Twinkle Twinkle Little Star Ⅱ

Twinkle Twinkle Little Star Ⅱ


◀︎エドガー(人物紹介)

現世


 夜の草原に、二人の他に人影は無い。

 星空の下でうーん、と伸びをして気持ち良さそうに草原を見渡すエドガーとは対照的に、ユーハバッハはぶすくれた表情だ。


「……寒い」

「たしかに、少し風が冷たいかも。毛布を持ってきてよかった。はい、これ君の分」


 やけに大荷物だと思っていたら、そんな準備をしていたらしい。

 いそいそとカバンから毛布を取り出して寄越したエドガーは、次いで、バスケットの中身を漁る。

 水筒と二人分のマグカップを取り出したエドガーは、肌寒さに少し鼻先を赤くしてユーハバッハに笑いかけた。


「あったかいスープも作ってきたんだ」

「随分と準備が良いことだ……寄越せ」

「風邪を引いたらいけないからね。はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」


 甲斐甲斐しく水筒からマグカップに湯気が立つスープを注いだエドガーは、ユーハバッハが差し出した手にカップを渡す。

 寒いと言っても、それでユーハバッハが風邪を引くなどあるはずがない。エドガーはその程度のことがわからない男でもないだろうに、何を馬鹿なことを言うのか。

 ユーハバッハは怪訝そうな表情をして、エドガーから手渡されたマグカップを受け取った。


「私が風邪など引くものか」

「まだ引いたことがないだけかもしれないよ。人は寒いと病気になっちゃうからね」


 エドガーは、自分の分のカップにスープを注ぎながら、ごく自然にユーハバッハを気遣う言葉をかけた。

 それぞれに毛布に包まって、夜の草原に座り込んだ二人は、静かに星空を見上げてマグカップに口をつける。


「……美味しい? おかわりもあるから、遠慮しないで言ってね」


 慈しむような眼差しで小さく首を傾けたエドガーが、ユーハバッハに微笑んだ。

 ぼんやりと星空を眺めるユーハバッハが相槌を返さずとも、エドガーは一人、ニコニコと楽しげに話し続ける。


「夜のピクニックなんて新鮮で楽しいな。何だか悪いことしてるみたいで、ドキドキしちゃう」


 悪いことをしているようだと言って笑うエドガーの胸の高鳴りはユーハバッハには理解できない。だが、新鮮だという言葉には共感できた。

 エドガーが用意してきたスープはユーハバッハが普段口にしているものとは比べ物にならないほど質素で具も少ない。

 なのに、不思議と、味わったことがない特別な味がした……ような気がする。

 星が煌めく夜空を見上げて、エドガーが感嘆の声を漏らした。


「……綺麗だなぁ……。キラキラしてる。ねえ、ユーハバッハ、君はどれが好き?」

「星などどれも同じだ。好きも嫌いもあるものか」

「そう? よく見ると全部、色や眩しさが違うよ。ちゃんと見てる?」


 空にまたたく星々を指差して、エドガーが隣に座るユーハバッハに問いかける。

 未来を見渡す瞳を持つユーハバッハに、ちゃんと見えているか、などという問いを投げかけるとは——そんなふざけた質問を許すのはお前くらいのものだと、胸の内で呟きながらユーハバッハが答える。


「私にそれを問うのか。愚問だな。私の眼はお前よりよほど遠くまで視えている」

「あはは、そうだねえ」


 朗らかな笑い声を上げたエドガーが、手にしていたマグカップを横に置いてゴロンと草原に寝転がった。

 そしてユーハバッハにこう問いかける。


「ねえ、ユーハバッハ、知ってるかい?」

「何がだ、エド。私が知る得ることでお前が知らぬことはあっても、その逆などそうは無いぞ」


 呆れ交じりの声で返したユーハバッハにエドガーは小さく笑って言葉を続けた。


「この世界にはね、未来を見通せる君でも知らない、素敵なものが溢れてるんだよ」

「……なんだ、それは? 私の眼に映らぬものなど霊王くらいだ。お前は正直者だがいつも適当なことばかり言う」


 寝転がったエドガーを、ジトリと横目で見遣ったユーハバッハが不貞腐れたような声で言った。

 目の前のことしか映らぬ視座で、一体何を言い出すのか。ユーハバッハはそう言いたげな目だ。

 それを面白そうに笑い飛ばしたエドガーは、青紫の目を細めて呟いた。


「そう言わないで。……君の心を奪う星はどんな形をしているんだろうね」


 遠くを眺めるような眼差しをして夜空に浮かぶ星に向かって手を伸ばしたエドガーの隣で、ユーハバッハは星を見上げる。

 渋々出てきたが、悪くない気分だった。


「いつか、君が星を見上げる日が来たら、その時は僕(やつがれ)も、君の隣で同じものを見られるといいな」


 いつか来る未来に思いを馳せるような、期待と希望に満ちた声。

 思わず、ユーハバッハがエドガーの方を見る。気が付いた時には言葉が口をついて出ていた。


「…………。次は……」

「え?」

「……次に遊びに誘う時は、前もって声をかけろ。付き合ってやる」


 きょとんとした顔から一転、エドガーは喜色に満ちた笑みで飛び起きた。


「うん! あっ、そうだ! 今度はお昼にピクニックをするのはどう? でも、森へ狩りに出かけるのもいいね……迷うなぁ、次に一緒に遊ぶ日が今から待ち遠しいよ」

「一遍にしゃべるな。私は逃げないから、落ち着いて話せ。まったく……」


◀︎前ページ次ページ▶︎

Report Page