白い貌は
原作26巻224〜225話あたり修行の合間。
ふと金髪の友人の方を見ると、岩の上に座っているのが見えた。
座っていると言っても、ただ座っているわけではなさそうだ。
坐禅を組んで、抜き身の斬魄刀(と一護は思っている)を膝の上に置いている。
——「さっき言った通り、アタシは一護の修行の手伝いはでけへん」
——「精々授業のノート取ってくるとか、一護の分も飯作るとかやな」
——「まあ、アタシにもやる事があるんや」
周囲が賑やかでも、友人は微動だにしていない。
——あれが撫子が言ってた“やる事”なのか?
疑問に思った一護は、少なくとも自分よりは詳しいだろう小柄な少女に尋ねた。
「ひよ里、撫子は今何やってんだ?」
ひよ里は嫌そうに、けれどどこか懐かしそうに答える。
「……あれは刃禅や」
刃禅。少なくとも一護は聞いた事がなかった。
「じんぜん? なんだそれ」
「今のオマエには関係ないわ。……それより早よしィ一護! もう一回や‼︎」
「っせーな! わかってらっ!!」
**
ふかく、ふかく、意識を、心を、浅打へと。
外からの音も、温度も、遮断される。内側へと降りていく。
水底へと落ちるように、空へと浮き上がるように。
閉じた瞼越しに光を感じて、撫子は目を開けた。
地平線まで続く花畑。
白い花が風にそよぎ、うねる波のように見える。全てが白い花のみかと思えば、ぽつぽつと他の色の花も見える。
その白い波の中、ぽつんと立っている誰かが居る。
こちらに背を向けて立つその姿は、色が違えど撫子とよく似ている。
「——お姉ちゃん」
『やあ。久し振りだね、撫子』
撫子の方に振り返った顔は、やはり瓜二つ。しかし白い髪色や黒い強膜、いっそ病的な程の白い肌は、撫子のそれとは違っていた。
白い死覇装を纏ったその人は、腰に浅打を佩いている。
彼女こそ、生まれた時から撫子の魂魄に存在する名前のない虚。幼少期の撫子の不安定で過剰な霊圧を食べて育ってきた、言わば姉のような存在だ。
「それ、浅打?」
『その通りだ。他ならぬあなたが浅打を手にしたことで、私にも影響があったらしい』
そう言ってその虚は浅打の柄を撫でる。
『今日はどう言った用件かな? 刃禅をしていたのだから斬魄刀についてだろう。浅打を斬魄刀に仕上げるなら——』
「それも勿論あるで。それからもう一つ」
撫子は虚の目を見る。自分と同じ形でも、表情のつくりが違うとこれ程までに違うのか。
「仮面を戦闘中でも出せるようにしてくれへんかな」
『——断る。何故自ら危険に飛び込もうとする?』
予想通りに却下された撫子は、それでも言葉を続ける。
「危険に飛び込もう思て飛び込むやつなんて居てへん。向こうからやって来るから力が要るんや」
『なら戦いから遠ざかればいい』
「……お姉ちゃんも知っとるんやろ。アタシらの父親が、藍染惣右介やってこと」
藍染の名前を出したところで、虚の表情が少し歪んだ。
「アタシはあの時、尸魂界でアイツと目が合った時に解った。お姉ちゃんは……元々知ってたんやろ?」
虚は答えず沈黙している。
事実、虚は解っていた。胎内記憶とでも言うべきか、成り立ちが特殊な虚故か、母の胎に居た時の記憶があった。
だからこそ始めから虚は知っていたのだ。父親が藍染惣右介であり、不倶戴天の敵であると。
「きっとアイツは、遅かれ早かれ何か仕掛けてくると思うねん。向こうも……アタシが誰なのか気付いとると思うし」
撫子は一歩、虚に近づく。
「ねえ、お姉ちゃん。アタシは今できることをやらんで後悔したない。仮面が使えるようになれば、アタシはもっと強くなれる。そしたら、アタシたちの家族だって、友だちだって守れるんや!」
