見えないものの違い

見えないものの違い


これは拙作、『サービス精神』の続きです。今更ながら、続かないと書いたのに続いたことに気づきました。

また、『当然、彼の中の彼らも悔やんだ』を読んでいただけるとよりわかりやすい内容になっております。

口調とか色々と注意です。

また、ハートの海賊団に献立表があるという捏造をしています。
















 ハートの海賊団には献立表と当番表が存在する。これは潜水中の日にち感覚やもめ事を事前に防止するためである。そのためよっぽどのことが起きない限り、これが変わることはないのだが……。

「一緒に作ってもいいか?」

 本日はそれが起きた。

 ちなみに、メニューの一つはおにぎりである。


「もちろん、と言いたいところだが……」

「あァ、大丈夫だ。こんなものを事前に用意しておいたんだ」

 そう言いながら取り出したのは片手でおにぎりが作れるアイテムだった。おにぎりが献立に度々並ぶことを知っていたため、先日浮上した際に買っていたのである。

「……!確かにそれなら一緒に作れるな!」

 その事実に気づくと、顔を華やげいそいそと準備を始めた。自分達のキャプテンはもちろん、他の世界のローもクルー達も大好きな彼らが一緒に料理が作れる機会を逃すわけがなかった。

 それは当然、今日が当番どころか料理が担当ではないこの世界のクルーにも該当することで……。

「あ、お前らズルい!」

「おれも一緒に作る!」

 この事実に気づくやいなや、ぞくぞくとこの世界のクルー達が調理場へ集まっていった。

 今回幸いだったことは、二十一名を満足させるにはそれなりの量がいるという点。そして今日のメニューがおにぎりという特別な器具も技術もいらない、誰でも作れる料理だという点である。

 そのためポーラタング号内ではいつの間にか餅つき大会ならぬおにぎり大会が開催され、この世界のクルー達のほとんどが仲良くおにぎりを握っていた。

「そういえば、今日は表に出るやつがコロコロ変わるな」

 おにぎりをせっせと作る中、ふとこの世界のクルーの一人が問いかけた。彼の作るおにぎりに同じものはなく、その手際も作る時々で違っていた。

「あー……実はやりたいことがあってな。気づいたんならちょっと頼まれてくれねェか?」

 気づいたクルーに対して少し気まずそうにしながら話しかけた。それを見て、なんだなんだ自分達も気づいていたぞと集まってきたこの世界のクルー達に若干驚きながらも、彼らへやりたいことを説明した。

