武力制圧
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空座町・郊外の森林
暗い森にチラチラと青白い光が瞬いて、木々の間を風が吹き抜けた。
否、それは風ではない。人間だ。
森の中を目にも止まらぬスピードで駆け抜けて行く小柄な人影は、志島カワキ。
彼女は現在、護衛対象である黒崎一護の霊圧を追って洋館に辿り着いたところだ。
『3、4、5……随分と数が多いな』
洋館の中にいくつかの見知った霊圧と、知らない何者かの霊圧を感じて、カワキが眉を顰める。
——最も警戒すべきは銀城空吾……群の頭から潰すのがベターか?
——あとは……確実に息の根を止めないといけないのは月島秀九郎だ。
生い茂った木々の隙間に身を潜め、洋館の窓から中の様子を窺うカワキの頭に“話し合い”という発想は当然ない。
あるのは“武力制圧”という一単語のみである。
『さて。どう動くか……。——!』
草食獣の群を狙う肉食獣のように、より効率的に集団を瓦解させて獲物を仕留める狩り方を考えていたカワキの耳に、大きな破壊音が届く——同時、ひっそりと森の中に佇む洋館が衝撃に揺れた。
音がしたのは洋館の二階部分からだ。
音源付近には一護の霊圧——少し前まで揺らいでいたそれが膨れ上がったかと思うと、戦闘の音が森まで漏れ聞こえてきた。
思わず溜息がこぼれる。
『考えている暇は無さそうだ』
二階の窓を見上げたカワキが手元に霊子を集めた。
月の光を反射して煌めいた銀の五芒星が拳銃に形を変える。
慣れ親しんだ神聖弓を手に、カワキが空を蹴って剣戟の音が漏れる窓に近付き——
次の瞬間、カワキは勢い良く窓ガラスを蹴破って洋館に突入した。
「なんだ!?」
『こんばんは。探したよ』
突然の乱入者にどよめく者達を尻目に、床に飛び散ったガラスを踏みつけて洋館に降り立ったカワキは、間髪入れずに銀城へ銃口を向けて引き金を引く。
幾度か音が重なるように響いて、複数の光の矢が銀城目がけて飛翔した。
「! てめえ……」
大剣を薙いで矢を叩き落とした銀城が、敵意を剥き出しにした険しい目でカワキを睨みつける。
泣き出しそうな顔で唇を震わせた一護が悲痛な声をあげた。
「カワキ! お前まで……!」
『……「私まで」、何? 随分混乱してるようだね、一護。落ち着いて』
「なんでだよ! 俺はお前らと戦うために強くなったんじゃないのに……!!」
「無駄だ、一護! もうやるしかねえ!」
カワキに刀を向けられない一護の代わりに、銀城がカワキに大剣を突きつけた。
しかし、カワキは自分を睨みながら大剣を構える銀城など視界にも入らないような振る舞いで、神聖弓を構える手とは逆の手を一護に差し出す。
『一護。私は何も変わっていないよ。君と出会ったあの日からずっと。ほら、こっちにおいで。そこは危ないよ』
「じゃあなんで銀城に銃なんか向けてるんだよ!? お前もそうなんだろ……!?」
『………………』
気が動転した様子で叫ぶ一護に、カワキは深く溜息を吐いて、差し伸べていた手を下ろした。
——構えた神聖弓はそのままに。
『会話にならないな。残念だよ。先に銀城空吾を殺そう。話は後で聞かせてあげる』
「な……ッ! 待て、カワキ!!」
『待たない』
「……!? うおっ!」
制止の声をあげる一護を無視したカワキは、一息で銀城と距離を詰めると胸ぐらを掴み上げて乱暴に放り投げた。
一護と銀城の距離を開けると、カワキは投げ飛ばした銀城の後を追う。
「待て! 待ってくれ、カワキ!!」
カワキは「銀城空吾を殺す」と言った。
一護は知っている——カワキは「やる」と口にした事は必ず実行する、と。
焦燥に駆られた一護が場所を移した二人を追いかけようとするも——
「いいのかい? 僕から目を離して」
「——ッ!?」
一護の行手を阻むように、月島がポンと一護の肩を軽く叩いて注意を引いた。
即座に月島の手を振り払って飛び退った一護が、親の仇でも見るような目で、薄ら笑いを浮かべる月島を睨め付ける。
「! 月島……! てめえ!! カワキにまで!!」
「何の話かわからないな。どちらかと言うと、何かされたのは僕の方なんだけど」
不思議そうに小首を傾げる月島に、奥歯が砕けそうなほどに強く歯を食いしばり、怒りに震えた一護が刀を構えた。
「ふざけてんじゃねえぞ! てめえだけは絶対に許さねえ!!」