虚は呆れたように首を振る。
『浅慮だね。あなたが守りたいと思っている人々は、あなたよりも強いのだから、あなたが守る必要はない。それに——守られる側なのはあなただ、撫子。よく解っているだろう』
「それでも……それでもアタシが戦わん理由にはならへんの! それに、今まで守ってくれてた分、アタシやって家族の役に立ちたいんや!」
『あなたのことは私が守ろう。だから大人しくしているといい』
睨み合う両者。危険に晒したくない虚と、戦う力を求める撫子。
尸魂界から戻って来てからこのやりとりを続けている。
説得の為に再度口を開こうとすると、虚が手で制止した。
呼ばれている、と虚が呟く。
『此処迄にしておこうか、撫子。この話は平行線だよ』
「……アタシ、諦めへんから」
『それは楽しみだ』
ゆっくりと、虚の姿が遠くなってゆく。意識が浮上しているのだ。
水底から浮き上がるように、空へと落ちるように。
意識は現実へと戻ってゆく。
**
肩に誰かの手が置かれた。
「なんや急に、って拳西?」
「お前に客だとよ」
「お客さん?」
拳西が指し示した方を見ると、友人の姿があった。
「あ! 織姫ちゃんや! 拳西ありがと!」
刃禅の為に抜き身にしていた浅打を鞘に戻し、織姫の方へ移動する。
「おーりひーめちゃ〜ん!」
「わ! 撫子ちゃん!」
「なんで此処に?」
「うん、黒崎くんに伝えなきゃいけないことがあって、黒崎くん探して此処まで来たの」
「——何してんねん一護っ‼︎」
ひよ里の叱咤。二人してそちら目を向けて、織姫が見知ったオレンジ頭を見つけて声を上げる。
「黒崎くん‼︎」
「……井上⁉︎」
**
織姫から聞かされた藍染の目的に、一護と撫子の二人はそれぞれの反応をする。
「——……そうか……」
「王サマの殺害、ねえ……」
撫子は深く息を吐く。そんなことになっているのか。
織姫が無言で一護と撫子を見ている。それに気付いた一護が訊く。
「? 何だ?」
「え? あ、ううん……黒崎くんも撫子ちゃんも……あんまり驚かないんだなあって思って……」
「驚いてるさ。ただなんつーか……急に王鍵とか言われて頭がついてってねえんだと思う……」
「まあスケール違うからなァ。ピンと来ぉへんな」
わざと大袈裟に肩を竦める撫子。
一方の一護は織姫の表情に気付いた。
「……そんな心配そうなカオすんなよ井上。大丈夫だ、藍染は俺が止める」
「……」
「俺はまだ強くなれる。……今、そう感じてんだ」
「なら持続時間今以上に伸ばさんとアカンなあ。先長いで〜?」
「……わーってるよ」
一護は改めて織姫に向き直る。
「教えに来てくれてありがとな、井上……よォし! 修行再開すんぞひよ里ィ‼︎」
「ひよ里さんやハゲ‼︎」
**
織姫を伴って地上への階段付近まで来た撫子。
「織姫ちゃん、アタシからもありがとう。……ってどうしたん?」
「え? うん、黒崎くんが驚かなかったのは頭がついていかないからじゃなくて、強くなってるからだと思うんだ。だからあたしも強くならなくちゃ」
織姫の目に写る決意に、撫子は目を細める。
「織姫ちゃん……せやな、強くなるに越した事ないもんね。アタシも——もうちょい対話頑張ってみるわ」
そう言って撫子は浅打の柄を撫でる。
——決戦は冬。それまでに斬魄刀を物にせんとな。
階段を登る織姫を見送って、再度対話をする為に元の場所で刃禅を行う。
——覚悟しといて、お姉ちゃん。
撫子は意識を浅打へと潜り込ませた。