論ずるに値しない言葉

論ずるに値しない言葉


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とある空間内


「卍解——『千本桜景厳』」


 桜並木のように立ち並んだ刀が散って刃の花弁へと姿を変える。

 先刻より、量も速度も文字通り桁違いとなった千本桜を前にしても尚、月島は余裕を崩さなかった。


「いきなり卍解で来たか。——けど、見飽きていると言った筈だよ。卍解もね」


 月島は場を埋め尽くす千本桜から逃げる——と思いきや、急激に白哉との間合いを詰めた。白哉の背後に現れて、前のめりの姿勢から一気に刀を振り上げる。


「始解だろうが卍解だろうが無傷圏に入れば、全て無力。……——っ!!」


 挟める。月島がそう思った時——

 動きを読んでいたかのように、軌道上に流星のごとき弾丸が飛来した。

 弾丸を撃ち放った主が、冷たく静かな声で告げる。


『逃げ場がほとんど無い場所で、飽和攻撃を受けた時、取れる選択肢はごく僅かだ』


 月島の視線が、頬を掠めた青白い閃光のもとを辿った。真っ直ぐに月島へと照準を合わせたカワキが視界に入る。

 千本桜に対して距離を詰める——それは奇しくも、カワキが尸魂界で白哉と戦った際に取った行動と同じものだった。

 自分ならそうする。至極単純な思考で、カワキは月島の行動を先読みしたのだ。


『閉じた場所で逃げ回ったってジリ貧だ。勝ちを狙うなら、攻めるしかない。私でもそうする』


 すぐに刃の吹雪が月島を追撃する。

 一度、間合いを取り、付近の建物に降り立った月島が、地上のカワキを見下ろして肩を竦めた。


「……。『行動が読みやすい』、って言いたいんだろ? わかっていても、君と僕の思考が似てると思うと何だか照れ臭いな」


 切れ長の目を細めてカワキを捉えた月島が、見透かすような調子で呟く。


「だけど——今ので僕も、君のことが少しはわかったよ。カワキ」


 地上のカワキは眉一つ動かさず、月島の隙を見逃すまいと、鋭い視線を月島が立つ屋上に向けて佇んでいる。

 不気味な微笑みを貼り付けた月島は、栞を挟んだ“本”の内容を思い出していた。

 読み終わった本の考察を述べ、次回作の展開を予想する読者のように楽しげな調子で、月島が言葉を紡ぐ。


「君は剣術も、格闘も得意なのに、僕との戦いでは、徹底して銃を使ってる——僕の間合いに入るのが怖い?」

『………………』

「僕には、君は過去を知られる事を、過度に警戒しているように見えるな」

『知りもしない相手に、自分を晒すのは、物好きのすることだ』


 黙って月島の話を聞いていたカワキが口を開いた。冷たく澄んだ蒼い目には不機嫌そうな色が宿っている。

 「機嫌を損ねてしまったかな」とカワキに笑いかけ、月島はおかしそうにクスクスと笑い声をこぼした。脳内でカワキの言葉をなぞりながら、月島は言葉を重ねる。


「“知りもしない相手”、か。僕は君の事を知ってるよ。僕らは一護に接触する前に、君達全員の素性を調べたからね」

『知ってる。銀城空吾も、それらしいことを言っていた。君達は随分と一護にご執心だったようだね』


 動揺を誘おうとしているのなら、無駄なことだ。そう言外に示したカワキに、月島は開き直った態度で「そうさ」と答えた。

 月島は長い両手を広げると、XCUTIONの情報網で得られた調査結果を開示する。

 それは——死神からの疑念の目をカワキへと向けさせるもの。


「一護の力を利用するために、僕らは彼のあらゆる情報を洗った——カワキ、君だけだ。高校入学より前の記録を辿れなかったのは」

『……君達の調査力不足だろう。君と話をする気は無い。言った筈だ、井上さん達にかけられた能力は、君を殺して解除する』


 余計なことを、と言いたげな目で月島を睨めつけたカワキが行動に出た。

 言うや否や、幾度か銃口がまたたき、空を切る弾丸が幾筋も月島を狙う。

 二、三、四——自分へ一直線に向かって来る弾丸を避けて空中に跳んだ月島。その背から、避けたはずの弾丸が曲線を描いて戻る。

 曲射に重ねて、カワキが地上から追撃を放った。神聖滅矢による挟み撃ち。更に、逃げ場を塞ぐように、桜吹雪が月島の周囲を覆う。


「志島カワキとの会話に夢中になって、私への警戒を怠ったな」

「……っ!」


 容赦の無い連携で傷を負った月島が、血の滴る腕をダラリとぶら下げて、地上へと降りる。


「彼女とのお喋りがあんまり楽しかったから、つい、ね。君のことを無視してたわけじゃないよ」


 苦笑いを浮かべて白哉にそう言った月島は、次いで問いかける。


「朽木白哉、君は気にならないのかい?」

「……何のことだ」


 仲間割れとまではいかなくても、ほんの僅かな疑念でも芽生えれば、それは連携の穴となる。月島はソレをよく知っていた。

 眉が下がった独特の笑み。言葉巧みに場の空気を掌握した月島は、白哉からカワキへの疑念を煽る言葉で問いかけを続けた。


「彼女の過去が、経歴が、その強さが——空座町に来る前のことが一つもわからないなんて、おかしいとは思わない?」


 月島が言葉を一つ紡ぐたびに、カワキが纏う空気がピリピリと張り詰めていく。

 それは、カワキの秘密に触れること——時が満ちるには、まだ早い。

 この場で最優先して排除すべき対象は、月島秀九郎。それは変わらない。だが……カワキは考える。


(ここは外界と隔絶された空間だ。外部と連絡は取れない。これ以上、余計なことを聞かれたのなら、その時は——……)


 白哉がカワキに不信感を抱くより先に、カワキが白哉の口封じを考えかけた時——

 沈黙を破って、白哉は凛と言い切った。


「——戯れ言だ」


 一度、二度。刃を交えたからこそ、確信を持って断言できることが白哉にはあったのだ。


「素性がどうあれ、志島カワキが黒崎一護の敵となるなどあり得ぬ。ならば……私の答えは決まっている」


 白哉が切っ先を突きつける先は月島ただ一人。心を弄ぶ言葉を切り捨てて、白哉は静かに目を閉じる。

 そして——白哉はゆっくりと瞼を開くと始めに告げた言葉を、改めて口にした。


「絆を奪い敵を嬲る……兄の言葉は論ずるに値せぬ——私は兄を斬って捨てる」


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余談

カワキ…どうしてもやらざるを得ない時を除いて今回は接近戦を避けている。二度目になる月島さんとの戦いでは、兄様を守る時しかゼーレシュナイダーを使ってない。


月島…銀城の仲間なので当然ながらカワキの情報がほとんど無かった事を知っている(参考:幕間・苦い酒)。自分と似たもの同士のカワキに恋心を抱く。


兄様…ルキアを捕らえに現世に来た時と、塔に幽閉されたルキアを一護が助けに来た時の計2回、カワキと戦っている。どちらの戦いでもカワキが命懸けで一護を護ったことを知っている為、そこは信頼がある。

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