ギャレス・ウィーズリーを贔屓するレガ主 五
「えっと……先輩って実のところ性別どっちなんですか?」
『心は両方、多分男寄りかな。まあ生物学的にいえばお………』
「そこで止まらないでくださいよ。本当に効いてる……?ちゃんと三滴入れたはず……」
アルバスはポケットから青色の小瓶を取り出し訝しげに見つめながら呟いた。スリザリン生の目だけが一瞬同じく小瓶に向いていたことを不安に思いながらも一旦は気の所為として処理し、羊皮紙を肘置きに広げ尋ねた質問の横にチェックマークをつけて質疑応答を再開した。
「この質問はもうした……これは後で……。貴方がいう『人助け』が自分の命も利益も顧みていないからこそ出来るもののばかりせいで、貴方の事が気がかりで仕方がない人がいるってことについて、どう……どう思ってますか」
アルバスは私的な感情を一切こめないように心がけ、出来る限り「アルバス・ダンブルドアではない第三者」としてスリザリン生へ質問を投げかけようとしていたものの「気がかりで仕方がない人」がとどのつまり自分を指している事がそれを困難にしていた。
『理解してほしい』
「……もう少し詳しく説明してください」
『愛する人々皆をを幸せにしたい。僕のせいで危険な目に遭って苦しんだ皆に贖罪がしたい。……あぁ、それとね、僕がどう思おうが出来ることは限られてるからこうやって理由をつけて自分から進んでやり始めてるんだ」
「先ぱ──貴方は今自分が何を仰ってるのかわかっているのですか?」
「……あのさ、アルバス」
真実薬、それもベリタセラムの効力の下にいるというのにスリザリン生は自分に語りかけている人物を認識していた。彼は人形のような笑みを浮かべながら両手で包んだティーカップを眺め、まるで暇潰しの為にする中身がない雑談の一節のような平坦な声で言った。
「わかってたら真実薬なんていらないよ」
「あ……っ」
確かに名を呼ばれた時、そして真実薬について気づかれていた事を告げられ嫌な汗が頬を伝い始めているのを感じスリザリン生の顔を覗き込んだ。骸骨の仮面を外した彼は変わらず笑っており、アルバスは血の気が更に引いていく感覚を覚える。
「冗談みたいなものだったんだけどまさか本当にしちゃうなんてさ。はは、ギャレスに協力してもらったのかな?」
「……いえ」
「否定する必要ないよ、だってこれベリタセラムでしょ?すぐに用意できるわけない代物だ」
スリザリン生はくすっと笑い、ベリタセラムが盛られていると知っていながらも残りの紅茶を啜った。「マドレーヌと一緒に飲みたかったな……」と呟きながら空のティーカップをサイドテーブルに置いた。
「あ、それ以上は……!……先輩、これは全部僕のわがままだったんです。無理言って譲ってもらったので……ギャレス先輩に詰め寄るようなことは……しないでくれますか」
「心配しないの、どうせこれ以上効き目はないし。てか僕、誰にも怒ってないよ?」
「本当、ですか?」
「別に怒る理由ないからね」
アルバスへ向けてウインクを飛ばしながら茶目っ気のある声でそう告げた。気持ちが落ち着いたのかアルバスも微笑みを返し、緊張から解放されて一気に眠気が流れ込んできたのかあくびをこぼす。壁掛け時計は十二時をとうに過ぎており双方それに気付くと、特にスリザリン生はこの世の終わりのような表情で時計から目を離せずにいた。
「あ、あああ明日闇の魔術に対する防衛術の実技なのに集中できなかったらどうしよう……!?」
「これは……魔法史が地獄になりますね、はは」
同様が全体に現れているスリザリン生を見ながら彼の、そして自分の翌日の惨事を想像したアルバスは乾いた笑い声を上げた。どれだけ失望しているかというと、「いっそのこと夜更ししちゃう?」と冗談(声のトーンがあまりにも悲壮感に溢れていたが)で提案したスリザリン生に思わず賛同する程だった。
必要の部屋を後にしたスリザリン生はアルバスをグリフィンドール寮前まで送る事にした。人一人おらず環境音と二人の足音だけが木霊する城内はいつでも新鮮なもので、元からたじろぐ程広大なホグワーツ城が何時もよりもうんと広くなったように思えた。
「……あの、どうやってベリタセラムに気づいたんですか?」
「『僕』なりのやり方があるんだよ」
「なんだかギャレス先輩に似てきましたね」
スリザリン生は「そんな事ないよ」と口では否定していたものの、語気は和やかで大変嬉しそうに顔を綻ばせていた。アルバスは自分の発言に少しばかり後悔しながらも笑顔を見上げ話を続ける。
「もう一つ伝えたい事があるんですけど」
「ん?」
「……先輩には無理してほしくないです。さっきも言いましたよね、貴方が夜な夜な僕の知らないところで命を懸けて戦っているという事が怖くて仕方がないんです。貴方がなんと言おうが自分の命を優先してください、大切な人を守りたいと言っても守れる前に死んでしまえば……本末転倒じゃないですか」
手の甲に触れられ、雨上がりのステンドグラスのように煌めく目でアルバスに見上げられたスリザリン生はその青い宝石の中心に吸い込まれそうになる感覚を覚えた。
「心配してくれるんだね。でもこれは僕が『僕』に──皆に出来る最大限の恩返し。ずっと追い求めていた皆の愛し方の答え」
