プロローグ「続々々・パンデモニウムの鉄砲玉」

プロローグ「続々々・パンデモニウムの鉄砲玉」


Index: 「危うしMTR部!~万魔殿狂騒曲~」

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~続々々・パンデモニウムの鉄砲玉・1~


「本日は突然呼び出してしまい、申し訳ありません。先生」

“ううん。ちょっと驚いたけど大丈夫だよ。それにしても、鉄砲玉ちゃんが私と二人きりで会いたいなんて、一体どうしたの?”

「少々、先生にお話しておきたいことがありまして。……万魔殿の議長、羽沼マコト様についてのことです」

“マコト?”

「単刀直入に申し上げるのならば、あの方は……マコト様は、MTR部のことをあまり快く思っておりません」


“ゲヘナは元々、MTR部を正式な部活として認めていたって聞いてたけど”

「はい。表向きは。
 ですが、前々からマコト様がMTR部に対して良い感情を抱いていなかったことも事実です。
 ……まあ、それはほとんど私の責任でもあるのですが」


「……思えば、ずっと疑問はあったのです。
 アロスさんを襲撃した輩が、なぜ表沙汰になっていなかったミレニアムでのテロ未遂を知り得たのか。
 所在地を伏せられていたはずのゲヘナ支部が、どうしてあれほどの頻度で襲撃を受け続けたのか。

 ですが……考えてみれば簡単なことです。
 ゲヘナのような三大学園の情報部であれば、公にはなっていないMTR部の内情を把握していたとしても不思議ではない。

 そしてゲヘナは三大校の中で、唯一古くからMTR部を公的な部活として認めていた学校です。
 部活として学園から認可を受ける以上、その活動所在地は必ず、ゲヘナの生徒会である万魔殿に申告しなければならない。
 ……私の口から言えることは、それだけです」

“……………………”







~続々々・パンデモニウムの鉄砲玉・2~


「以前にも申し上げましたが、マコト様は決してただの阿呆ではありません。
 自らの野望のために綿密な計画を練り上げ、それを実行に移せるだけの決断力を持った御方です。
 マコト様をただの考え無しの道化と侮っている者がいるならば、いずれその代償を払うことになるでしょう」


「そして……先生もご存知とは思いますが、マコト様は野心家です。
 ゲヘナのみならず、トリニティを……そしていずれ、このキヴォトスの全土を掌中に収める機会を虎視眈々と狙っています。
 たとえ、その覇道の最中に、どれほどの血が流れたとしても」


「もしも仮に……MTR部がこのキヴォトスそのものの敵となり、キヴォトスを二分する大戦争が幕を開けたとすれば。マコト様は嬉々としてその矢面に立ち、真っ向からMTR部へと全面戦争を挑むことでしょう。
 その戦いの果てに、おそらくMTR部は敗れるでしょうが……ゲヘナやキヴォトスもまた無事では済まない。
 今のゲヘナが可愛く思えるような騒乱と混沌が、キヴォトス全土を覆うことになるでしょう」

「そして……混沌の中で争いと混乱を煽り、そこから自らの利益を引き出すことは、マコト様の最も得意とすることです。
 あの方は、曲がりなりにも混沌そのもののゲヘナを長らく統治してきた御方ですから。
 世界の敵となったMTR部を誅し、その功績を以ってトリニティを、連邦生徒会をも廃し……このキヴォトスの支配者の座に君臨する。
 そうした絵図面をマコト様が描いていたとしても、何ら不思議ではありません」

“…………”


「先生。私はMTR部であると同時に、ゲヘナ万魔殿の末席でもあります。
 万魔殿のためにMTR部を裏切ることはなくとも、同時にMTR部のために万魔殿を裏切ることもありません。
 ……予め宣言しておきます。もしもMTR部と万魔殿が真っ向から対立した場合、私はMTR部を離れ、万魔殿の一員としてMTR部の同胞達と戦うでしょう。
 そして恐らくは……その戦いの最中で命を落とすことでしょう」

“……それは”

「……無論、そうした結末を先生が望まないことも分かっています。
 ですが……こればかりは、私にとっても譲れません。
 もしも自分の死に方を選べるのならば、マコト様の命令に殉じて死にたい。
 それが、嘘偽りのない私の願いなのですから」







~続々々・パンデモニウムの鉄砲玉・3~


“……どうしてそこまで、戦いの中で命を落とすことに拘るの?”

