ギャレス・ウィーズリーを贔屓するレガ主 四
「……そういえば先輩が教科書に挟んでた紙切れ読むの忘れてた……」
誰もいない寝室へと入室し、ベッドに腰をおろしてスリザリン生へ問いたい質問を羊皮紙に箇条書きしていたアルバスは数日前に貰った『セバスチャン的には面白いと思った事』が書かれた紙切れの事を思い出した。
書いていた文を書き終えてから床に積まれた教科書の山から一冊ずつ持ち出して捲りはじめる。薬草学の本を開くと丁度紙切れが挟まれていたページにたどり着き、それをつまんで本文を朗読した。
「『アロホモラが絶望的に苦手……インセンディオを誰もいないのに撃つことが多い、ハニーデュークスで売り物のお菓子を勝手に食べる、知らない人の家で紅茶を勝手に嗜む……』」
「………先輩……」
セバスチャンとスリザリン生両方へ宛てた哀愁漂う独り言を溢し紙切れを折り畳んだアルバスだったが、裏面にもなにか書かれていることに気付き再度紙を広げる。綴られた文節に目を通したアルバスは「心臓が早鐘を打つ」という感覚を直に味わった。
「『思っているより一個人を見ている』」
「ねえアミット、デートしない?宿題終わったら禁じられた森で密猟者と大蜘蛛ボコしに行きたいんだけど」
「毎回言うけどさ、そんなこと簡単に口走らな……今なんて?」
アミット・タッカーはスリザリン生の戯れ言を優しく宥めながら(あまりにも常軌を逸した後半の発言で固まったものの)天文台にて天文学の宿題の手助けをしていた。
とは言いつつ実際に星の観測や星座の判別は得意な代わりに座学や小難しい内容にはあまり集中できない模様で、説明も悉く右の耳から左の耳となっていた。
「この問題なんだけど……太陽系の惑星は地球と同じように東から西に動いているんだ、でもまれに西から東に動いているように見える現象が起こる。ここまではわかった?これを見かけの逆行運動って言ってね、どうしてこの現象が起こるかを答えないといけないってこと。ヒントというかほとんど答えなんだけど、惑星の軌道速度が鍵だよ」
「ん、え、今なんて言ったの」
「………どうしてたまに惑星が通常の反対方向に動いてるように見えるか、わかるかな」
「地球が動く速度がなんとかかんとか。忘れた」
スリザリン生は考えるのを諦めたのか開き直ったように笑っていたもののその瞳には一切の光が点っていなかった。羽根ペンを握る手が奥底に秘めている憤りからか震えているのをアミットが焦りつつ宥めていた。
「いい線行ってるよ……うん、すごく惜しいくらい。相当参ってるみたいだしこの宿題終わったら休憩しようか」
「一緒に大鍋ケーキと爆発ボンボンと砂糖漬けパイナップルとチョコプディング食べたい」
「わかったわかった」
数少ない友人の「生命の危機に陥らない安全な」誘いを嬉しく思い、やれやれと疲労が溜まりつつ嬉しくもなったアミットは親身になって逆行の原理をゆっくり説明していき、いずれ次の、また次の問題にも触れていった。
「……最後だね、北極星は唯一動かない星だけどどうして動いてないのかな?」
「あ!これは知ってるよ、地球の回転軸の真上にたまたまあるからだったっけ」
「物体が持つ重力が質量と比例してるってことは知らなかったのに知識が変に片寄ってるね……正解、休憩しよう」
わかりやすすぎる程に顔を明るくしたスリザリン生は急ぎすぎな程に後片付けを焦っていた。
「お菓子は逃げないよ……まあ例外はあるけど」
せっせと床に散らかした参考文献やアミットリに図解で説明する際に使われた羊皮紙をフィールドガイド本に収納するスリザリン生を見ながらアミットは語りかけるも、一切耳に届いていないのか落ち着く気配は見られない。
「よーーっし!ホグズミードに『飛ぼう』か!」
宿題という名の苦行を終えた興奮と高揚感に囚われているスリザリン生はフィールドガイド本を開いたまま溌剌とした声色で言った。
「飛ぶって箒で?僕空飛ぶのは苦手……あれ、ふくろうだ」
足首に丸めた羊皮紙がくくりつけられたふくろうは柵に止まりながらあまりにもはしゃいぎすぎているスリザリン生をじっと見つめていた。丸々とした大きな瞳孔と僅かな虹彩が相まって、ふくろうはさながらスリザリン生の状態に吃驚し目を見開いているように見える。
「君宛の手紙が届いたみたいだね」
「ん?おー、誰からだろう」
先程までスイーツに過剰反応していたというのに感情の切り替えが恐ろしいくらい早いスリザリン生にアミットと周囲にいた他生徒達は困惑しながら彼に目線を向けていた。そんな注目も露知らずにスリザリン生はふくろうの足首から手紙を回収し、頭を撫でた(途中嘴で軽く啄まれた)後に飛び去るのを見守った。