「やっぱりわかってくれないのですか」
「はは……君もいつか自分の命と引き換えにでもより大きな『何か』を追い求めるんじゃないかな?善だろうが悪だろうが自分は正しいと思い込んでさ。その時にわかるよ、アルバス・ダンブルドア」
「ギャレスなら勿論ご存知だろうけど」
あくびを語頭につけ、スリザリン生は壁によりかかりながら魔法薬学の授業後教室に残って自作の魔法薬を醸造しようとしている赤毛のグリフィンドール生に話しかけた。睡眠時間が足りなかったせいで声は度々しゃがれており、黒い骸骨を模した仮面越しに見える瞳は影と相まって更に暗くぼやけていた。
「昨日アルバスと色々話したんだ」
「その言い草だとベリタセラム『も』効かなかった感じか?」
ギャレスはスリザリン生の方向を見ずハナハッカとベラドンナエキスをすり鉢ですりつぶし混ぜながら平然と尋ねる。
約束通りアルバスから昨晩の対談で何が起こったかを教えてもらっていたとはいえ、真実薬の効力含め一部は故意的にひた隠しにされていた様。「そういえばアルバス君は薬については使ったってとこ以外触れてなかったな」と心の中で振り返った。
「そうみたい。陶酔薬とか君が今調合しようとしてる……なんだっけ、無機物が肉の塊に見えるようになる魔法薬だっけ?あれを飲んだときと同じ感じ。前アモルテンシアを飲んだ時に確信したんだけど、精神と五感を支配する魔法薬は僕が飲むと効力は据え置きで自分の意識はびっくりするほどそのままなんだ」
「魔法薬……しかもそれぞれの種類において最上級のものに抗えるなんて今まで聞いたことがないな。もっと聞かせてくれないか?ちょっと待って……一旦醸造終わらせてからゆっくり話を聞くよ」
ペースト状になったハナハッカを鍋に投入して数回かき混ぜた後、鞄から羊皮紙と羽根ペンを取り出し聴取と書紀の準備をしスツールに腰を下ろしたギャレスはやっとスリザリン生へ振り向いた。「うわっ思ってたより寝不足そう」と仮面の穴から覗く目を見ながら開口一番に軽く笑い、スリザリン生は眠気で怒る素振りも見せられずただ溜息を零した。
「はぁ……そうだね……これは最近気づいたことなんだけど、『薬の効力現われろ〜効け〜』って意識すると影響を受けるし、逆にほんの少しでも抵抗すればただの水と変わらないっぽい。『僕』のせいで精神が実質二つあるからかな?」
「改めてそう言語化されると変な体質だな。精神が二つ……ん、あれ?じゃあ『あの時』は本当はどっちだったんだ?」
「ん?愛の妙薬の事なら……どっちだろうね、ギャレス。あの時僕が抵抗していたのかは君が望むように解釈すると良いよ。まあ少なくとも『僕』は──」
スリザリン生は「あまり深く追求したくない声色」で口角を上げながらそう告げた。肝心なところで話を終えたせいで更に悪寒を感じたギャレスが一瞬震え上がった事には寝不足から来る集中力の低下のせい(ギャレスにとってはおかげ)で気づけなかった
彼の揶揄るような言動は全て冗談だとわかっているもののギャレスは時折居心地の悪さから未知への恐怖に類似した感情を覚えることがある。転じて、その原因であるスリザリン生はたとえどれだけ冗談を冷たくあしらわれたとしても悪く思わないらしく、むしろ満更でもないようだ。
ギャレスは自分だけが感じている気まずい空気を振り払うべく「他には?」とスリザリン生の特異性についての話を引き出そうとした。
「んー、後は……ベリタセラムは他とはちょっと違ったね。何も考えてない間はずっと『僕』が──あー、ずっと、勝手に喋ってるみたいだった」
「効力を意識せずとも?」
「うん。真実薬と他とでは何が違うんだろうな」
「記憶そのものに干渉する真実薬と単純に認識を一時的に変える薬ってところが主な点だな、面白い発見だ。てか、なんでこんな遠回しに効力の検証したんだ?アルバス君相手にあんな小芝居せずとも僕と君だけで出来たはずだけど」
スリザリン生の言及を短くまとめて羊皮紙の適当な場所にスラスラと書きながら一つ疑問を問いかけた。片手間に鍋に切り刻んだラビッジを投入し杖を適当に振るった瞬間鍋から大きな破裂音がし、ギャレスは調子外れな驚嘆をあげながら後退ろうとして椅子から落ちかける。スリザリン生はいずれの音を無視し、情けない姿を見て口を袖で隠しながら笑った。
「丁度アルバスがいたから。ってのは半分くらい嘘だけど……たまには『僕』の愚痴を吐き出したくなったからね」
「……ん、君の愚痴?また変な単語を作る……」
説明するのを拒んだ(そもそも自分でも説明できる程現状をわかりきっていない)スリザリン生は話題をすり替えようと辺りを見渡し、ふと鍋に着目した。
「そういえば今はなんの薬作ってるの?」
「名付けて腹ペコ薬、は安直すぎるか。飲んだ瞬間急激に空腹に見舞われる薬、それとお互いの解毒剤として満腹薬も開発中ってところかな」
「趣味悪いなぁ」
「君に言われたくはないな?」
軽口を叩きあい笑いを交わす二人だったが、煮詰めていた魔法薬が文字通り突如「噴火」し天井が焦げ周囲を無秩序状態にしてしまった。発汗と冷汗を滲ませながら魔法薬学の教師であるシャープ先生が教室に戻るまでの三分間、修復魔法や周囲の後片付けで一心不乱に証拠隠滅を試みていたものの結局二人は居残り罰を受ける羽目となった。