だから、どうか――
『いきて……』の蛇足的な話です。
ずっとIFクルー達視点で会話がほぼない怪文書です。
最初はただ、キャプテンが苦しんでいるところを見ることしかできなかった。それに耐えられず、キャプテンへ手を伸ばしたら、キャプテンに取り憑くことができた。
大人数が取り憑いたせいか、現実とは違う不思議な空間に集められていた。その空間には大好きなキャプテンもいた。
『キャプテン、会いたかった……死んじまって、ただそばで見ることしかできねェと思っていたから、こうやって話せて嬉しい』
口々にそんな言葉を伝えながら、キャプテンへ駆け寄っていった。なくなった身体も、この空間では意識すれば存在していた。
……それが、そもそもの間違いだったのかもしれない。
キャプテンはおれたちの存在に気づくと、膝をついてその場でうずくまった。
『すまねェ……おれのせいで……許してくれとは言わねェ、言えねェ……でも、すまねェ……すまねェ……』
そして、悲痛な声で謝り始めてしまった。
何を言っても変わらず、ただ謝る声だけが空間に響いていた。
取り憑いてすぐに、誰が表に出るか簡単に変えられること、その様子はこの空間から知ろうとすれば知れるし会話もできることがわかった。だから、あの野郎がいるときだけはキャプテンの代わりにおれたちが表へ出た。全員がキャプテンのふりをするとバレそうだから、多重人格のふりをして。
子どもの人格、女性の人格、服従している人格……それぞの人格を何人かで一緒に担当した。辛くなったらいつでも変われるように。困ったときに同じ立場で協力できるように。
それでもキャプテンを表に出さないために、キャプテンのふりをする存在は必要だった。それを担当したのはペンギンとシャチだった。一番キャプテンと長い間一緒にいて、人間の男性の体に慣れている二人だった。
『そのくらい上手くやってやるよ!十三年来の付き合いなんだからな!』
『そうそう。三年しかキャプテンを知らねェやつなんかにバレてたまるかよ』
一番辛くて大変な役目を任された二人はそんな中でも軽口をたたいていた。その明るさはわずかなりとも救いになっていた。
でも、その行為をキャプテンが納得するわけがなくて。隠そうにもこの環境ではバレてしまうから、無理やり抑えて表に出ていた。
『止めろ、止めてくれ!……おれはそんなことをさせたいわけじゃねェ。おれはお前達が側に、いや居なくてもただ幸せならそれだけでいいんだ……!』
必死な叫びが今も胸に残っている。それでも、キャプテンをあんな目にあわせるなんて無理だった。
そうやって、無理やり表に出ることを続けていると、キャプテンの肌がわかりやすく白くなっていた。それが何を意味するか知っていたペンギンとシャチとベポの三人は真っ青になっていた。
『このままじゃ死んじまう……!』
そう言ったのは三人のうちの誰だっただろうか。詳細は口にしなかったが、こんなときに冗談を口にする質じゃないことはみんな知っていた。
何が原因なのか知っている三人に、表へ出ているときの様子を観察してもらっても思い当たる節はなかった。なら、もしかして……と最後に覗いたのがキャプテンだった。
『あの口枷だ……キャプテンが一番知っているはずなのになんで……』
結果は言わずもがな。大事な時間を奪っているからと、あの野郎がいないときに表に出てもらっていたことが、そしてその様子をあまり見ないようにしていたことが仇になっていた。
すぐにこの空間に連れて来て問い詰めた。そのときのキャプテンの顔を、声を忘れることはないだろう。
『死んだあとまでお前達を苦しめるなら、おれが生きてる意味はない』
何もかも諦めた顔からつむがれる昏い声を聞いて、おれたちはキャプテンが壊れる寸前であることを今さらながら理解した。
あの仕打ちから守ろうとするばかり忘れていた。キャプテンはおれたちのことを愛していて、そして傷つけられることを何よりも恐れていた。
大事なことを何も告げず、自分達をゾウへ向かわせた程度には。
おれたちの遺品や遺灰を利用したダイヤモンドのために身体を渡し、心を砕く程度には。
キャプテンのことを忘れるなんて、本当にバカだった。
それでも、キャプテンに生きて欲しかった。例えどう思われようとも。
誰が言い始めたわけでもない。自然と口は開いていた。
『おれたちはキャプテンから……あなたから分かれた人格です。あなたの愛した彼ら自身ではありません』
何かの間違いで表に出てしまわないように、この空間の奥へ奥へ連れて行く。信じるようになるまで何度も何度も同じことを伝え続ける。
こんな状況で、状態で、キャプテンは多重人格だと信じてもらうのは容易かった。
わかってる。
これはキャプテンを傷つける方法だ。
わかってる。
これは監禁で、洗脳に違いない。
わかってる。
こんなものはあの野郎……ドフラミンゴがやっていることと何ら変わりはない。
ごめんなさい、ごめんなさい。
それでも、おれたちはあなたに生きて欲しいんです。ここから出られたら、すぐにいなくなるから、今だけは許してください。
心の中で何度も謝罪をしながら、表へ出た。何度も言い訳をしながら、この狂った鳥籠の中から脱出する方法を探した。
