新入りの上司がヤバい
ドンキホーテファミリー下っ端と上司のキャメルさん※ホビワニルート
※モブと新入り上司キャメルさん
◆前
https://telegra.ph/新入りの上司が怖い-12-10
※改稿済
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神斬鋏のキャメル。
懸賞金28億何千万。
今目の前で優雅に紅茶飲んでる上司の首ひとつでどれほどいい暮らしができるだろうか。
あまり考えると変な気を起こしそうになる。
紛らわすようにスプーンの裏でカップのふちをカンカン叩くと、キャメルさんが指でテーブルを鳴らした。しつけのなっていないガキを咎めるような目に、ばつが悪くなる。
「なんだよ…手加減してるからいいじゃないすか…」
「君よりもわにくんのほうがお行儀がいいね」
両手を組んでわざとらしくため息をつくキャメルさんのその横で、ぎろりとボタンの目が光っている。ひざ丈よりも小さいわにのぬいぐるみ。不眠不休年中無休で働く、ドレスローザ名物の生きたおもちゃ。
こんなところで茶なんかしばいている余裕はないはずなのに、首にナプキンまで巻いて同じテーブルについている。
おもちゃはおもちゃだ。
食事も睡眠も、気遣いも労りもいらない便利な道具。
そんなぬいぐるみの前に丁寧にセッティングされたテーブルセットと華やかなケーキ。
そして長いロールケーキを切り分けずに一本そのままフォークで直食いするキャメルさん。おもちゃにガキみたいな理由で小言いわれる上司を直視できなくて、揺れる紅茶の水面を眺めた。
「キャメルさん、わに…さんと随分仲いいんですね。生き別れの恋人でもあるまいし。50歳でおにんぎょう遊びはやべえっすよ。
セニョールさんが心配してました」
「奇遇だね、私もいくら信念があってもセニョールさんのあの恰好はどうかと心配してたんだよ」
風邪を引いてしまうからね。
口調は穏やかなまま、手の中のフォークがぐにゃりと形を変える。
あ、まずった。
見聞色を使わなくてもわかる地雷の気配に、全身に変な汗が吹き出す。呼吸はあらく心臓が騒がしい。なのに寒気がする。
ガン見してくるバケモンみたいな横長の瞳孔が、どんな仕組みか首をかしげるとぎゅるりと回転して縦になるのがこの人のわけがわからないところを体現している。
壁に立てかけられたバカでかい鋏。
手元に並べられたサイズバラバラのナイフにフォーク。
むしろそんな道具なんざ使わなくても、下っ端一人くらい軽く首絞められるだけで死ねる。
震える手で何とかポケットを探り、指先に触れる包み紙を恐る恐る引っ張り出す。
ここにくるまでに買っておいた、覚える気にもならない横文字の店のショコラボンボンに、キャメルさんは目を瞬かせた。
「よく買えたね、いつも開店直後に売り切れちゃうんだよこれ」
「顔見知りに…伝手があって…もしほしいなら、また」
「次はその口縫うからね」
使い熟された革手袋越しに指をさされ、慌てて口を閉じる。
それでいい、とうなずかれる。もう会話に興味がない。態度で示すようにぬいぐるみにチョコレートを見せびらかす姿に、そっと胸をなでおろす。
これにあうお茶を入れなおしてくる、と空のポットをもって部屋を出ていくのを見送ってから、無意識に止めていた息を吐いた。
「お前で何人目だ」
「あ?話しかけんな。キャメルさんの気に障ったらどうすんだ」
随分声渋いなこのおもちゃ。
互い違いのネジでできた乱杭歯。半透明の蛇みたいな鋭い目。不機嫌そうにテーブルクロスに穴をあける小さい爪。
見れば見るほどその辺のガキが持ちあるくには可愛げがねェぬいぐるみ。
たったいまおもちゃで地雷踏んだのに火種の塊と会話なんざしたくない。
無駄に凝った鱗みたいな縫い目?模様?が視界にはいらないように窓の外を見ると、茶を入れに行ったはずのキャメルさんが窓に張り付いて部屋を覗き込んでいた。
「ひえッ」
「ちょっと茶葉切らしてたからお留守番お願いできるかな、」
ワニくんとなかよくしてね、と続けられた言葉に拒否権はなかった。
△▼
予測不能のキャメルさんにつけられる部下は、何かあった時のための監視というか伝令係なのだがたいていその役目を務める前におっ死んでいる。
持たされた緊急用の子電伝虫は6匹目。
一人目は初めましてと同時にまっぷたつ。二人目は15分。三人目は3日目に。四、五人目のことは記憶にない。
誰も覚えていないが存在しない、ということは賽の目にされて魚の餌か生皮剥がされて鞣されたんだろうと思っている。
「てめえはなんで死んでねェんだ」
「…多分、流通に伝手があるのと、これでも特技が青色確定申告」
でかくて死体みたいに表情変わらなくて人間素材にして手袋作ってそうなやばい新入り上司相手に、一時の気の迷いでカタギの職場に入ってとった経理や簿記の資格が生きてくるなんて数年前の自分が聞けばきっと大笑いする。
ぬいぐるみながらに目を丸くするワニさんの方がキャメルさんよりよっぽど表情豊かだ。足して2で割ればいい。
邪険にしても矢継ぎ早に話しかけてくるおしゃべりぬいぐるみに辟易する。適当にあしらうとあとでチクられた時が怖いから無下にもできないのが本当に嫌だ。
ファミリーやってる理由。理由なぁ。
続けるより辞める手間の方が面倒、と答えるとあきれたように舌打ちを返される。
国一つ牛耳って四皇となあなあで。もうこれ以上を目指さなくてもそこそこのその日暮らしが出来ればそれでいい。
宵越しの金は持たないことにして酒場でパーっと気前よくご馳走すれば、その場限りで友人未満の顔見知りの前では海賊王並みの振る舞いが許される。
ここでは大切なものを持ってない奴の方が自由だ。
面倒なことは全部忘れて、大変なことは人任せで何も考えずに馬鹿になった方が楽。
テーブルの端につまれたフォーチュンクッキーをふたつ手に取り、ぬいぐるみの前にひとつ。そして残ったものを手の中で割って、紙に一行だけかかれた「人生の転機」の5文字に胃が重くなる。
「ラッキーアイテムかわいいもの、おれだな」
「お前のこと可愛いっていうのキャメルさんと老眼で視界がおぼつかないばあさんだけだからな」
随分厚かましい綿の塊だ。漂白剤につけてやろうか。
そう脅してやろうかと思ったが、脳内キャメルさんが怖いのでやめた。
◆続