新入りの上司が重い。
ドンキホーテファミリー下っ端と上司のキャメルさん※ホビワニルート
※モブと新入り上司キャメルさん
◆前
https://telegra.ph/新入りの上司が怖い-12-10
https://telegra.ph/新入りの上司がヤバい-05-03
※改稿済
◆◆
ドンキホーテファミリーの期待の新人にして上司。
キャメルは一応仕立て屋を個人で営んでいるだけあって、社会性と常識は持ち合わせている。
『こんにちは有り金と命おいてけ』が基本の偉大なる航路においては穏健な部類に入るだろう。
稀によその親善大使を縦に半分こにするくらいは誤差。
寝食おろそかにして不眠不休で服作ってるのも、舌がばかになるくらい甘いものばっかりたべてぬいぐるみに怒られてるのも、からもうとするそぶりを見せたゴロツキを瞬きの内に精肉ブロックにしたのも、直属の部下にされてから二、三度暇つぶしがてらに刻まれかけたり人前で服引っ剥がされて着せ替えられたりしたのも誤差。
そしてなにか思い至ったことがあれば、どれだけ大事な案件であっても集合時間に来ないのも誤差。
クソ上司が、という苛立ちをなんとか落ち着かせて仕立て屋の扉をたたいても返事はない。
ガチャガチャと耳障りな音を立ててドアノブを回しても、さび付いたドアベルを揺らしても答えはない。
ボスと最高幹部が全員揃う夕食会に行きたくない気持ちは大いにわかる。それでも、連れて行けなくても居所の把握だけはしておかなければ、こっちの明日がないかもしれない。
逡巡したあとに、胸ポケットを探って小さなカギを取り出す。大声で名前を呼んでから、鍵穴にキーを差し込む。
もう背に腹は代えられない。
蝶番をきしませながら、開いたドアの向こうに生唾を飲み込み、一歩足を踏み入れた。
「キャメルさん、居ないんすか」
わざと足音を立てて廊下を進む。クローズの札がかけられ、ブラインドが下がった薄暗い服屋側には、洋裁所も事務室も人の気配はない。
キャメルさんが寝泊まりしている住居スペースの方でかすかな物音がした気がして、素通りしかけた扉の前に戻る。
扉に耳を当ててみると、ききとりにくいが何人からのささやき声が漏れている。
リボルバーを構えて勢いよく扉をあけ放つと、そこには、誰もいなかった。
正確には、人影はなかった。
先日可愛げがないぬいぐるみとお茶を飲んだその部屋は、テーブルセットが片付けられ、大小さまざまなケージが所狭しと並んでいた。
床に散乱するカラフルな端切れや糸玉。きらきらしたスパンコール。作りかけの小さななんとかジャケット。
まるでおもちゃ箱をひっくり返して、散らかしっぱなしのまま外に遊びに行ってしまった子ども部屋みたいな有様。
足の踏み場もない床を慎重に歩みを進めると、犬の檻に押し込められたおもちゃたちの視線が突き刺さる。
ロボット、ぬいぐるみ、人形、
天井から吊り下げられた、鳥かごの中で身動き一つとれないワニのぬいぐるみ。
なんだこれ。しゃがみこんでまじまじと檻の中を観察すると、腹に大きな数字が書かれたロボットがたじろいだ。
格子の隙間から手を入れてみようか一瞬迷って、思ったよりもメタルチックなパーツが目に入る。見るからに危害を加える気でいるのでやめておく。
そこで、いつも小うるさいぬいぐるみが一言もしゃべらないことに気づいた。遂に口縫われたんだろうか。
目線よりも少し高い鳥かごに、万が一にも気性が荒いおもちゃのかぎ爪が届かないよう少し遠目に覗き込む。
想像していた以上に籠の中は居心地がよさそうだった。ふかふかのクッションに毛布まで入れてある。
不貞腐れて床に身体を投げ出すワニのぬいぐるみ。ほんの数日前よりも、手触りのいい緑の布地には鱗の刺繡が増えている。
前は外を放浪していたようだからとキャメルさんがぼやいていた、すり切れそうだった足裏も新しい布地に張り替えられて、おもちゃ屋のショーウィンドウにこのままいれてもわからないだろう。
おとなしいな、と顔の方に回ってみれば、物々しい口輪がはめられている。怖。
鳥かごの隙間から手を伸ばして、四苦八苦しながら隙間を作って無理やり取り外す。
途端にぴちぴちと元気よく跳ね回る姿に、やっぱりおもちゃでも息苦しいとかあるんだろうか。
「うわなにキャメルさん噛んだの?命知らずだなおもちゃ」
かりかりと安っぽい金色の鉤爪が格子を引っ掻く。
機嫌が悪そうに唸って凄むくせに、両手に花柄のミトンまで嵌められてるのが面白くて仕方がない。触れられないように気をつけながら鳥籠を揺らすと、忌々しげな舌打ちが響いた。
「あけろ」
「は?イヤだけど」
