新入りの上司が嫌い。
「お前の目が金色で葉巻やってたからだよ」※ホビワニルート
※モブと新入り上司キャメルさん
◆前
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🐫あらすじ🐫
『ドンキホーテ海賊団新入り上司キャメルさんは怖くてヤバくて重い』
『自宅兼事務所、燃える』
◆◆
横文字のラクダの看板が火にあおられて、端から焦げて形を崩していく。
ドレスローザの一等地。服一着に数万ベリーかけるような金持ち御用達のブティック街の一角が空も焦げそうな火柱に包まれている。
燃え盛る炎の勢いとつんと鼻を刺す強いアルコール臭に、放火だなんだと大騒ぎする野次馬をかき分けて、その中に紛れるファミリーのゴロツキくずれに歯噛みする。
正面は火の海だ。
裏手に回って適当な窓をたたき割ると、もうもうと溢れる煙の中に飛び込んだ。
◆◆
「キャメルさん、仕立て屋って楽しいですか」
◆◆
またしても集合時間に集合しないキャメルさんを探すこと3時間。
ケーキ屋、アイス屋、スイーツビュッフェと他の捜索隊が探しにくい店を覗いて、なんかもう面倒くさくなって海を眺めに行くと、尋ね人が元気いっぱいに寄港した海賊船を沈めていた。
きっと愛と情熱の国へ想いを馳せて胸を躍らせていたであろうに、そこそこ新しそうな船の立派なマストが中ほどで物理的にへし折られ、傾いているのが哀愁漂っている。
はためく海賊旗に目を凝らして、辛うじて百獣海賊団ではないことに胸をなでおろす。
「なにしてんすか!!………なにしてんすか!?」
「急に海賊が来たから…」
大立ち回りだったろうに、高そうなスーツには返り血どころか皺ひとつない。
重そうな麻袋を担いで颯爽と砂浜に飛び降りてくるキャメルさんに、命からがら敗走中の海賊たちから悲鳴があがる。
いっぱいあったからおすそ分け、と古ぼけた金貨をもらったところであまりうれしくない。もらっても怖いし受け取らなかったらもっと怖いことになりそう。
すぐポケットにしまわずに手元でコインをはじいていると、忌々し気なぬいぐるみに舌打ちをされた。
フラミンゴ野郎の使いっ走りか、と不機嫌そうに唸るワニさんも一緒なのは珍しい。
いつもキャメルさんが外出するときは檻の中なのに。
でもまあ大事なものは肌身離さずにそばに置いて監視するに限る。ドレスローザではなおさらだ。
スマイル産業でまあまあ懐が温かいドフラミンゴファミリーはともかく、ドレスローザ近郊はこれといった資源も産業もない。
おしゃれに気を配るよりもその日の食事にも困り果てて、道を踏み外す人間が多い。
略奪目的ならそれこそファミリーの羽振りが良さそうな構成員から追い剥ぎした方が手っ取り早い。
ワニさんのやけにおしゃれな衣装は全部手作りだというし、初対面時に幹部と構成員がまあまあいるところでひん剥かれた立場としては唸るものがある。
火をつけてすぐ捨てるのがもったいなくて葉巻くゆらせてた自分の態度も悪かったけれど。
「礼服はよいスーツを1着もつといい。
そうすればたいていのことは困らないからね」
冠婚葬祭の内、葬が飛びぬけて多い海賊の祝杯でスーツ着てたら浮くことこの上ないだろうに。
正面からばっさりと袈裟懸けにした海賊から衣服を剥ぐキャメルさんは、草臥れすり切れた布地をながめつすかめつしながらため息をついた。
「君のスーツは安物だ。ワゴンセールで季節外れのものを適当に選んだんだろう」
「靴もダサい、裸足の方がマシだな」
「なんで急にファッションチェック始めるんすか」
スーツなんて消耗品に拘っても意味がない。
必死に生きているだけで自分の血と硝煙の匂いが染み付いて、汚れが落ちなくなったら捨てるサイクルだ。
「君も私の部下なら一着くらいは仕立ててあげるよ。というかこれを着なさい、着るんだ」
「もう仕立ててある…だと…!?」
手触り…生地からしてなんか違う。
キャメルさんが作ったものだから下手に汚せなくて緊張しているのかもしれないが。
手を借りてジャケットに袖を通すのをぬいぐるみが食い入るように見つめているのも怖い。
「これ汚したり破いたりしたらクビ飛ばされるんすか?物理で。
……汚す前に質に入れていいすかちょっと飲みたい銘酒があって」
「敬語使わない身なりにも無頓着、そのうえお金にがめつくて趣味がやけ酒ときた。
部下に恵まれない私はなんてかわいそうなんだろう」
「優秀で強くてまともな奴は、キャメルさんがなんか知らねぇけどぶっ殺したり皮剥いで再起不能にしたからじゃないすかね」
