でも、どうか――

でも、どうか――


いきて……』の蛇足的な話です。

ずっとIFロー視点で会話がほぼない怪文書です













 意識しかない不思議な空間。あると思えばあるし、ないと思えばない。おれのクルー達があらわれたときから、そんな夢のような空間にいた。彼らは自分達はおれがうみだした人格だと、何度も名乗っていた。


 ……まるで言い聞かせるようだと思っていた。


 あの空間の中で彼らはいつも何か忙しそうにしていた。そのくせ、おれのことは放置せず、いつも何人かがそばにいた。

 そばにいるやつに、何事かと聞いても『これからの進路の確認』としか答えねェ。一緒にやらせてくれねェのかと言ってみれば『自分達はキャプテンの一部だから手伝うも何もない』と返された。

 空間の中で何もしていないのはおれだけだった。あのドフラミンゴの前にすら出ていなかった。求められているのは自分だからと出ようとしたら『自分達は全員「トラファルガー・ロー」だから、あの野郎の前には順番に出ることになっている。キャプテンの順番はまだまだ先だ』と止められた。

 でも、お前らはいつも何か忙しそうで、おれだけ何もねェんだから、おれが出ればいいじゃねェか。何より本物じゃなくとも、お前らがあいつの前にいるのは、痛めつけられるのは堪らなく辛い。そう呟くと、おれのことを抱き締めていた。……あるいは、彼らに抱き締められたいと思い、そう勝手に感じていただけなのかもしれねェ。

 彼らに抱き締められると、暖かくて満たされた気分になっていた。

『お願いだから、いかないで』

 そう言われながら泣かれてしまうと言葉につまってしまった。例え自分がうみだしたとはいえ、クルーの姿を取った彼らに泣かれるのは辛かった。

『おれたちはあなただから。おれたちが表に出るということは、あなたが表に出るということだから。だからお願い。ここにいて』

 同じことを言う度にそう返されてしまう。そんなことねェと最初は思っていたはずだが、段々彼らの言うことの方が正しいと思うようになっていった。


『表に出ませんか?』

 長ェような、短ェような……あやふやだが、それだけの間おれは彼らと過ごしていた。もうそのときには、表へ出たいと言うことはなかった。その中で、突然問いかけてきた。

『あの場所から、やっと脱出できたんです。何とか違う世界にやって来て……今はこの世界のおれたちに助けてもらったんです。だから、ここはおれたちを傷つける存在はいない、安全な場所なんです。

 ……ごめんなさい。こんなに時間をかけるつもりはなかった。もっと早く、あなたに身体を返したかった』

 謝ってくる彼らの意味がわからなかった。大体、謝るなら何もできていないおれの方だ。

 そう伝えると、また謝られてしまった。わけがわからねェが、これ以上問いかけるのは止めた。それよりも、自分が表に出た方が彼らは喜ぶような気がした。

 表へ出て、彼らに謝罪と感謝を言おうと思った。


『――っ、ふ、ハァッ』

 そう思っていたのに、何もかもがわからず、おれはただ突っ伏すはめになった。それが自分の身体の重みを感じたからだと気づくときには、五感から流れ込む情報でパンクしそうになっていた。

 光が入って痛かった。

 息づかいが聞こえてうるさかった。

 呼吸する度に感じる匂いや味が辛かった。

 肌にまとわりつく布がわずらわしかった。

 あまりの情報量にくらくらする中、おれの意識は夢から覚めるように急速に覚醒していった。

 そして、やっと、愚かなことをしたのだと気づけた。

 当たり前のことができなくなるまで、表に出ることを忘れてしまっていたことに。そして、その間おれが受けるべき仕打ちをずっと受けさせていたいたことに。

 おれが弱いせいで大好きなコラさんの本懐をとげるどころか、大切な仲間達を辱しめていた。

 最悪な中で唯一マシなのは、彼らがおれのうみだした人格だということだけだ。彼ら自身が同じ仕打ちを受けていないと考えれば、まだ狂わずにすむ気がした。


 ……今考えてみれば、愚かだった。


 彼らはおれのせいで死んでしまった。それなのに、まだそんな甘い考えを持っていたことに、怒りを通り越して笑いがでちまう。おれがどんなことをしたのか、たった今気づいたばかりだというのに。

