ザエルアポロ戦 前哨
「——つまり君の魂魄には生まれつき虚が混じっていて——」
「うん。アタシの不安定で過剰な霊圧食べて大きくなった、双子のお姉ちゃんみたいなもんや。今はアタシの霊圧抑えたりしてくれとるの」
石田(とペッシェ)と合流した撫子は、走りながら自身の体質について説明していた。
「……ならさっきのって」
「お姉ちゃんやと思う。あの時のアタシ、刺されて死にかけやったし。それでお姉ちゃんが表に出てきたんやないかな」
話を聞いて、少しばつが悪い石田。先程の虚が表に出てきたのは撫子を守るため。射ってよかったのか。
それを察したのか、撫子が口を開く。
「……言うとくけど、多分お姉ちゃん気にしてないと思うで。石田の矢で仮面砕けて、霊圧の上昇止まったみたいやし。結果オーライや。とにかく、織姫ちゃん探して——石田?」
石田が立ち止まり、壁に手を当てる。
「……阿散井の霊圧だ」
「え?」
阿散井。阿散井恋次というと朽木ルキアの知り合いだったはずだ。
「侵入者は三人やって聞いとったんやけど……」
「ああ、途中で朽木さんと阿散井が合流したんだ。——阿散井の相手は……十刃か? 阿散井の方が相当消耗してるな……」
「……この死神やない方の霊圧……アイツや」
「知ってるのか?」
「……脱走してみた時、一度ソイツの研究所に迷い込んでしもて。実験台にされる前に藍染に首根っこ引っ掴まれて戻されたわ」
「ええ……?」
「気ィつけなアカン変態の十刃や。何してくるかわからへん。阿散井君も何されとるか……」
「平子さん。僕は阿散井に加勢してくる。平子さんは隠れていてくれ。まだ本調子じゃないだろ」
撫子は反論しようとして、止める。石田の言う通りだった。
来た頃よりはマシになったとはいえ、やはり力は不安定なまま。
先ほどまで異常な程跳ね上がっていた霊圧で、義骸に不具合が出ていないのがいっそ不思議なくらいだ。
「……わかった。隠れながら援護くらいはするわ」
「すまない」
「気ィ付けてな」
「もちろん」
石田の背を見送り、曲光で姿を見えない様にする。するとペッシェが撫子が居た場所に向かって話しかけた。
「撫子……そ、それは私にも使えないか?」
「え、掛けて欲しいん? 言うとくけど目は誤魔化せても耳は誤魔化せへんで」
「やっぱり大丈夫です!」
そんなやりとりを背に、石田は矢を放った。
**
「……虚夜宮の建物が殺気石で出来ていないのは君達にとって不幸だったね。壁三枚を隔てた先まで霊圧が響いてる。……どうした? 随分なやられ様じゃないか阿散井恋次!」
「てめえ……石田……!」
——ホンマ、芝居掛かっとるなあ石田。
石田が開けた穴のすぐ近く。撫子は曲光を使い、通路側に潜んでいる。
——にしても、凄い数やな。
先程石田が倒した巨体の従属官の周りに、小さめの従属官が集まりなにやらうるさく喋っている。
「メダゼピ!」
「メダゼピ‼︎」
「メダゼピやられたっ‼︎」
「やられたっやられた」
「あいつ!」
「あいつにやられたっ」
「随分な数だな……個々の力がどの程度かは解らないが……」
「雨竜! おい雨竜‼︎ ど……どうだ奴等の様子は……? お前の突然の登場にビビッてブルブルふるえているか?」
ペッシェは柱にしがみついてブルブル震えている。
「君はもう少しひっこんでてくれるかな! 君が出てくると緊張感がなくなる!」
「落ち着きィ、ペッシェ」
「ヒィッ後ろから声が‼︎」
あいつだあいつだと喚き続ける従属官たちにザエルアポロが一喝する。
「うるさいぞッ‼︎!」
「!」
「お客様が喋りたそうだ、お聞きしようじゃないか」
ザエルアポロに促され石田が口を開く。
「……お気遣いどうも。早速で悪いけど確認するよ。君は何番目の十刃だ?」
「おや、知ってるようだね。僕は第八十刃、ザエルアポロ・グランツさ」
「……オクターバ……第八か。安心したよ、どうやら大して強い数じゃなさそうだ」
「そうだね、安心してくれ。それでも君よりは上だ。ところで、君は何者だ?」
「石田雨竜。滅却師だ」
「滅却師」
ザエルアポロの表情が喜色に歪む。
「あの売女と戦った希少種か! ハッ! 卍解の使い手に! 滅却師! それに双虚嬢(コエクシステンシア)! 僕は運が良い‼︎ ヤミーの奴ならラッキー(スエルテ)と喚くところだろうな‼︎」
「そうだね」
「!」
石田がザエルアポロの後ろをとる。飛廉脚だ。
「ヤミーってのがどうだかは知らないが、君みたいに隙だらけの奴と戦えて僕はラッキー(スエルテ)と喚きたい気分さ」
魂を切り裂くものを矢としてザエルアポロに撃つ。それは吸い込まれるようにザエルアポロの鎖骨付近に刺さり、貫通する。
「……かっ……」
どさりと膝をつくザエルアポロ。
「ザ……」
「ザエルアポロさまっ」
「ザエルアポロさま」
「ザエルアポロさまっ」
しかし。
「!」
魂を切り裂くものの霊子の刃が音を立てて消える。
「……クハッ、クハハハハハハハハハハッ‼︎! 馬鹿がッ! お前如きの矢が! この僕に! 貫通したと思ったか⁉︎ 刺さって! 貫いたと! そう思ったのか⁉︎」
まさしく狂喜といった有様でザエルアポロは嗤う。
「お前の戦った相手を僕が知ってる時点で何故おかしいと思わない⁉︎ お前の能力は既に全て解析済みなんだよ‼︎ 滅却師‼︎ そして——」
ザエルアポロの視線が、石田が空けた穴の方へ向かう。
「——これは君も同じだよ。そこに隠れてるんだろう? オヒメサマ」
——気づかれとったか!