「皆音声付きの手紙ばっか書いてくるからこれ単品は珍しいな。差出人はと……アルバス…うわ字が綺麗……ねえアミット見てよこれ、果たし状かってくらい怖い」
スリザリン生は文字を読みやすいように黒い骸骨を模した仮面を外し、封筒の表面と裏面を観察した。開け口の下部に "Albus Percival Wulfric Brian Dumbledore" とミドルネームを全て含めたフルネームで大変懇切丁寧な筆記体で署名されているのをアミットに見せた。普段アルバスから手紙をもらうときは名前と名字のみという事情もスリザリン生がたじろいでいる要因の1つだろう。
「一体何をしでかしたんだい?」
「今回ばかりは何もしてないと思うけどなぁ……」
そう呟きながら恐る恐る封筒を開封し手紙を広げ文に目を通した。だが覚悟を決めていたよりも短文かつ内容の淡白さに拍子抜けすることになり、手紙を両手に持ったまま目を見開いて固まったスリザリン生を気にかけたアミットは肩を揺らしてどうにか目覚めさせようとしたものの、スリザリン生が一向に反応を返さないことで後ろめたく思いながらも手紙を覗き込んだ。
「『短期間に何度も呼集をかけて申し訳ありません。今晩必要の部屋に来てくれますか?願わくば二人きりで』……ん?ただの呼び出し?」
「……こっぴどく叱られそうな予感がする。いつもよりものすっっごい怖い」
「ちょっとした話とか頼みごとかもしれないのに、叱られるかもしれないって考えてるってことは心当たりがあるみたいだけど」
「あ、あはは……アルバスが手紙を送るのは僕に説教をする予定だーって暗喩だからさ。『心の準備してください』って声が聞こえるよ……僕がそう勝手に思ってるだけだけど」
何故に説教を食らうのかを尋ねようとしたアミットだったが、スリザリン生が質問される予感を感じ取ったようで手紙を折りたたみ封筒に入れ直してからもぞもぞと話し始める。
「良かれと思ってやってることとか自分の知らない間にやっちゃった事が度々アルバスの琴線に触れてるからさ、それで結構怒られることが多くて」
「なるほど。その『良かれと思ってやってること』って?」
「んと、ランロクの残党が今でもハイランド全域に残ってるからまた悪事を働かないよう事前に締めてたり(大)蜘蛛の駆除とか。他にも色々あるけど。アルバスにこの事話すとすっごい淡々と説教してくるんだよ」
アミットは何も言わずただ呆れたように肩をすぼめてスリザリン生を哀れみの目で見つめた。
「何その目!」
「僕に君を止める力があるとは思ってないけどさ……アルバス君に心配かけさせないでやってよ。君は強い。魔法使いとしても人としてもね。だからなのかな……君は時に自分を尊ぶことを忘れている気がするんだ」
「それってどういう……」
「君はよくそう言うよね」
スリザリン生は眉間に皺を寄せながら目を張った。度々逃げるように考えを巡らせることを話し相手に委ねる悪い癖は自覚していたものの、いざハッキリと指摘されると反発心を抱いてしまうのも未熟さから続くものだった。
「こうやって代わりに答えを求める姿勢は、まるで本当の自分に自信がないと言っているようにどうしても見えてしまうんだ」
「えーーー、僕は僕なりに生きてるつもりだけどな」
スリザリン生は白々しい笑顔を見せたものの、アミットがそれにつられることも気を逸らされる事もなかった。
「君ってさ、心の中に自分以外の誰かがいたりしない?」
アミットの声色に茶化しや冗談は込められておらず、スリザリン生は普段の彼らしからぬ動揺を見せていた。
「君は、え、君は『僕』を知ってるの?僕でさえわかってないというのに」
「そんな物言いあんまりだな……二年も共に過ごしたんだ、全てとは言わないけど少なくとも君が思っているよりも僕は君のことを知っているつもり。人に多面性はつきものだ、それを受け入れてくれる人だってたくさんいる。それにさ、多少のバイアスとか昔の記憶が混同して自分が思う本当の自分が第三者に見えているそれとかけ離れているなんて当たり前のことだよ。それは誰よりも自分と生きてきたからこそ起こるもので、それを恥じる必要はない」
自分自身でさえ明瞭に認識を出来ないままずっと抱え込んできた『自分ではない何か』を認識している人を見つけ出せたと思い上がっていたスリザリン生だったが、アミットの諭しはスリザリン生が求めていたそれとも、彼が知りたがっていた『本当の自分』への向き合い方ともまた乖離しているもので再度失意に沈んだ。
「それでもたまには人が君をどう思っているのか、君に告げた言葉がどういう意味かについて考えてみるのも悪くないと思うよ」
「………ありがとう、アミットは僕に優しくしてくれるんだね」