言外にてめえがわんぱく過ぎるからだよと含ませてみても、激しく頷いているのはワニさんだけ。
何が悲しくてぬいぐるみに同情されねばならかいのか。ボスの金払いがよくなきゃ絶対他に移ってた。
下っ端の身でできることといえば、おおまかな現在位置の把握とヤベェことやらかしてたら体張ってできる限り被害を抑えるくらいだ。
それさえ必死にやっていればさらに上の上司のセニョールさんもボスも引き気味に労いの言葉くらいはかけてくれる。
「『差し入れ』の名目で変なもの寄越してきたり食べ物を粗末にするからバチを当てただけだよ」
「神殺しから遂にバチ当てる側になったんすか。
でもあれsmileはともかく、パンクハザードのキャンディは用法容量守れば眠くならないし痛み感じなくなるし便利っすよ。闘技場でも成分マル秘でたまに配ってる」
不定期にボス以外の最高幹部からもらう差し入れにリンゴ味が多いとか、仕立て屋工房の隅に積まれて放置されている溶けかけた飴とか。
キャメルさん好みの流行のスイーツを買うにも、ファミリー特権使わずにわざわざ長蛇の列に並ぶ理由なんて、深く考えない方がいろいろ楽なのだ。
「それ私に話していいことなのかい」
ふうん、と至極どうでもよさそうに相槌をうち、なんとなく殺気立っているぬいぐるみを撫でている上司がいつ爆発するか、特等席で拝める機会は来るのだろうか。
まあそんなとんでもない事態が起これば、確実に爆心地付近まで見物することになる自分は五体満足ではいられないだろうけど。
「いつでも殺せる酔っ払いのたわごとなんて、だれもまともにきいちゃいませんよ」
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今、走馬灯ってやつ見えたかもしれない。
火元はおそらくショーウィンドウあたりだろう。縫製品が多く火の回りが早いのか、店舗側の扉の隙間から黒い煙が漏れている。
ぱちぱちと爆ぜる火の粉。むき出しの顔や手の甲を舐めるような熱気。
なるべく火が回っていない裏手の居住スペースから侵入したのに、一瞬記憶が飛ぶほど思った以上に酸素が薄い。
なるべく身を屈めながら、見通しが悪い廊下を記憶を頼りに手探りで進む。
かすかに聞こえる音とたまにくる虫の知らせのままに、目星をつけたドアは、金属製のドアノブが真っ赤になっている。
クソが、と悪態をつきながらリボルバーで蝶番を壊して力任せに蹴りあける。
「………ぬいぐるみならまず第一に逃げなよ!!可燃物だろお前ら!!」
ワニくんはずいぶん人望があるらしい。
床に無造作に積まれた檻。その格子の隙間を抜けたらしいぬいぐるみたちが、ところどころ火の粉が飛んで布地に穴が空いたり焦げているのも気にせず、天井から吊られた籠に手を伸ばして試行錯誤している。
足元の布と綿の塊を踏まないように。
何も考えずに掴んだ鳥かごは、火で炙られたせいか革手袋越しでもやけどしそうなほどに熱い。鍵穴は熱でひしゃげて、こっそり複製しておいた鍵も役に立ちやしねえ。
足元できーきー喚くおもちゃが煩わしい。水、と部屋を見回したところで、熱で接着剤が溶けたのかメリメリとはがれてくる壁紙にも炎が燃え移り、もう自力で消火は難しいだろう。
ぐずぐずしている暇はない。
鳥かごに飛びつくようにぶら下がり、力任せに天井から下がる鎖を引き抜いて、その勢いのまま籠を抱えて廊下を駆け抜ける。
カタカタと軽い金属音を立てて後ろを追いかけるロボットとぬいぐるみ、自分の足音が爆ぜる炎にこだまする。
もう煙を吸わないようにとか考えるよりも全速前進で全力疾走で脱出するしかない。
随分おとなしいな、と抱えた鳥籠の中身を窺うとガラスの目が瞬いた。
よし生きてはいるな、キャメルさんに皮剥がされずに済む。
「…なんできた」
「言わなかったっけ」
薄気味悪くて怖くて話が通じなくて、化け物のように強いキャメルさん。
人のことを道端に転がる石ころか、血肉の詰まったずた袋を見る目で見下ろす横長の瞳孔が細められて、ずいぶん馴れ馴れしく肩を抱いていたはずのボスの、ドフラミンゴの首がゆっくりと落ちて。
ほどける糸が地面に散らばり、太陽の光を反射する曇り一つない鋏の銀に映る横顔が。脳裏に焼き付いて離れない。
寝ても覚めても、心臓がうるさい。
あの瞬間の血が沸騰するような高揚感は、道行くおもちゃたちが固唾をのんで、首が落とされる瞬間に声にならない歓喜の情をあふれさせたのは。