撫子は曲光を解除し通路から部屋内へ出る。
「お前……! 石田撫子!」
「ごめん阿散井君それ偽名や。どうしても名前で呼ばん石田(堅物眼鏡)から借りたんや。本名は平子撫子」
「おっ……おう」
偽名、と聞いたザエルアポロは心底愉快といった歪な表情を浮かべる。
「へえ……。もしかして君らはオヒメサマの正体を知らずに此処に来たのか? なあオヒメサマ。そうだろう?」
「……」
「そこの二人は、君が藍染様の娘だと知らずに来たんだろう?」
「——なんだって?」
——ああ、知らないでほしかった。
「傑作じゃないか! 助けに来た相手は敵の首魁の実の娘! 今どんな気分だい? 僕に教えてくれるかい?」
「はっ、どうせ嘘だろ? 藍染に娘が居たなんて聞いたことねえぞ! それに一護や石田と同い年ならそんな事あり得ねえだろ!」
なあ! と阿散井は撫子に同意を求める。しかし。
「……ごめん」
「なっ……」
「……平子さん」
「——今はそんなことより、目の前のアイツや! 破道の三十三、『蒼火墜』!」
放った鬼道の青い炎は、ザエルアポロへ向かっていく途中で霧散する。
「無駄だ。君の力だって解析してあるんだ。君の斬魄刀の能力も、ね。藍染様に気付かれないように探るのは骨が折れたよ」
「それ多分藍染にバレとるで? アイツなんや目敏いし地獄耳やし」
ザエルアポロの意識は撫子に向いている。隙を突こうと石田は銀嶺弧雀を構える。
「……そら、それも消えるぞ滅却師」
「! くそ………ッ!」
巨体の従属官の拳が石田目掛けて飛んでくる。
「石田! 破道の四、『白雷』!」
妨害しようとした撫子の鬼道はしかし、手のひらでパチリと一瞬弾けるに終わった。
——出力が安定せえへん……!
寸前に阿散井が割って入り、始解で従属官の拳を受け止める。
「……阿散井……‼︎」
「ボサッとすんな‼︎ まだやれんだろ‼︎ 揚げ足取りは石田、テメーの十八番だろ! あいつの手の裏、かく手段は無ぇのかよ!」
「……バカな事言うな——あるさ!」
「はっ。……よォし……信用してやるぜ! 下手打つんじゃねえぞ‼︎」
「問題ないさ、君が打たなければね!」
**
「色々聞きたいことはあるけど……阿散井、平子さん、あいつを何秒足止めできる?」
「縛道使ても解除されんのがオチやしな……翻弄するくらいなら出来るけど」
「悪りィが……長くて二十秒ってとこだ……」
「……そうか、充分だ! 行くぞ‼︎」
構えすらとっていない、見物気分の第八十刃に阿散井の蛇尾丸が向かう。さらに。
「縛道の六十一、『六杖光牢』」
撫子の鬼道も発動し、ザエルアポロを拘束する。
「何をしてくるかと思えば……やはり只の力押しか‼︎」
鬼道の束縛を容易く壊し、蛇尾丸も斬魄刀で弾かれる。
「下らん」
しかしそれすらものともせず阿散井はザエルアポロに肉薄し、その衣服を左手で掴み、蛇尾丸で自分諸共ザエルアポロを拘束する。
「縛道の六十三、『鎖条鎖縛』!」
さらに重ねて撫子が鬼道の鎖で蛇尾丸ごと縛りつける。
「……何の真似だ? 生憎僕にはそういう趣味は無いんだが」
「——、————、——、——」
「……おい、何とか言っ……」
「……へっ。確かに始解の俺とてめえじゃ力の差はでかい……接近戦なら分があるとも思っちゃいねえ……だがよ、力の差はでかくても……」
衣服を掴んだままの阿散井の左手から少しずつ熱気が漏れ出す。
鬼道だ。
「さすがに零距離で喰らやァ、ちょっとは痛てえだろ?」
「!」
「俺は昔ッから鬼道が下手でなァ……加減できずに暴発してよく怒鳴られたもんだぜ……さァ、俺とお前、どっちが硬ェか勝負といこうじゃねえか。破道の三十一、『赤火砲』」
『赤火砲』とは到底思えない火柱が上がる。
その煙の中からザエルアポロが飛び出す。同時に阿散井もその場に倒れる。
「くそ……ッ、死神風情がナメたマネしやがって……ッ‼︎」
「……予想通りだ」
「!」
ザエルアポロが退避した先。そこには石田が立っている。