葛藤を理解できる存在が今後現れる見込みはないが、それでもなお自身を気にかけてくれる人がいるという事を救いに思いスリザリン生は微笑を纏った。
「まるで僕以外からはぞんざいに扱われているみたいな物言いじゃないか」
「ええっと、そういうつもりじゃなくって……それより早くホグズミードいこうよ、抜け道知ってるんだ!」
スリザリン生は無理矢理話を終わらせるようにアミットのローブの袖を引っ張りながら天文台の階段を早足で降り始めた。
静けさが城内を包み始めた夜十時頃のホグワーツ城にて、七階の天文台へ続く廊下をスリザリン生は右往左往していた。必要の部屋への扉を出現させる条件をとっくのとうに達成してもなお床に目線を落としたまま落ち着かない様子でうろうろと歩き続けていたが、待たせるのも流石に申し訳なくなり扉に手を掛けた。
「お、遅れてごめんねアルバス」
「いえ。丁度お茶が入りましたので」
必要の部屋で唯一『出現』した状態のまま保たれている最奥の部屋、二脚ある一人掛けの一脚に座るアルバスは手元の本を閉じてスリザリン生を迎えた。「丁度」と云いつつも暇をもて余して時間を潰すべく本棚から何冊か拝借して読み漁っていたというのが足元に積まれた三冊の分厚い本が物語っている。
「宿題終わらせないといけなかったからさ」
言い訳は決して嘘ではないものの、本来なら二時間程前までに来れたというのにアルバスの叱責を出来る限り受けたくないという一心で城内を渡り歩いていたというのが大部分。
「自主的に宿題をやったんですか?お疲れ様です」
「え、うん。まあね」
「流石です。さ、座ってください、紅茶は熱いうちに飲むのが礼儀ですから」
柔らかな笑みを仕向けたアルバスに多少緊張が解れたスリザリン生はもう片方の一人掛けに腰をおろす。二脚の間にあるサイドテーブルに一客用意された紅茶をとりじっと液面を見つめていた。
「…………」
「どうしました?」
「………ごめんなさい」
「どうして謝るんですか?」
アルバスは自分の分の紅茶をすすりながらなんの取り繕いもない無邪気な声で尋ねる。スリザリン生は目を丸くしてアルバスの方へ向いた。
「えっと、怒られるかと思って」
「……今日は貴方を叱る気分じゃありませんよ、言いたいことはたくさんあるんですけどね」
「よかったー……あれ、じゃあなんで僕をわざわざ手紙で呼んだの?」
「ダメですか?」
ソーサーにティーカップを置き一呼吸ついたアルバスはと年齢相応の幼さを帯びた笑みを見せる。元々言うつもりはさらさらないとはいえ、そんな顔されては誰であろうとダメなど到底言えるわけがなくスリザリン生は首を何度か横に振り、その反応にアルバスはまた目を細めて笑いかけた。
「あ、そういえば忘れてました」
アルバスは思い出したかのように杖を取り出し一振りで生温くなった紅茶をまた温めなおす。紅茶の香りが湯気に乗ってスリザリン生の鼻を擽った。彼が紅茶に口をつける動作にアルバスはあからさまに反応して振り向き、ティーカップの縁から唇を離すまで注視していた。
「……すっごい美味しい。そういえばさっきはなんの本読んでたの?」
「『魔法象形文字と記号文字』って本ですよ、三年に上がったら古代ルーン文字を学びたいと思ってて」
「もう選択科目について考えてるの!?相変わらず……ほんっとすごいなぁアルバスは……別に預言者じゃないけど君はいつか魔法界を揺るがす程の大業を成し遂げる偉大な魔法使いになるって確信してるからね僕は!」
幼い後輩の先見の明に吃驚しつつも向上意欲に感銘を受け本心から褒めそやす。アルバスは満面の笑みで自分を過剰なまでに褒め立てるスリザリン生に恥ずかしくなったのか、耳を赤らめながらも素っ気なく返答した。
「ありがとうございます。そういえば先輩は五年の頃に編入してきたんでしたよね、考える暇も無かったんじゃないんですか」
「僕の事情を抜いても普通一年生の頃から選択科目について考えることはないと思うよ??」
スリザリン生が真実薬「ベリタセラム」がこっそり入れられた紅茶を飲んでから少し経った頃、他愛ない会話を切り上げたアルバスは左手に質問をまとめ半分に折りたたんだ羊皮紙を見られないように取り出した。ベリタセラムの効力を確認するべく本題に入る前にその場で考えついた適当な質問をスリザリン生に尋ねる。
「先輩には兄弟とかいたりするんですか?」
『…………僕が知ってる限りはいない』
唐突な質問に一抹の疑問を抱く素振りも見せず、むしろ面白かったのかふっと鼻から息を吐くように笑ったスリザリン生が多少濁していたとはいえ率直に答えた事で効力を確信したアルバスは、意を決して事前に用意しておいた質問の数々を問い始めた。