「え、そんなことでいいのか?」

「それなら同じお皿に入れたらダメじゃん」

 それを聞いた彼らはあっさりと協力を始めた。頼まれたことはさほど難しいことではなく、その思いは自分達に痛いほど理解できるものだった。

「……ありがとな」

 思いを汲んでくれた彼らに対して少し照れながらお礼を言った。


 そんなこんながありながらもおにぎりは無事完成し、この世界のローを含め、みんなの手元へ渡った。

「やっぱり味は表に出ていたやつに寄るんだな」

「おれたちが作ったおにぎりの味に似てる」

「少なくとも、キャプテンの作った美味しいか美味しくないかでいえば美味しいけどめちゃくちゃ美味しいってほどじゃないおにぎりとは違う」

「ハリ倒すぞ」

 他の世界のクルー達が作ったおにぎりを食べながら口々に感想を言っていく。この世界のローも、最後の感想を言った相手を軽くはたきながら彼らの作ったおにぎりを口に運ぶ。

「ウメェな……確かに、ウチのクルーが作ったやつによく似てる」

「良かった……」

 この世界のローからの感想を聞いて胸を撫で下ろした。この世界のクルー達からの感想は聞いていたが、彼からの感想が一番欲しかったのである。

「これで安心だな!」

 その様子を見て、近くにいたこの世界のクルー達も腕を肩に回しながら喜んだ。


「ハッ……今ならキャプテンから自分が作ったおにぎりの感想がもらえる……?」

「……?そりゃ欲しいなら言ってやるが」

「欲しい!めちゃめちゃ欲しい!」

 なお、この世界のローがこの事実に気づいたこの世界のクルー達から総出でおにぎりを渡され、感想を言う羽目になったのは別の話である。




 他の世界のローその人が目を覚ましたのは、他の世界のクルー達がおにぎり大会をした翌日のことであった。

 周りに誰もいないことに気付き、一人で立ち上が……ろうとしたときに、この世界のペンギンが部屋へやって来た。

「ローさん!無茶しないでください!」

「大丈夫だ……このくらい」

 そう言いながら杖を支えに何とか立とうとした。しかし、バランスを崩し、この世界のペンギンに支えられた。

「あっ……すみません。おれ、声もかけずに」

「?いや、悪いのはおれだ。何でペンギンが謝るんだ?」

 こともなげにそう言う他の世界のローに対して、この世界のペンギンはなにも言えず、立ち上がったのを確認するとそっと肩に回した手を離した。


 この世界に来たばかりのトラファルガー・ローの心身の状態は深刻だった。それは、怪我だけの話ではなかった。

 数ヶ月、他のクルー達にずっと身体を明け渡すような行為をした結果、彼は身体があるという感覚をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 このことが判明したのは、この世界へやって来て数日後、彼らがロー自身へ身体を返そうとしたときだった。何も最初から逃げ出したあとも表に出ようと考えていたわけじゃない。この世界へ来て、この世界の自分自身に出会ったあとは何なら身体を離れて逝くべき所へ行こうとさえ考えていた。

 だけど、そんな考えはすぐに霧散してしまった。

 五感だけにあきたらず、手足がある感覚、呼吸をする感覚、心臓が動く感覚までも忘れ、ただ突っ伏して情報を受け取ることしかできない彼を、放っておくことなんてできるわけがなかった。

 『こうなってしまったのは自分達のせいだ。せめて、身体の感覚を取り戻すまでは自分達が表に出て少しずつ慣らした方がいい』というのが、この事実に気づいた彼らの最初の総意だった。もっとも、今は別の理由も込みで彼の身体に留まっているが……。

 ともかく、無意識下での行動や臓器が動く感覚に慣れたあとも大変であった。

 情報を受け取り慣れていない五感は過敏になっていた。

 あの支配から何とか逃げ出せる程度の筋力はあっても、存在することを忘れていた身体は指一本動かすこともままならなかった。

 身体がある感覚に多少慣れたあとは、傷つけられた箇所の痛みが常時襲い、身体が動かしづらくなった。

 それらを何とか乗り越え、今は杖があれば歩くことができるようになっていた。

 それは素晴らしい進歩である。なのに、彼は一刻も早く生活に支障が出ないように、誰にも迷惑をかけないように懸命にリハビリを行っていた。

 行うこと事態は悪いことではない。しかし、強迫観念にも似たそれに対して、何も思わない者などいなかった。


「お前が来たということは、朝食ができたのか?それとも服を選ぶのか?いつもすまねェな」

「……そんなことないですよ。

 それよりも朝ごはんがあるので食堂へ行きましょう。今日はおにぎりですよ!」

 この世界のローの好物の話を聞いても他の世界のローは表情を変えずに歩いていく。他の世界のローは転ばないように気を張り、この世界のペンギンは彼がバランスを崩したときのために身構えていた。