「阿散井の攻撃を受ければ、それが成功しようが失敗しようが阿散井と逆の方向に退く。そしてその距離も。君は相手を見下すのが好きなようだからね、攻撃を受けたら敵の手の届かないギリギリの距離をとるクセがある」
「……それが何だ? 君こそ随分と背後をとるのが好きらしい。それで勝ったつもりか滅却師?」
「……ああ、そのつもりだよ」
石田は魂を切り裂くものを逆手に持ち、床に刺す。
「‼︎」
ザエルアポロを中心として陣が描かれている。先程石田が突き刺したものを含め、五本で五角形の陣だ。
「バカな……ッお前の武器の霊圧は全て封じた筈……」
「世界には君の知らない物もあるって事さ」
石田は銀筒を取り出す。
「……!」
そして、その中身を一滴落とす。その一滴は、霊子が濃縮された一滴だ。
「解り易く、君達の言葉で今の状況を説明してあげようか。——アスタ・アキ。終わりだよ、ザエルアポロ・グランツ」
「く……くそォォォォォ‼︎」
光の柱が立ち上がり、次いで爆発を起こす。
「ザ……ザエルアポロさまーっ‼︎」
ザエルアポロのもとに走る従属官達を尻目に、ペッシェは今の術について石田に尋ね、石田も説明する。
撫子は鬼道を暴発させた阿散井に近づき、回道をかける。
「悪りィな……」
「気にせんで」
「——強力だが術式に時間がかかるのが難でね。一対一の戦いではまず使えない。信頼に足る助けが無ければね」
石田が撫子と阿散井のもとに近づく。“信頼に足る助け”と言われて、撫子は照れくさそうに破顔し、阿散井も笑う。
「へへ……」
「……はっ、……持ち上げたって何も出ねーぞ……」
「……感謝してるのは本心さ」
「……くそっ」
小さく聞こえたその声は、
「——……!」
「……や……野郎……!」
ザエルアポロのものだった。
全身ボロボロの状態で、第八十刃が立っている。
息も絶え絶えながら、小さく悪態を繰り返している。
「……今のを受けて立っているとはね……正直驚いたよ……」
「……あたり……前だ……言った筈だぞ……お前の霊圧は……全て……解析していると……見たことの……無い術でも……霊圧は……お前のもの……衝撃を……拡散させて……ダメージ……ダメージを……ダメージを……削るくらいはできるんだよ馬鹿共がッ‼︎」
その手が近場に居た従属官にのばされ、従属官の頭部を鷲掴む。そしてそのまま従属官の頭部を文字通り食べた。
「‼︎」
「なんッ……やアレ……」
ザエルアポロが従属官を食べ進めるごとに、その身の傷が治癒していく。
従属官が左腕と左足、わずかな胴体を残して平らげられる。咥えていた片手を吐き出す。
「ル、ルミーナ! ルミーナ‼︎」
「喚くな! 後でまた新しいのを作ってやる‼︎」
「は……はい‼︎」
石田も阿散井も撫子も絶句している。一体この破面は何なんだ、と。
「……どうした? 何を驚いてる? 言ったろ? うちの第八従属官共は少し特殊だとね。こいつらは回復薬さ。傷付いた時にこいつらを喰えば僕の傷は回復する、そういう風に作ってあるんだ」
「……バケモノめ……!」
「天才、と言って貰おうか」
ザエルアポロは踵を返す。
「! 待て! どこへ行く‼︎」
「どこへ行く? 着替えに行くのさ。こんなボロボロの格好じゃ恥ずかしくて戦えないだろ?」
「ふざけ……」
ザエルアポロは石田の発言を左手で制す。
「……おっと、よく考えろよ。僕が着替えなきゃならなくなったのは、君らが僕の服をボロボロにした所為だぞ? 黙って待ってろ。そしてその面積の小さい脳を使って次の策でも考えておくといい。僕の方も着替えながら……君らをどれだけグロテスクに殺すか考えておいてやるからさ」
部屋から出ようとして、思い出したようにザエルアポロは撫子の方へ振り向く。
「ああ、そうそうオヒメサマ。今回は藍染様が助けてくれるなんて思うなよ」
今度こそ扉をくぐって部屋を出るザエルアポロ。
「……あんなんに助け求めるわけないやろ」
ポツリと呟き、ザエルアポロが消えた扉を睨みつけた。