奪うもの

奪うもの


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とある空間内


 白哉の言葉を聞いて、カワキは伏せた目を持ち上げて月島を見据えた——その視線は、ゾッとするほど冷たい。


(……そうだ、私は一護の敵じゃない。私が任された役割は——『黒崎一護の護衛』なのだから)


 月島が白哉に告げた言葉は全て真実だ。

 カワキの現世での記録に、空座第一高等学校に入学した頃より以前のものなど存在しない——月島の発言は、根拠がある告発だった。

 だから——

 これ以上、月島に喋る時間を与えて、根や葉を掘り返されては困るのだ。


『無駄話は終わり。これ以上、君と語らう言葉を、私は持たない』


 神聖弓を二丁に増やし、両手に構える。無駄口を叩く暇など与えない。


(——迅速に、そして確実に、彼を殺す)


 絶え間なく続く発砲音。青い光と燐光があちこちで弾けて消える。それでも次から次へと、燐光を追う流星が空に眩ゆい軌跡を描いた。

 逃げる月島の首筋を薄らと汗が伝う。


(織姫達に挟んだ過去より、ずっと速い。それに、この量……捌き切れない……! 何より厄介なのは——)


 己の命に王手がかかった状況への焦燥に眉根を寄せ、月島が白い羽織を忌々しげに見下ろした。

 止まぬ弾丸が脅威であることは言うまでも無い。だが月島にとって、カワキの攻撃以上に厄介だったのは、白哉の千本桜だ。

 刃の吹雪が、時に壁、時に床となって、神聖滅矢から逃げる月島の退路を塞ぐ。


「本当、やりにくいなぁ……!」


 回避を妨げる白哉から先に潰そうにも、無傷圏に入れば飛んでくるのは光の弾丸。

 万事休すの月島に追い討ちをかけるように、革靴の先が地面に触れた途端、足元が青白く輝く。

 驚きに目を見張って足元に視線をやった月島の耳に届いたのは——澄んだ声が朗々と詠い上げる詠唱。


『盃よ西方に傾け(イ・シェンク・ツァイヒ)——緑杯(ヴォルコール)』

「……な……」


 炸裂するは霊子の衝撃。青白い光の波が作り物の空に向かって伸びた。

 カワキが弾丸に隠して地面に撃ち込んでいた銀筒。それを活用した一撃が、大気を揺らし、地面を割ったのだ。

 咄嗟に防御はしたものの、間近で響いた轟音に、月島は頭の中がグラグラと揺れる心地がした。

 煌めく閃光に目を灼かれて、一瞬で思考を奪われ、何も考えられなくなる。

 腕で顔を覆っていた月島が、すぐに我に返って素早く周囲を見渡した。戦場で動揺を見せるのは命取りだ。

 虚勢で笑みを作り、ダメージなど受けていないぞと、示そうとして——


「こんな攻撃、足止めにしかならな……、いない……? どこに……」


 視界を埋め尽くすのは千本桜。

 先刻、詠唱の声がした方向を振り向いてもカワキの姿はすでに無い。

 このまま物量で押し切るつもりか、月島がそう考えた次の瞬間——

 ぶわり、と月島の背で千本桜がはけた。


「千本桜」


 急に差し込んだ月の光に、月島は背後を振り返ろうとして——胸に走ったのは鋭い痛み。

 口からゴポリと血が溢れる。

 力が抜けた手から刀が滑り落ちた。

 地面に落ちた刀がカラカラと滑っていく音が、遠く聞こえる。


「……あ……」


 視線だけで胸元を確認すると——見えたのは、赤く染まるシャツと、背後から胸を貫く霊子の刃。


『終わりだ、月島秀九郎』

「ああ……さっきの、攻撃は……姿を隠すための、目眩し……か……。やられたな」


 胸を貫かれたまま夜空を仰いで、力なく笑った月島は、自分の背後に立つカワキに向かって、途切れ、途切れに語りかける。


「き、みは……僕に、近付いて、くれないって……思ってたん、だけどなぁ……。僕の予想は……間違ってたって、ことか」


 カワキは無言のまま、容赦なく月島の胸に突き刺さったゼーレシュナイダーを引き抜いた。

 勢い良く薙いで血を振り払うと、地面に弧を描いて赤黒い線が走る。

 体重を支えていたゼーレシュナイダーを引き抜かれたことで、そのまま前のめりに倒れ込んだ月島を醒めた目が見下ろした。


『……いいや。“私が君の間合いに入るのを避けている”、その推測は正しかったよ』


 最期に答え合わせをしてやろう、と言うように、カワキが淡々とした調子で言葉を紡ぐ。

 倒れ込んだ月島はただじっとして、静かで落ち着いた声に、耳を澄ませていた。


『君には私が近接戦を避けるという確信があった』

「…………うん……」

『だからこそ——君は私の姿が消えても、私の接近を想定に入れなかった』


 月島は失血でモヤがかかった意識の中、なんとか首を動かしてカワキを見上げる。

 ——こちらを見下ろす昏い目から、視線を外すことができない。


(ああ、なんて——……)


 自分の破滅を象った蒼色がひどく魅力的に見えて……止まりかけの心臓が強く鼓動する音を聞いた気がした。

 縦に構えたゼーレシュナイダーを、月島の首筋に突きつけたカワキが、興味なさげな無表情で、最後の言葉を告げる。


『月島秀九郎、君は賢い男だったよ。私の予測通りに』

「……は、はは……っ……君ってほんと、ひどい子だなぁ……」


 血の気を失くした頬を僅かに上気させて幸せそうに目を細めた月島が笑いを溢す。

 冷たく輝く刃が、その首を断とうと振り下ろされた——刹那のことだった。

 周囲の空間が電源を落とした画面のように黒く染まり、ドット絵に変換されて形を失っていく。

 周辺を見渡した白哉が推測を口にする。


「空間が……なるほど、敗者が出ることで解除される仕組みか」


◇◇◇


 気付けば、完現術によって作られた空間が崩壊し、カワキと白哉は現実の森の中に立っていた。

 月島の首を斬り落とすために構えていたゼーレシュナイダーをそのままに、カワキが小さく眉を寄せる。


『…………。……止めを刺し損ねた』

「あの傷は致命傷だ。どのみち、そう長くは保つまい」


 邪魔をされ、不機嫌が滲む声音で呟いたカワキを宥めるように、白哉は刀を納めて言った。


「誇るが良い。兄はたしかに、奪われた友の絆を取り戻したのだ」


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