キャプテンにしか治せないのに治さなかったせいで、狂った男は他の世界へ渡る方法を探していた。他の世界のキャプテンを連れて来ようとしていた。
その情報を何とか盗み取り、外にいる人間へ渡した。生前に縁があり、見聞色の覇気に優れていたら、幸いなことにおれたちと意志疎通することができた。
こんな状況でも、キャプテンはおれたちのやるべきことへ導いてくれた。どうなっても、キャプテンはキャプテンだった。
そうやって、協力してくれた人の力を借りて手に入れたヘルメスを使って、この世界から逃げ出した。
どんな世界に行くのかは最初から決まっていた。
『キャプテンが幸せになれる世界!』
……今思えば、何もかもをもっと早くやるべきだった。そうすれば負担も少なかったのに。
自分達のせいで、キャプテンに余計な負担を強いらせてしまったことに気づいたのは、他の世界に来て初めてキャプテンに表に出てもらったときのことだった。
そのときにはもう、キャプテンは表に出たいと言わなくなっていた。それどころか、自我や存在というものが薄れつつあったように感じられた。
焦っていたように思う。そのせいで苦しめてしまった。
『――っ、ふ、ハァッ』
表に出てもらった瞬間、キャプテンが倒れたのを見て、すぐに空間に戻ってもらった。そしてそのまま謝ったおれたちに向けた言葉を聞いて絶句した。
『お前らが望むなら好きなだけ使ってくれてかまわねェ。この身体はお前らのものなんだから。
ずっと辛いことをさせてすまなかった。できればおれの身体を使って楽しんで欲しい』
穏やかな笑顔を浮かべたキャプテンを見て、自分達がおかしたことの大きさを実感した。同時に、このままいなくなろうとしていたおれたちがどれだけバカだったのか実感した。
だから、せめて責任だけは取らないといけない。あのとき、おれたちはそう決意した。
違う世界の……キャプテンとおれたちが正しく一緒にいる世界の彼らは優しかった。キャプテンだけじゃなく、おれたちにも。
『キャプテンに言われたのだから全力で楽しもう』と決めたおれたちの色々な行動にも付き合ってくれた。今の状態を理解してくれた。
それだけで十二分だった。だったのに――
『おれのクルーが作ったのと同じ味がする……!』
――あのとき、キャプテンは気づいてくれた。どれだけ嬉しかったか、言葉にできない。
しかも、キャプテンは何が好きかを思い出してくれた。だから、もう大丈夫だと思った。
でも、今の状況を知っていれば、こんなこと、絶対にしなかった。
違う世界の彼らへ別れを告げたあと、キャプテンにも別れを告げようとした。
『……え?とう、ごう?』
『ちゃんと笑って泣ける今なら大丈夫だと思って……もちろん、おれたちがあなたを愛していることに変わりはないので!』
『また、いなくなっちまうんだな……。
……ん?』
あの空間の中でいなくなることを告げると、突然キャプテンの顔色が変わった。
『また?何を言っているんだ。こいつらはあいつらとは違ェ。だから、別れるのは初めて……はじ、めて……?』
そのままぶつぶつと呟きながら頭を抑えながらうずくまった。その様子を見て嫌な予感がおれたち全員に走った。
『……………ちがう、違う、違ェ!
そんなわけがねェ!何で今まで忘れていたんだ!』
おれたちはハートの海賊団。キャプテン程じゃねェが、医療の知識はある。
だからわかった。わかってしまった。
『こいつらは、クルーそのものだ!』
おれたちがやってしまったのは洗脳だ。そして、洗脳を解く方法は安心できる環境で知見を広めること……つまり今の状況だ。
『あ、あァ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』
慟哭するキャプテンを見て、後悔ばかりが募っていく。
こうなるなら最初から多重人格だと嘘をつくべきだった。おにぎりなんて作るべきじゃなかった。
おれたちはキャプテンをいつも傷つけてばかりだ。
「最低だ」
やがて、そう一言だけ呟くと、表へ出て歩きだした。
停泊しているとはいえ、ここは船の中……つまり海の上だった。
自分達が表へ出ようとしても、キャプテンの意志が強すぎてできない。
だから何とか足の自由だけを奪ってその場へ倒れこませた。
「"ROOM"」
次に何をしようとしているのか気付き、今度は左手の自由を奪ってキャプテンの口に突っ込んだ。
……でも、こんなのは時間稼ぎだ。
抑えるようなイメージがある以上、筋力のような力が必要になってくる。そしてその力の上限は生前持っていた力に影響される。キャプテンに勝てる想像がつかない以上、やがて押し負けるのは目に見えていた。
「行ってくる」
だから、この中でどうあがいても力が弱い部類に入ってしまうイッカクが抜け出して、助けを求めに行った。
残った全員はイッカクが抜けた分、さらに力を振り絞る。今の状況で一人分だけでも力がなくなるのは辛かった。
……ごめんなさい。
いつも傷つけてばかりで。……でも、もう辛いのはわかっても、願ってしまうのです。
――お願いだから、死なないで。