 やがて食堂につくと、一番入り口から近い席におにぎりは用意されていた。その席でいいか確認して、椅子へ座り、おにぎりを口へ運ぶ。


 そのとたん

「……?」

 他の世界のローの目からは涙が溢れていた。

 普通の食事が取れるようになったあと、細かい手の作業がいらず、何よりローの好物であるおにぎりは何度も出されていた。でも、そのときは涙を一度も流したことはなかった。

 それどころか、彼の涙は滅多に見たことがなかった。

 流れてくる涙に誰も彼もが動揺する中、彼はもう一度おにぎりを口へ運ぶ。

「……同じだ」

 そして、あることに気づいた。

「おれのクルーが作ったのと同じ味がする……!」


『え?自分達の作ったおにぎりをローさんに食べて欲しい?』

『せっかく普通の食事ができるようになっただろ。だから、キャプテンの好物を作って食べさせたいんだよ。

 明日、表に出ることになってるからさ……おれたちが作ったやついくつか置いといてくれねェか?』

『え、そんなことでいいのか?』

『それなら同じお皿に入れたらダメじゃん。というか、献立におにぎりが出る日まで待つとかそんな気ィ使うなよ』

『……ありがとな。

 あ、あとおれたちが作ったって言わないでくれるか?そういうの気にせずに食べてもらいたいからさ……』

『『えーー!!』』

 おにぎりを作っていた際、そんな会話が行われていた。この世界のクルー達はその頼みを忠実に叶えていた。

 つまり、他の世界のローの前に出されたのは、他の世界のクルー達が作ったおにぎりであり、その事実を彼は知らなかった。

 だけど、彼は気づいた。そこにあったのがわずかな、しかし大きな違いだったが故に気づくことができた。


「あいつらがいたときは、おにぎりがよく出ていて。おれが食べると、あいつらも笑って。『キャプテンが嬉しいとおれたちも嬉しい』って言って」

 泣きながら、思い出しながらポツポツと話していく。いくら震えても、左手を離すことはなかった。

「おれは、それが……あァ、そうか……。

 おれは、おにぎりが、おれのクルーが作ってくれたおにぎりが、大好きだったんだ……」

 やがてそう呟くと、周りにいたこの世界のクルー達からワッと歓声が上がった。

「ど、どうしたんだ……?」

「どうしたもこうしたもありませんよ」

 予想外の反応に動揺している彼に対して近くにいたこの世界のペンギンが話しかける。その声は震えていた。

「おれたちは、あんたが何かを好きって言うところ、初めて聞いたんですから……!」


 他の世界のクルー達がこの世界に留まった理由……それは、彼の心の状態にもあった。

 彼はさんざんいたぶられ、切り刻まれ、潰された結果、ありとあらゆるものの好意どころか嫌悪すらも抱けなくなっていた。何を感じても無視され続けた結果、意味がないと感じること自体が麻痺してしまったのだ。

 五感から伝わってくるものもただの情報でしかない。肩に手を回したとき、その感触がゾワリとした生暖かいものが肌を這うようなものだったとしても、それを不快だと感じることができない。感覚が伝わってきたこの世界のローが『不快ではねェのか』と問いかけても、理解することはできなかった。

 そんな、好意も嫌悪もわからなくなった彼が唯一人間らしい感情を見せるのは彼の仲間達のことだった。彼の中でやりとりができた影響だろうか。彼はクルー達への愛を失うことはなかった。

 だけど、それは彼の罪悪感へとも繋がってしまった。自分のせいでクルー達を死なせ、死んだあとも苦しめた事実は耐えられるものではなかった。自分の中にいる彼らは自分がうみだした人格だと思うようになったあとも、その罪悪感が払拭されることはなかった。

 それ故、今の彼が生きているのはひとえに贖罪のためだった。

 自分が死なないのは、自分がうみだしたとはいえ自分のクルーである彼らも一緒に死んでしまうため。

 自分が表に出るのは、この世界の彼らを喜ばせるため。

 この世界のクルーが自分の行動の影響で喜べば安心したように笑い、そうじゃないならわかりやすく狼狽する。

 それが彼が見せる人間らしさだった。

 そんな彼から仲間達が離れていけば……たとえ死ぬのを止められても、空っぽになってしまう。その結論に至ってしまうのは容易かった。

 彼らは自分達のキャプテンを愛していた。幸せになって欲しいと願っていた。

 だから……彼の負担になるとわかっていても、離れることができなかった。自分達のせいで彼が壊れるのは、もうさんざんだった。


「……おれが好きだと言うと、みんな喜ぶのか?」

 歓声と涙の中、困惑したように彼が問いかけてきたことにこの世界のペンギンは気づいた。彼の表情はまるで迷子の子供のようであった。

 仲間ではなく、自分自身が陵辱されている夢を見て泣いていることに混乱した彼に対して、『自分が痛いこと、辛いこと、嫌なことをされて嫌悪を感じるのは当たり前だ』と夢を共有したこの世界のローが教えたのは最近のことである。伝え方を間違えれば、好意を抱いたことを、取り戻しかけた感情をまた忘れてしまうかもしれない。

 どうしようかと迷っていると、誰かが自分の中へ入り、乗っ取ろうとするあの時感じた感触が身体の中に走った。多少不満はあったが、なるべく抵抗しないように席を譲った。

 ……自分よりも彼が適任なのは事実だった。

「好きだと言ったからじゃないです。心から何かを感じたことを知れたから喜んでいるんです」

 少しの間を置いて、ペンギンが話しかける。多少の違和感を感じたが、おとなしく話を聞いた。

「好きなことでも、嫌いなことでも、心から何かを感じたらそれでおれたちは十分なんです。……まァ、強いて言うなら幸せになって欲しいですけどね、キャプテン」

「……!まてっ!今のは」

「とにかく、そういうことです。……わかりましたか?」

「わ、わかった……」

 疑問が確信になる前にこの世界のペンギンは他の世界のローに念押してごまかした。あのことに関していつか話すのはやぶさかではないが、少なくとも今ではなかった。

 そして、隠すと言ったくせにボロを出しかけた彼に対して軽い苛立ちを覚えていた。

 (まァ、久々に自分達のキャプテンに会えたんだ。多少うっかりもするか)

 今の他の世界のローの表情を見て、この世界のペンギンはそう納得していた。

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