狽が見て取れた。そんな彼を気にもとめず、他の世界のローが口を開いた。
「お願いだから死なせてくれ……全部、思い出したんだ」
抵抗を諦めた他の世界のローは力なく呟いた。その言葉に、既にたどり着いていたクルー達全員の内の誰かがヒュッと息をもらした。その様子見た他の世界のローは薄く笑みを浮かべた。
「やっぱり知ってたんだな」
「……ごめんなさ」
「別に怒っちゃいねェよ。……あァいや、自分自身には怒っているのか?」
そう言うと自嘲するように笑った。
「もう一度聞く、何でこんなことをしたんだ」
「……だって、最低だろ?大事な彼らのことを忘れていたんだ。いや、重要なのはそこじゃねェな。おれは彼らを死なせたどころか死んだあとまで苦しめたんだ」
この世界のローが、確かめるように問いかけた。それに対し、他の世界のローは首をかしげながらまるで当たり前だとでも言いたそうに話し始めた。
「あんな目に合わせるくれェならさっさと死ぬべきだったんだ。あの中にいたときにでも、麦わら屋が死んだとき一緒にでも……いや、それじゃダメだ。もっとずっと前……あのとき、燃えて死ぬべきだったんだ。そもそも生まれるべきじゃなかったんだ。こんな死に損ないが生き恥をさらすべきじゃなかったんだ。
だって、おれは始めから何もかも間違っていたんだから!」
涙を流しながら、笑いながら言葉を重ねていく。その瞳は出会ったばかりと同じで、出会ったばかりよりも病んでいた。
「だから……死なせてくれ。一人でもちゃんと死ねるから」
やがて、懇願するようにそう口にしてうなだれた。
この世界のローは何も言わなかった。……言えなかった。
クルー達も様々な思いがない交ぜになり、すぐに口を開くことができなかった。
そんな中、周りを押し退け、他の世界のローの前に立った人がいた。
「……ペンギ」
パァンッ
名前を呼びきる前に乾いた音が部屋の中に響いた。
ペンギンが頬を叩いた音だった。
「もういっぺん言ってみろ。
おれがお前を殺してやる」
呆然としたローの胸ぐらをペンギンがつかむ。その顔には怒りがにじんでいた。
「おれなんかを殺して気が済むならいくらでも」
「おっと、それ本気で言っていいのか?」
どこか安堵したような声で話す他の世界のロー前にシャチが立つ。その横にはベポもいた。
「世界が違おうが何だろうが『トラファルガー・ロー』……つまり『ハートの海賊団のキャプテン』を殺したクルーがどうなるのか、わかってるのか?
うちはドライなんだ、何年の付き合いとか関係ねェ……殺されるに決まってるだろ。なァ、ベポ」
「うん、そうだね。でも……ローさんには関係ないよね。
だって、今ペンギンは死んでもいいってそう言ったんでしょ?」
「…………え?」
ペンギン同様、怒りのにじんだ二人の言葉に首をかしげた。今度は、本当にどういう意味かわからないという様子だった。
「ち、違う」
「何も違わねェ、どこが違うんだよ!
おれとシャチは森の中で死ねばいい。ベポはずっといじめられて故郷に帰れず、兄の顛末を知らないままでいい。そう言ったんだろ?」
震えた声で呟いた言葉を即座に否定した。そのまま話し始めたペンギンに負けじと二人も口を開いた。
「おれたちは多かれ少なかれキャプテンに助けられて、キャプテンについて行きたいと思って来たんだ」
「海賊になる時点でどんな目にあって死ぬか覚悟はできてる。どんな悲惨な結末を迎えたとしても、キャプテンのそばにいると覚悟を決めた」
「『その覚悟をバカにするな!』」
三人が同時に叫ぶ。クルー達の思いを代弁した、その声を否定するものは誰もいなかった。
「……でも、少なくとも、おれと出会わなければ、死んだあとまで苦しむことはなかった」
それでも、彼は納得できなかった。それだけ、彼の絶望は深いものだった。
「なるほど、じゃあ、彼ら本人に聞けばいいんだな」
ただ、その絶望から救う術を彼らは持っていた。
「おい、ローさんのところにいるおれ。どうせいるんだろ?身体貸してやるよ。はァ、……こんなポンポンと貸すものじゃねェんだけどな」
「あ、それおれにもできる?」
「無理やり席取られるような不快感に耐えられればまァ……」
「ならおれもやる」
「おれも!」
ペンギンの提案にシャチとベポものった。それを筆頭にのるものは次々と現れ、やがてクルー達全員が手を上げていた。
「な、何で……?」
「当たり前だろ。あんたのとこのクルー程じゃねェにしても、おれたちだってローさんが大好きなんだから」
困惑する彼にペンギンが優しく教えてあげた。
少しの間を置いて、取り憑くことに成功したのか彼らが一斉に倒れだした。だが気にもとめず、あるものは右腕を抑えながら、あるものは這ってでも他の世界のローのそばに近寄っていく。
「ごめんなさい」