「わたし、こんなおもちゃ風情に現抜かして人間ごっこしてるキャメルさん、嫌いなんだよ」
あれは化け物だ。そうでもないとあんな悪魔みたいなボスを殺せない。
ころして、くれない。
「いいだろなんでも、それはそうとボスも幹部もてめえを狙うぞワニ野郎」
「返り討ちだ」
間髪入れずにそれ返すの怖。やっぱり一緒に生活してると飼い主に似てくるんだ。
なけなしの見聞色で探り、人気の少ない裏通り側の窓をたたき割って脱出する。
真夏のカンカン照りの日差しも、火事の熱気に比べれば心地いいのを初めて知った。入り組んだ路地にはいってから籠を降ろした途端に、ロボットが格子を手先で挟んで黙々と切断していく。
そこニッパーになってるんだ知らなかった。怖。
悠々と籠から足を踏み出したワニさんは、やけに威風堂々とした態度とは裏腹に、キャメルさんが作ったおもちゃサイズのおしゃれなコートもスラックスも煤けて酷い有様だ。本人が見たら悲鳴をあげてワニさん本体を隈なく検分したあとに採寸に当たるだろう。想像できる。
というか私死ぬなこれ今度こそ死ぬわ。キャメルさんに殺されずに済んでもボスの指示でやってることなら確実に消される。もっかいワニさん火に焚べちゃだめかな。証拠を消したい。
「海賊以外で日払いで割りのいい仕事ってある?」
「てめえがクビになったら紹介状くらいは書いてやる」
ファミリーをクビになる前にキャメルさんに生首にされる確率の方が高い。世知辛い世の中だ。
おもちゃが紹介してくれる仕事ってなんだろう。スマイル工場のライン工とかかな。
あそこきらいなんだよなあ。いつもまとわりついてくるおもちゃが2、3匹いるし。
そのうえ構ってくるのは向こうなのに、監視にはさぼらせるなってぶん殴られた苦い思い出がよみがえる。
それから遠目に物言いたげに見つめてくるだけになったのもなんか嫌なんだよなあのおもちゃども。
「おもちゃが社長の会社?…ふわふわわたあめ工房とか?キャメルさん喜びそう。
…そこドレスローザ方面の流通に伝手があって特技青色確定申告でも雇ってくれる?」
「面接次第だな、まァ事務経験あるのは存分にアピールしろ」
ぬいぐるみに職を斡旋されたり面接のアドバイスもらう機会なんてそうそうないだろう。
どうせもうキャメルさんにもボスにも背いた感じになってるから多分今日中に死ぬだろうけど。
キャメルさんの主な仕事は仕立て屋とヒットマンだ。本人はとても気分屋だけど公私はきちんと分けているから殺すとなれば必ず殺す。慈悲はない。
一周回って穏やかな心持ちになって、ワニの煤けた部分を叩いて汚れを落としてやる。
「これあげる」
「……なんだこれ」
ついでになんとなく捨てられなかったボロボロのお守り袋を首から外し、随分と草臥れてほつれた布を引き千切る。
そして中のもの、人差し指一本分くらいの大きさの楔を取り出す。
酔っ払うたびに酒で浮かれた気分のまま、誰でもいいからボスか最高幹部に突き立てに行こうか考えてはやめていたとっておき。
なんでこんなもの、どこで手に入れたんだっけな。忘れた。
「海楼石」
だいぶアルコールで脳が焼かれていた時期にはどうにかこうにか粉末にして貯水槽にでもぶち込んでやろうか考えたんだけど、とつぶやくとロボットの方がぎしぎしと体をきしませる。
引くなよ実行には移してないんだから。
おそらく使いどころなんてないだろうけど。まあ、持っていても今まで実行しなかった臆病者が持つより役に立つ機会はあるかもしれない。
忌々しそうに海楼石を凝視した後に、無言で口を開いたワニさんのネジでできた歯並びにひとつ。楔を紛れ込ませる。
なじませるように歯ぎしりをする姿はなんだかかわいいかもしれない、と血迷った考えが浮かんでは消える。これは絶対一酸化炭素中毒で脳みそやられたせい。
もうできることはない。やるべきことはある。
まず第一にコロシアムの熱気で国中沸いてるうちに荷物まとめて国外逃亡だ。なんとなく離れがたいけれど、それしか生きのこる術はない。
ドフラミンゴファミリーはちょっとどうかとおもうレベルで裏切りを許さないし、キャメルさんに出くわしたらその時点で終了だ。
ワニさんは檻の中へ、わたしは墓の下へ。
あの悪魔みたいな変わった目を思い出して身震いする。
そうだ、ひとつだけわかれば教えてほしいことがある。
「なぜわたしだけ、キャメルさんはころさなかったの」
爬虫類のような縦に模様の入ったガラスの目玉が細められる。駆けだそうとした出鼻をくじかれたぬいぐるみは、至極投げやりに答えた。