「……それが自分にとって、最も満足できる死に様だから、でしょうか。
 戦いを生業とする軍人が、戦場の中で名誉ある死を望むのは、そこまで不自然なことなのでしょうか?」


“……それでも、君は軍人じゃなくて、生徒だから”
“できることなら……君の人生は誰かのためじゃなくて、君自身の未来のために使ってほしい”


「……先生は、あくまで私達を生徒として扱うのですね。
 ですが……私には、分かりません。
 私達は本当に……先生が言うような大人になれるのでしょうか?」

“…………”


「……私は、このキヴォトスの学園を卒業して『大人』になった人間を見たことがありません。

 確かに、このキヴォトスにも『大人』と呼ばれる人はいます。
 ですが……動物やロボットの姿をした彼らが私達の未来の姿かと聞かれれば、それも違う気がするのです」

「私はいずれゲヘナを卒業し、キヴォトスの外へと出ていくのでしょう。
 ですが私は、キヴォトスの外の世界のことを何も知りません。
 ただ、私達の日常……挨拶のように銃弾を撃ち合い、爆弾や砲弾が日常のように飛び交い、それでいて滅多なことでは人が命を落とすことの無い世界。
 それがあくまで、このキヴォトスの中だけの常識であることは理解しているつもりです。

 では、キヴォトスの中しか知らない私達が、キヴォトスの外へと巣立った時……
 私達は果たして、まともな大人としての生活を送れるのでしょうか。
 このキヴォトスでしか通用しない常識ばかりを学んだところで……それはキヴォトスの外で、意味のあることなのでしょうか」


「大人とは責任を果たすべき者、であると先生は仰います。
 ですが……このキヴォトスにおける一部の生徒、それこそゲヘナ万魔殿やトリニティのティーパーティーなどの重鎮は、学生の身でありながら学園や自治区の統治を担い、並の大人以上の責任を負っています。
 それなら、大人と子供との違いとは、いったい何なのでしょうか。
 あるいは……先生のような本物の大人から見れば、私達のやっていることなど、ただの政治ごっこや戦争ごっこに過ぎないのでしょうか」

「……たまに分からなくなります。自分達が兵隊ごっこに興じるだけの学生なのか、それとも学生の真似事をしているだけの兵士なのか。あるいは、そのどちらでもないのか。
 私には、自分がいったい何者なのか……いつか『大人』になった時、何者になればいいのか、何をすればいいのか……それさえも分からないんです」







~続々々・パンデモニウムの鉄砲玉・4~


“……そっか”
“君は……大人になることが、怖いんだね”


「……そうなのかも、しれませんね。
 私は……大人になんて、なりたくないです。

 学生だった頃の常識なんて何一つ通じない、何もかもが未知の世界へと投げ出されるよりも……
 私が私のままで居られる、輝かしい青春の世界にいるうちに、人生の幕を閉じたい。
 たとえ、この世界の主役にはなれなかったとしても……
 そうすればせめて、誰かの青春の物語の一部くらいには、なれるでしょうから」


“……そうだね”
“鉄砲玉ちゃんが抱えている不安は……私にもよく分かる”
“このキヴォトスの外でも、『大人になる』ってことが不安なのは、きっと誰だって同じだから”


「先生も……そんな風に、大人になることが不安だったんですか?」

“うん。人並みにだけど、悩んだ時期はあったよ。私だって、昔は子供だったんだから”
“あの頃の私も……自分がどんな大人になれるのか、将来何ができるのか……不安で仕方がなかった”

“だから、大人になった後……今の自分と同じように、将来に悩んでいる子供達のために、少しでも力になれたらって思ったんだ”
“それが、君達の少し先を生きる者としての……先生としての役目だから”







