共闘
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とある空間内
桜吹雪が月島を襲う。
視界を埋め尽くす刃の花弁。そして隙間を縫って飛翔する鋭い弾丸。
飽和攻撃を捌き切れず、見る間に身体のあちこちを斬り裂かれた月島が膝をつく。
(大したものだ。私と戦った時より速度も量も増している。いずれ敵になると思えば困ったものだけれど、今は助かるな)
後衛から月島の牽制を続けていたカワキが、これなら援護の必要は無かったかと、白哉の背中を眺めて考える。
とはいえ、カワキには何もしないという選択肢は存在しない。
月島秀九郎には、カワキの友人にかけた能力を解かせなければならないのだ。
地に伏せる月島に聞こえぬよう、カワキは小さな声で白哉に囁きかけた。
『止めを刺す前に、井上さん達を元に戻す方法を聞き出したい。協力を』
「……わかった」
小声で応じた白哉。
協力を願ったカワキだが、正直なところ良い策があるわけではなかった。
困った。「痛めつける」以外の方法が、何も思い浮かばない。
さて、どうしたものか——無表情の下でカワキが思い悩んでいると、白哉が月島に冷たい声で告げる。
「——そろそろ理解できたか? 兄は私を斬るどころか近付く事すらできぬと」
力の差を突きつける言葉。
なるほど、そうして心を折るのは有効な戦術かもしれない。カワキは歩みを進める白哉に感心した目を向ける。
血塗れで膝をつく月島は不気味に微笑むばかりで一言も発しない。
一歩。
白哉が月島に近づいた。刹那——
「……ああ。“そこだね”」
カチリ、と軽い音がして白哉の草履の下で地面が四角く沈んだ。
『……! 罠?』
白哉の背後、コンクリートが隆起する。
すかさずカワキが照準を合わせて、白哉の背後を撃ち抜いた。重い音がして、粉砕されたコンクリートが細かな破片となって辺りに飛び散る。
降り注ぐ破片を避けながら、白哉が驚きに声を上げた。
「何だこれは——」
「僕が仕掛けたのさ」
『君が……?』
カワキが訝しげに眉を顰めて呟く。
この戦場は敵が作ったフィールドだ。罠が仕掛けられていても不思議ではない——だが、それにしては妙な違和感がある。
『私達を誘い込むことを想定した仕込みだとするなら、罠が手緩すぎる。それに……どうしてさっきは使わなかった?』
カワキは違和感を言葉にして羅列する。
『一箇所にしか罠を仕掛けない筈はない。さっき使っていれば君はそれほど傷を負うことはなかった。……この程度の罠を出し惜しんだ? これ程の策を弄せるのに?』
それは月島への問いかけというよりも、自らの思考を整理するための言葉だった。
一護を陥れるための入念な策略。カワキから身を隠す判断。それだけの事を行える者がこんな雑な罠を出し惜しむだろうか。
カワキの中で人物像と行動が合致しないことが、違和感を強くした。
つらつらと述べられていく考察。カワキの意識が自分に向けられたことに嬉しそうに頬を緩めた月島が答える。
「僕の能力、知ってるんだろ?」
『……まさか』
月島の完現術——『ブック・オブ・ジ・エンド』は、対人に限定した能力では無いのか?
カワキと白哉が、タネに勘付いて僅かに目を見開く。
「——気がついたね」
ニイ、と口角を上げた月島が、得意気に言葉を紡いだ。
「『ブック・オブ・ジ・エンド』は斬った相手の過去に僕の存在を挟み込む。あの時僕は、この舞台にかつて来た事になったんだ」
「その能力は、無機物に対しても通じると言う事か」
「そもそも、通じないなんて言った憶えが無いけど」
淡々と話しながら、周囲に舞う千本桜のひとひらを斬りつけた月島に、カワキが目を細める。
『なるほど、確かに。それは私達の落ち度だ。ご丁寧な解説をありがとう。なら——君の能力は斬魄刀にも効くのかな?』
冷静に告げたカワキに白哉がハッと顔色を変えた。カワキの言葉が意味するところに気付いたのだ。
警戒を強めた白哉は、眉根を寄せて月島を見据えた。
感心したと言う調子で、月島がカワキの問いかけに答える。
「さすが、理解が早いね。そう、僕は今、彼の刀にも挟み込んだ。彼の刃を、二度と受けることは無い」
言葉の途中、千本桜が月島を襲う。
それを回避した月島が、白哉の真後ろに立った。自分を斬りつけようとする白哉の腕を掴む。
「僕は君の刀も技も、最早飽きる程に見ているよ」
一瞬の動揺。
動きを止めた白哉に、笑んだ月島が刀を振り下ろし——甲高い音が響き、迫る刀が弾かれた。
月島の攻撃を防いだのはカワキ。青白く輝く刃——ゼーレシュナイダーをくるりと手元で回して、月島へ賛辞を送る。
『……本当に、素晴らしい能力だ。賞賛に値するよ』
刀を弾かれると同時、飛び退いて距離を取っていた月島が、きょとんとした表情でカワキを凝視する。
伏し目がちに佇んでいたカワキが、視線と共にゼーレシュナイダーを持ち上げて、切っ先を月島の方へ突きつけた。
そして、低く告げる。
『だからこそやはり生かしておけないな』
後衛に徹していたカワキが、武器を構え直して前に出た。白哉と並んで月島と相対する。
五大貴族——今となっては四大貴族だが——の一角、朽木家の当主と滅却師であるカワキが肩を並べて戦うことになるとは。
互いの立場を思えば、それはあり得ない光景だった。
月島を見据えたまま、カワキが白哉へと語りかける。
『朽木隊長。出し惜しみは無しだ。千本桜での攻撃を見切っていても、出来る動きには限度がある筈だ』
「……一理ある。良いだろう」
カワキの真意を察して、白哉が千本桜の切っ先を地面に向けた。
そして——
「卍解——『千本桜景厳』」