幕間・苦い酒
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XCUTION・拠点
「一護、チャド。今日は二人に話しておくことがある」
死神の力を取り戻す修行の合間。
一人掛けのソファーに浅く腰掛けた銀城がいつになく真面目な表情をして、休憩を取っていた一護に声をかけた。
共に名前を呼ばれた茶渡も、怪訝そうな顔で銀城がいるローテーブルの傍に寄る。
一護はテーブルを挟んで銀城と同じ一人掛けのソファーに、茶渡はテーブルの側面に置かれた二人掛けのソファーに座った。
黒い革張りのソファーがギシリと軋む音を立てる。
「なんだよ、改まって」
「……これからする話はお前達にとっちゃ信じたくないことばかりだろうが、聞け。お前達の仲間——志島カワキの話だ」
硬い声で切り出された話は予想外で——一護と茶渡は驚いたように目を見開いて、訝しげだった表情を一気に張り詰めたものへと変えた。
ごくりと息を呑んだ一護達に無言の頷きを返した銀城は、静かに口を開く。
「俺達は一護を見つけるためにお前やお前の仲間達の情報を探った。それは知ってるな? 一護」
「ああ」
「だが——……志島カワキ、あいつだけはいくら探っても、空座町に来る前のことが何一つわからなかった」
銀城の話の雲行きが怪しくなり始めた。
不穏な内容に顔を強張らせた一護と茶渡が、視線を交わして互いの様子を伺う。
困惑するのも当たり前だと、銀城は無言でローテーブルの上に置かれたグラスを手に取った。
丸く削られた氷が揺れる琥珀色の液体に口をつけ、暗い話に渇いた喉を潤す。
微かな希望に縋るように、茶渡が困惑の交じる声音で銀城に問いかけた。
「それは……カワキが帰国子女で、以前は外国にいたからじゃないのか?」
「そっちも当然調べたさ。書類では空座町に来る前に暮らしてたことになってる国も調査した。……結果は収穫無しだ」
希望は打ち砕かれ、更なる絶望が二人を襲う。
銀城がテーブルにグラスを置く音がやけに大きく聞こえた。
これ以上、この話を聞きたくない。
銀城が何を言おうとしているか理解した一護達は、瞳を揺らして唇を噛み締めた。
「つまり——志島カワキには空座町に来る前の経歴が一切無い……おかしいだろ?」
銀城は言及をやめない。
「お前ら、志島カワキとはどこで会った」
「俺は、偶然、路地裏で不良を叩きのめすカワキを見かけて……それを止めたのが、初対面の時のことだ」
「一護、お前は?」
「……虚との戦いで危ねえところをカワキに助けられて……それで……」
途切れ途切れにカワキとの出会いの日のことを語る一護に銀城が眼光を鋭くした。
「……志島カワキはクラスメイトだろ? なのに、お前が死神の力に目覚めてから、突然接触してきたってことか」
「そんな言い方……! ……銀城はカワキを疑ってんのか?」
「……そうだ。あいつは……異質だ。それはこれまで一緒に戦ってきたお前らが一番よくわかってんじゃねえのか?」
二人の脳裏をカワキの姿がよぎる。
初めてカワキと共闘した時のことを思い出した。
力に目覚めてから戦い方を学んだ自分達と違い、カワキは最初から戦闘に関して、知識も、技術も、判断も……頭一つ抜けていた。
滅却師だからか?
だが、同じ滅却師である石田もあれほどではなかった。
「たしかに、カワキは尸魂界の事情や虚圏のことにやけに詳しかった……それに戦闘での動きや判断も常人離れしている……」
俯いた茶渡の表情は長い前髪に隠されて窺えない。
それは銀城がかけた疑いへの、消極的な肯定の言葉だった。
頷きで応えた銀城が、険しい顔を崩さず再び一護に問いかける。
「これまでの戦いの中で奴に不自然な動きは無かったか? 妙だと感じたことは? あいつは怪しいと……そう思ったことは、本当に一度も無かったのか?」
「……無えとは言わねえ。初めて会った時から、カワキは俺達よりずっと強くて……戦い慣れしてた」
テーブルに視線を落として、遠くを見るような目をした一護の意識は、カワキとの思い出を辿っていた。
一護がきつく目を瞑り、瞼を開く。
そして——強い眼差しで顔を上げた。
「でもな、カワキは絶対に嘘は吐かねえ。そのカワキの口癖が『俺を護る』だ。実際に、裏切られたと思った時も敵を騙すための演技で……最後は俺を助けてくれた」
村正、そして響河との戦い。
あの時だってカワキは一度は離れたって最後には自分達の許に帰ってきたのだ。
だから——
「カワキは敵じゃねーよ」
力強く断言した一護の言葉に、暗闇から引き上げられたかのように、茶渡も表情を明るくして小さく笑った。
「……一護……。そうだな」
穏やかに笑みを交わす二人を見ながら、銀城はグラスに口をつける。
いつもは好んで飲む味の酒も、今ばかりはひどく苦いものに感じた。
心を鬼にして、銀城は一つの懸念を指摘する。
「志島カワキに悪意が無くても、その裏で誰か動いてるって可能性もあるんじゃねえのか?」
茶渡が首を横に振って答えた。
「あのカワキが、他人の命令を聞いて動くなんて思えない。それに、カワキがいつも一護の身を最優先している姿を俺は間近で見てきた」
疑念の全てが消えたわけではない。
だが——それでも、茶渡はこれまで見てきたカワキの姿を信じたかった。
——一護もきっと、同じ気持ちだ。
「カワキが仲間を裏切るだなんて、そんなこと考えたくない」
二人の心情を感じ取った銀城は苦い酒を一気に飲み干し、静かにグラスをテーブルに置いた。
「…………。ずっと仲間としてやってきたんだ。信じられねえ気持ちはわかる。……それでも、今した話だけは覚えとけ」
真剣な顔で話に耳を傾けていた一護が、銀城の忠告に頷きを返す。
「ああ、わかってる」
「…………」
一護はふっと口角を上げて微笑んだ。
「俺達のこと、心配してくれたんだろ? ありがとな、銀城」