~続々々・パンデモニウムの鉄砲玉・5~


“……結局のところ、このキヴォトスがどういう場所なのか、私だって正確に理解しているわけじゃない”
“子供のうちに考えているほど、大人だって何でも知っているわけじゃないんだ”


“それでも……私が知っている『大人と子供』の在り方からすれば、このキヴォトスが酷く歪なルールに支配された世界であることは分かる”
“それはきっと、私にも……他の誰にも容易には覆しようのない、この世界の根本を成す在り方なんだと思う”


“それでも、君達は『生徒』で、私は『先生』だから”
“君達が生徒でいられるように、私は君達の先生であり続けたい”
“君達が生徒として、未来に希望を描けるように、その権利を守るために……私は先生としての責任を負いたい”


“だから……”


“君にも、生きてるうちにしかできないことを、まだまだたくさん見つけてほしい”
“未来へ進むことに……『大人』になることに、絶望しないでほしい”
“自分の将来には苦しいことしか無いだなんて、簡単には決めないでほしい”
“そのために誰かの助けが必要なら、私がいくらでも力を貸すから”

“自分の未来を夢見ることを……辛いことだなんて思わないで”


“……それが、私のお願い”







~続々々・パンデモニウムの鉄砲玉・6~


「……今すぐに、全てを納得することはできません。
 でも、そうですね。ほんの少しだけ、心が軽くなった気がします。
 ありがとうございます、先生」


「あはは……考えてみれば、滑稽な話ですよね。
 戦いの中で死ぬことは怖くないのに、人並みに大人になることが怖いだなんて。
 結局、私は……死ぬことよりも生き続けることの方が怖い、ただの臆病者なんです」


「……ああ。だからこそ、私はマコト様に魅かれたのかもしれません。
 あの方は……私のような臆病者とは違う。
 それが善であれ悪であれ、自分で決めた道を征くことに、一片の恐れさえも抱くことはありませんから」


“……それは、どうだろうね”

「……先生?」

“確かにマコトは、良い意味でも悪い意味でも行動力があって、思いきりが良いのが長所だけど……”
“それでも……マコトにだって怖いものの一つくらいはあると思うよ”

「そう、なのでしょうか。……私には、想像もつきませんが」


“ただ……マコトは、漫画やゲームに出てくるような、都合のいい悪の組織の総帥でも何でもない”
“君達と同じ、私の生徒で……悩むことも傷つくこともある、一人の人間だから”
“……鉄砲玉ちゃんも、それだけは忘れないでいてあげて”

「……はい」







~続々々・パンデモニウムの鉄砲玉・7~


「……先生」

“なに?”

「いつか私も……先生みたいな大人に、なれるのでしょうか」


“君がそれを望むなら、きっとなれるよ。でも……”
“『私みたいな大人』なんて、別に目指さなくたっていいと思うよ”

「え?」


“……自分で言うのも何だけど、私って結構ダメな大人だから”
“仕事は溜め込んじゃうし、趣味に無計画にお金は使っちゃうし、肝心なところは生徒達に頼りっぱなしだし……”
“だらしなくて頼りないって、よく叱られちゃうこともある”
“私は先生だけど……全てにおいてみんなのお手本になれるわけじゃないから”
“……反面教師にしてほしいところも、沢山あるしね”


“だから、『私みたいな大人』じゃなくて……鉄砲玉ちゃんは、鉄砲玉ちゃんがなりたい大人になればいい”
“その方が、私も嬉しいから”

「……ありがとうございます。先生」


「それでも……やっぱり私は、もしもそうなれるのなら『先生みたいな大人』になりたいです。
 きっとそれが、私にとって信頼できる……私がなりたい大人の在り方ですから」
“……そっか”


「その。先生? ご気分を害されてしまったのであれば、申し訳ありません……」
“……ううん。その逆”
「え?」


“あはは。教え子にそんな風に言われるのは……なんだかちょっと、照れくさいね”



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