キャメルさんは、ボスも匙投げる困った発作さえなければいい上司だ。
争うくらいなら天竜人を背中から蹴り飛ばす方が気が楽。
バケモノみたいに強くて理不尽で予測不能。気まぐれで暇を持て余したらいつ殺されるかわからない。
行儀よくしろ態度を改めろ、酒は控えろ、たばこはやめて葉巻にしろとうるせェし。
食わないくせにトマトたっぷりミネストローネ作って完食するまで帰らせてくれないし、総額聞いたらひっくり返りそうなスーツ仕立てて押し付けてくるし。
無駄に大きい声は出さねェ、物腰柔らかくてカタギの真似事もできるし、そしてなにより殺すときは下手に痛ぶらずにころしてくれるだろう。
「ならもう人間性がないのなんてちいせぇことだよな。
どうせどいつもこいつもこの国丸ごとボスの、ドフラミンゴのおもちゃなんだから」
あ、ワニさんはキャメルさんのおもちゃだっけ。
「そんな怒るなよ。いいなぁ怖いものなしじゃん。あの人本人が怖いって問題はあるけど。
おもちゃなら命も皮膚も取られないって。
そういやしってる?ボスにもこういう技あるらしいんだよな。べろべろに酔っぱらったバッファローがよくしゃべるんだそういう機密」
「だせ、酒浸り。てめェの話なんざ興味ねェんだよ」
街角でみかけた赤ちゃんをあやすようにゆっくり籠を揺らしてやる。
動物の唸り声みたいに低い声で凄んだところでどうせぬいぐるみだ。
そのうえキャメルさんから逃げおおせるなんて無理。見聞色以前に、この前のターゲットは命からがら船で出港した直後に、海の上をダッシュで追いかけて沈められてた。
きいきいひそひそと足元のおもちゃが音を立てる。それに混ざって、ぎしりと床板がきしむ音がする。
振り返れば、そこでなにしてるの、と珍しく寝癖のついたキャメルさんが眠たそうに瞼をこすっている。
開いている方の手が愛用のバカでかい鋏を投擲するポーズをとって、慌てて弁明する。
なにしにってそりゃ今日19時集合なのに2時間たっても来ないからだ。
「元気そうっすね、夕食会いけますか?今日のデザート、キャラメルアップルケーキだってヴァイオレットさんが」
「ドフィには、行けたら行くかもって伝えたはずだけど。…今日は行かない気分」
さすがのキャメルも遂に高血糖でぶっ倒れたのでは、と心配していたセニョールさんには悪いが、ボスや最高幹部と同じ卓囲みたくない、行きたくない気持ちは大いにわかる。
そしてその張本人は申し訳なさのかけらもない生返事だけよこして、もうおもちゃに夢中になっている。
「勝手にワニくんに触らないで」
「…すみません、もうしません。勝手に部屋はいらないし触りません。ごめんなさい。」
「次はないからね。おもちゃがほしいなら自分で探しなよ」
「……おもちゃ嫌いなんすけど、強いて言えばもっと明るい…赤とかピンクとか?
ふわふわもこもこのやつがいたら教えてください」
海賊に常識もマナーもクソもないとは思うが、理由がどうあれ勝手に合鍵で人の家に入って物色してたんだからもう平謝りしかない。
なるべく刺激しないように吊り下げられた鳥籠から距離をとる。
それとなく足元の檻のことを尋ねると、「話しかけてきたから拾った」という簡潔すぎる答えに頭を抱える。
ワニくんといい自分からキャメルさんに近寄るなんて命知らずだ。ボスになんて報告しよう。
「どうもワニくんのお友達みたいでね。ほら、仲良しなら一緒にいたほうがいいだろう?」
「そうかな…そうかも…」
比較的機嫌がよさそうな雰囲気に、なんかまあおもちゃには人権も拒否権もないし誰も困ってないしまあいいか、と無理やり納得する。
ドレスローザでハッピーに生きるコツは、「深く考えないこと」だ。愛と情熱と熱気に脳みそヤられてぱっぱらぱーになったほうが息がしやすい。
そういや怖い話しましょうよキャメルさん、
「一人暮らししてるんですけど、家に知らないものがたくさんあって…。サイズ合わない服とか趣味じゃない皿とか…でも捨てる気にはなれないんすよね。
しかも昨日は海兵養成所の案内書とか自分の名前で届いてて!」
「奇遇だね、私も見覚えのない採寸メモとかカフェの制服の発注書とかあったけど…、お互い働きすぎかな」
いい感じに意識がそれたところで、ここにくるまでに買っておいたドーナツボックスを見せびらかす。
光の速さでひったくられ、万国フェア限定のアラザンたっぷりチョコレートコーティングに目を輝かせ、お茶入れてくるからと鼻歌を歌う姿に胸をなでおろした。
今日も平和だ。
がたがた檻を揺らすおもちゃを気にしなければ。
続
https://telegra.ph/新入りの上司が嫌い-06-12