「今まで苦しいだなんて思ってないです」
「生きてください」
「幸せになって」
「愛してる」
そして口々にそう語りかけながら彼を抱き締めた。彼らの思いが伝わった他の世界のローの目には涙が浮かんでいた。
「……ごめんな」
やがて、抑えられずにポロリと彼からこぼれ落ちた。
「ごめんな、みんな。おれのせいで死なせてしまって。
おれは……おれも、お前らのこと愛してる」
一度決壊すると、止まらずにどんどんあふれていった。他の世界のクルー達はただそれを受け止めていた。それはずっと彼らがやりたかったことだった。
「………………………あったけぇなぁ」
もう触れあうことがないと思っていた仲間達に抱き締められ、全てをこぼした彼は、やがて色々な思いをのせてそう口にした。その顔にはもう絶望は浮かんでいなかった。
「……なんだ、抱き締められたい相手はいたんだな」
その感覚を共有したこの世界のローは静かにそう呟いた。
翌日、心なしかぐったりした様子のクルー達の前に、他の世界のクルーがやって来た。
「……え?何でシャチがいるんだ?」
「おーやっぱりわかるんだな。
じゃあちょっと悪ィが一発殴られてくれや」
そう一息で言い切った他の世界のシャチは相手の返事を待たず、この世界のペンギンの頬を叩いた。パチンッという軽い音が響いたあと、頬を抑えたペンギンが怒り始めた。
「いきなり何すんだよ!」
「昨日のことは感謝してるけど、それはそれとしておれたちのキャプテンにビンタしたことは許せねェ。というクルー達の総意でやった。
ごめん」
「最初に全部言え!」
「いや逃げられても困るし……」
二人でヤイヤイ言い合っていると、ペンギンのそばに座っていたこの世界のシャチが立ち上がった。そして、頭めがけて思い切りチョップした。
「いてェ!何でチョップなんだよ」
「うるせェ、迷惑料だ迷惑料。身体貸すやらなんやらで疲れた上にペンギンに何かされて黙ってるわけにはいかねェだろ。
大体、お前らこうやって仕返しされることで『喧嘩両成敗、お咎めなし』ってするつもりだっただろ。だからペンギン何かあったら絶対に何かするおれが、仕返ししても一番心が痛まねェお前がやった……違うか?」
「やっぱり大本が同じだから全部バレるな……」
考えを全て読まれたシャチは、頭を押さえながら苦々しげな顔で空いた椅子に座った。
「そういえば、もう出ていくって話……あれなくなったのか」
既に頬の痛みが引いたペンギンが口を開く。それを聞いた他の世界のシャチが苦笑いを浮かべた。
「あー……それについてちょっと話がある。というかそっちが本題だ。
実はな……成仏できなかったんだよ」
「『はァ?!』」
突然の放たれた事実に、二人だけでなく周りにいたクルー達も驚愕の声をあげた。その反応をよそに、彼は頭を捻っていた。
「こういうオカルトじみた話の専門家がいねェからはっきりとしたことはわからねェが……多分、ここが本来おれたちがいる世界じゃねェからだと思う……やっぱり、わからねェな」
「じゃあ、今まで通りなのか?」
この世界のクルーが言った言葉に対して、他の世界のシャチは首を横に振った。
「いや、それもちょっと違ェ。もう全員でキャプテンに取り憑くのはやめにした。キャプテンやお前らに話かけられたときだけちょっと中に入って話す……みてェな感じでやってみることになった。あの状態はやっぱり負担がかかるからな」
その話を聞いて、ペンギンの頭にある疑問が浮かんだ。
「なら……もしかして、こうやって表に出ることは最後なのか?」
「最後ってことはねェよ。ただ……今までみてェにホイホイ会うことはないだろうな」
そう言うと、少し寂しそうに笑った。
「まァ、今までは異常だったんだよ。おれたちはあくまでも死者なんだからさ」
「そうやってローさんと話すのを遠慮するなよ。今回の件はお前らの対話不足が原因の一端を担っているんだからな」
「あァ……そうだな。心にとめておく。だって、やっとちゃんと向き合えた気がするんだ」
この世界のシャチからの忠告を聞いて、他の世界のシャチは笑ったまま目をつむった。
彼の忠告は正しい。今回の件はお互いを大切に思いすぎるが故に罪悪感が目を曇らせた結果起きたものであった。
誰が悪いわけでもない。ただ、優しすぎただけだ。
「じゃ、おれはそろそろ行くわ」
そう言って他の世界のシャチは立ち上がった。それを止めるものは誰もいなかった。
「あァ、そうだ」
部屋を立ち去る前、クルリと振り返り、彼らの方を向いた。
「生きろよ!」
そして、ニッと笑いながらそう伝えると出ていった。
「何最後に当たり前のこと行ってるんだか……。
そんなのわかってるに決まってるだろ。何年一緒にいると思ってるんだ」
震える声で、そう答えた。
蛇足的な話