 そのことに気づいたとき、すぐにでも死にかった。だが、それは赦せないと考えていた。

 死んでしまえば、彼らも一緒に死んでしまう。おれが死ぬのはいいが、彼らを殺すのはダメだ。

 だから、彼らのために生きようと思った。自分のことを助けてくれたおれのなかの彼らと、この世界にいるおれ自身や彼のクルー達のために。コラさんの求める"D"になれずとも、それならなんとかやり遂げられる気がしていた。

『ごめんなさい。全部おれたちのせいです。せめて、普通の生活ができるようになるまで、まだそばにいて表に出てもいいですか?』

 そう言いながら声を震わせるあいつらを見ると胸が苦しくなる。自分のせいで辛そうな思いをするのは赦せなかった。

 ……だが、よかった。この望みはおれでも叶えられる。

『お前らが望むなら好きなだけ使ってくれてかまわねェ。この身体はお前らのものなんだから。

 ずっと辛いことをさせてすまなかった。できればおれの身体を使って楽しんで欲しい』



 そう思って、ずっと行動していたのに、一番喜ばれたのはあの時だった。彼らが作ってくれたおにぎりを食べたときのこと。

 何故かわからねェまま、つい目の前にいたペンギンに聞いてみると、とびきり優しい笑顔を向けられた。

 その顔を見ると、おれの知っているペンギンを思い出してしまった。

『心から何かを感じたことを知れたから喜んでいるんです』

 心から?……心から。ずっと忘れていたものだが、そのときは少しだけわかるような気がしていた。

『あんなことをされて、悲しくねェわけが、怖くねェわけが、怒ってねェわけがないだろ!』

 あのときよりも少し前におれの夢を共有させてしまった、何もかもが正しい彼が涙を流しながら口にされた言葉を思い出していた。少なくとも、何故か涙を流していたあのときおれは何かを感じていたはずだった。

『好きなことでも、嫌いなことでも、心から何かを感じたらそれでおれたちは十分なんです』

 自分にそんな資格はねェと思ってしまうが、それを望むなら感じようと思っていた。自分なんかが考えるよりもずっとうまくいくはずだと。

『ローさんが辛いならおれはしない』

 だって、いつも何をしようとしても相手を困らせてばかりだった。

『……まァ、強いて言うなら幸せになって欲しいですけどね』


『キャプテン』


 ……え?


 その呼び方は、この世界のみんなはおれことを『ロー』と呼んでいて、だから、それは、あいつらのための……。


『待て!今のは』

『とにかく、そういうことです。……わかりましたか?』

『わ、わかった……』

 あのあと、勢いに押されて感じていた疑問を流してしまった。


 ……あァ、今考えてみれば愚かだったとしか言えねェ。

 もっとあのとき考えるべきだった。ちゃんと気づくべきだった。

 あの味と言葉の意味を。


 いや……そもそも忘れるべきじゃなかった。

『キャプテン、会いたかった……死んじまって、ただそばで見ることしかできねェと思っていたから、こうやって話せて嬉しい』

 あいつらが初めておれに取り憑いたとき、ちゃんと話していたのに。


 何で今まで忘れちまってたんだろう。何で今思い出しちまったんだ。

 あいつらが離れようとしたときに思い出すなんて、まるで離れたくねェと思っているみたいじゃねェか。


 ……だが、思い出して、今までのことを回想してみれば納得できる部分もあった。それだけの違和感はあった。それなのに、何もわかっていなかったおれは本当に愚かだ。考えれば考えるほど、どれだけ愚かだったのかわかる。


 ドフラミンゴに敗北して、仲間達を死なせて、死んだあとも苦しめて……しかも、おれはあいつらのことを何と考えていた?

 自分のうみだした人格?自分の……一部だと?

 自分なんかのものじゃねェのに、そう考えるなんて……まるで、まるで――


 ――あいつと同じじゃねェか。


「最低だ」

 思わず呟いた言葉だが、弱くて愚かな自分にはピッタリだ。こんなできそこないだから、自分どころか仲間の死に方さえ選ばせることができなかったんだ。

 こうなっちまうなら生きるべきじゃなかった。いや……今でも遅くねェ。



 おれは死ぬべきだ。



 甲板へ出ようと足を進める。

 突然足が動かなくなり、その場で倒れた。


「"ROOM"」

 ごめんなさい、コラさん。こんなことに使って。

 内心で謝りながら海の中へと空間を広めていく。

 今度は左手を自分の口に突っ込まれた。


 ……どうして。

 どうして死なせてくれねェんだ。……もうつらい。


 ――お願いだから、死なせてくれ。

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