Twinkle Twinkle Little Star I

Twinkle Twinkle Little Star I


◀︎エドガー(人物紹介)

現世—時は千年以上遡る


「…………て。……きて。……起きてよ、ユーハバッハ!」


 誰かが自分を呼んでいる。

 しきりに名前を呼ぶ声と、身体を揺らす振動に導かれてユーハバッハの意識が輪郭を持った。

 ゆるやかに瞼を持ち上げて、世界が焦点を結ぶ。

 ユーハバッハの視界にゆらゆらと揺れる真っ白い髪と、こちらを覗き込む夜明けの空と同じ色をした目が映った。


「…………。エド?」

「あっ、やっと起きた。おはよう、ユーハバッハ、じゃなくて……こんばんは、って言った方が良いかな」


 そこにいたのは、ユーハバッハと年頃の近い少年。

 はにかんだ笑みを浮かべる少年の名は、エドガー・バーティス——ユーハバッハの友人だ。

 時刻はすでに夜。ユーハバッハは私室で微睡みの中にいたはずだった。

 だというのに——なぜエドガーがここにいて、当たり前のような顔で自分を起こすのだ。

 それはユーハバッハが抱いて当然の疑問だった。


「こんな時間に一体何の用だ? そもそもここは私の部屋だぞ。どうやって入った」


 訝しげに眉を寄せて尋ねるユーハバッハに、エドガーは不思議そうに首を傾げる。


「どうって……扉からだよ。ユーハバッハはおかしなことを言うなぁ」

「おかしいのはお前だ、エド。そう易々と私の部屋に侵入できてたまるか。……お前は本当に……いや、言うだけ無駄か……」


 昔から、この友人は誰の懐にもするりと入り込む図々しい男だった。初めて会った時からそうだ。

 一目でユーハバッハの力を見抜いておきながら、放つ第一声が『僕(やつがれ)と同じくらいの子だ! ねえ、君のお名前はなんて言うの? 僕(やつがれ)と一緒に遊ぼうよ』である。

 距離の詰め方も神経もどうかしている。

 天賦の才か、霊圧を隠す術に秀でたこの友人が、勝手にひとの部屋に上がり込んでいたことも一度や二度では無い。

 半ば諦めを抱きながら、ユーハバッハは片手で額を押さえて頭を振った。


「……? あっ、そうだ!」


 部屋に響いた声のなんと呑気なことか。

 ユーハバッハの心情など知らず、パッと表情を明るくしたエドガーは弾む声で何事かを言い出した。


「それよりさ、早く支度して!」

「何の支度だ」

「散歩。今夜は星がとても綺麗なんだよ。君にも見せてあげたいと思って」


 エドガーは少年らしいまろい頬を桜色に染めて笑う。素晴らしい提案をするような調子のエドガーは、何が楽しいのか青紫の目を細めてニコニコとユーハバッハの返事を待っていた。

 ユーハバッハに天体観測の趣味はない。呆れた調子で息を吐いたユーハバッハは、冷淡な表情でエドガーの誘いを一蹴した。


「……くだらんな。星を見て何になる」


 誘いを断られたエドガーは「ええ!?」と大袈裟な叫びを上げる。

 コロコロと表情が変わるエドガーの様子に、よく動く表情筋だと、ユーハバッハはいっそ感心すら覚えた。

 萎れた花のようにシュンとしたエドガーは、ユーハバッハの説得を続ける。


「さみしいこと言わないで。寝転がって空を見上げるのってすっごく気持ちが良いんだよ」


 一生懸命、アピールを続けるエドガーは再び眠りにつこうとするユーハバッハの服や腕をグイグイと引っ張った。


「ほーら! 僕(やつがれ)も支度手伝うからさ、行こうよ」

「引っ張るな」


 駄々をこねる幼子ではあるまいに……とユーハバッハはやかましそうに耳の横で手を振る。

 そうだった。エドガーは一度言い出したら人の話などまるで聞かない。

 これも昔からのことだ。


「窓からも見えるけどやっぱり空気が綺麗な場所で見るのが一番だよ。あっちの丘を越えた草原が僕(やつがれ)のオススメ。草がフワフワなんだよ、フワフワ」


 一人で話し続けるエドガーに、とうとうユーハバッハは根負けした。

 溜息を吐いて閉じていた瞼を上げると、赤い目を開いてゆっくりと立ち上がる。


「……はぁ。わかった、わかったから少しは大人しくしていろ」


 ユーハバッハが渋々ながら気を変えた時には、エドガーはもうユーハバッハの支度を整え始めているところだった。

 部屋にあるタンスを勝手に開けて、これまた勝手にユーハバッハの上着を引っ張り出すエドガーが視界に飛び込んでくる。

 楽しそうに世話を焼くエドガーの小さな背中に、ユーハバッハはジトリとした視線を送った。

 グサグサと背中に刺さる視線に気付いてのことか、ふと、エドガーがユーハバッハの方を振り返る。


「やった! ユーハバッハは、きっとそう言ってくれると思ってたよ」


 その時の無邪気な笑顔にユーハバッハはすっかり毒気が抜かれてしまった。

 これでは怒る気も失せる。本当に人の話を聞かない男だ。


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