鏡の貴女と
目を開けたら自分と同じ顔が自分を見下ろしていた。
「お姉ちゃん……?」
『やあ、おはよう』
虚が撫子の顔を覗き込んでいる。つまりここは現実ではないのだろう。
「アタシ、刺されたんじゃ……」
『私が虚だということを忘れてはいないか? あなたの傷を塞ぐなんて造作もないことだよ』
「そっ、か。ありがと、お姉ちゃん」
『しばらく休んでいなさい』
撫子の頬を虚が撫でる。どうやら膝枕されているようだ。
「ねえ、お姉ちゃん。やっぱりアタシ、戦いの時でも虚化できるようになりたい」
『こんな時にまでその話か。言っただろう。私はあなたが傷つくことを厭うと。更なる力を得たあなたはきっと、今まで以上に傷つくことになる』
「それでもアタシが戦わんで他の人が傷つく方がもっと嫌や。もちろん、お姉ちゃんも。だからこそ戦う力が欲しいんや。これ以上、みんなが傷つかへんくらいに」
撫子が虚を見上げる目には、決意の色が強く見える。
虚は目を閉じる。
——ずっと見てきた。ずっと側で。
——熱に魘される姿も、義骸が不調で動けない姿も。
——何度も生死の境を彷徨っているのも。だから——
——いつまでも、この子を小さな子供だと思っていたのかもしれないね——
『……いいだろう』
「え、ホンマに……?」
『私はあなたのお姉ちゃんだからね。折れてあげようと思っただけだよ』
虚の表情は優しい。
『その代わり、あまり無茶をしないことだ』
「お姉ちゃん……ありがとう」
虚は頭上を見上げる。
『ほら、あなたを呼んでいる。さあ、目を覚ますんだ』
**
撫子は目を開ける。ぼんやりとした視界だが、だんだんピントが合っていく。
「……石田? え、あ、その、そこの……なに?」
どこかクワガタっぽい破面がなにやら言っているが、頭に入ってこない。まだぼーっとしているのだろうか。
何がどうなっているんだろう。
石田と距離が近いし、謎のクワガタ破面は居るし、石田に手を握られているし。というか。
——……これ石田にぎゅってされてへん?
撫子は限界だった。気になる同級生の男の子との距離の近さとか、握られた手とか、熱い頬とか、跳ねまくる心臓とか。
「えと、その、石田、手……」
「え? あ、ああ、すまない」
優しく解かれる手に少し寂しさを覚えるが、馬鹿みたいに跳ねる心臓は継続中だ。
——は、離れへんと死ぬ! 心臓が死ぬ!
「もう、大丈夫、やから」
「本当に大丈夫かい?」
「ホンマに大丈夫です堪忍してください」
「?」
なんとか石田の腕から抜け出した撫子。頬は熱いままだが、そんなことを気にする場合でもなかった。
石田とは合流できたのだ。
とりあえず虚化についての誤解を解こうと、撫子は口を開いた。