やるべき事。やりたい事
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とある空間内
「——私は兄の戦いを嫌悪する。自らは手を下さず、絆を奪って敵を嬲るとは卑劣の極み。死すべき無恥だ」
「かかって来るが良い。兄が一太刀を振り終える前に、私は兄を斬って捨てる」
その言葉と共に、戦いは幕を開けた。
白哉の構えた斬魄刀が、柄だけを残して花弁のように散っていく。細かい刃の花弁が白哉とカワキの周囲に舞った。
素早く千本桜の射程から離れた月島へと追撃の弾丸を放ちながら、カワキはチラリと白哉を盗み見る。
『驚いたな。随分と戦意に満ちた顔をしている』
「当然だ。奴は黒崎一護の敵なのだから」
『……それもそうだ。愚問だったね』
一護の敵はカワキにとっても敵である。敵を排除するために白哉が全力を尽くしてくれると言うのなら、理由なんて何だって構わない。
疑問を消し、カワキは月島に意識を集中させた。一護の周囲を嗅ぎ回っていただけはある。恐らく月島は死神の情報も知っているのだろう。
千本桜を警戒してのことか、一定の距離を保って近付こうとしない月島を誘うように威嚇射撃を行いながら、カワキは月島の能力の解析を始めた。
(さっき受けた攻撃で何か変えられた感覚は無い……奴が過去に干渉した相手に傷が無いところを見るに、過去への干渉を行う斬撃と通常の斬撃は同時に使えないのか)
だが、それを検証するには得るものより失うものの方が多かった。このまま遠距離攻撃を主体に攻めるべきだ。
カワキはそう判断した。
月島の能力は、斬った相手の過去に干渉するもの——カワキは一太刀だって浴びるわけにはいかないのだ。
(利が上回らないうちはリスクを取る意味は無い。戦況が膠着している今の間に可能な限りの準備をしよう)
カワキは威嚇射撃に隠す形で戦場の各所に銀筒を撃ち込んでいく。
あちこちに撃ち込まれた銀筒は、月島が気付かないのなら罠に……たとえ気付いたとしても行動範囲の制限に使える一挙両得の布石。
一手、一手、自分に有利な状況を整えていくカワキ。だが、月島とて何もせず様子見しているわけではない。
おもむろに、月島が舞い落ちる枯れ葉を両断した。
「意味の在る行動に見えたかい?」
不気味に微笑む月島に、白哉とカワキは静かに警戒を強める。
はったりだ……と切り捨てるには材料が足りない。場の空気を握った月島が刀を手に地面を斬りつける。
「これも?」
「意味の無い行動だと、軽んじるべきでは無いだろうと考えている」
「へえ」
『……! 来るよ』
一気に踏み込んだ月島に、カワキが一歩後ろに退がる。入れ替わりに白哉が一歩前に出て、自然と前衛と後衛に分かれた。
斬りつけられるリスクが高い前衛を白哉に任せてカワキは後衛で援護する。勿論、隙があれば攻めに出るつもりだ。
(井上さんも、茶渡くんも……二人とも、もう覚えていないかもしれないけれど……二人に言った言葉を、嘘にはしない)
カワキは言ったのだ。
——『きっとなんとかする』と。
——『私が対処する』と。
約束はしていない。それどころか、その言葉を告げた二人は、月島に斬られて敵に回った。
今はもうカワキと交わした会話を覚えてすらいないかもしれない。
だけど、それでも——
『月島秀九郎。今度は君を殺すよ。それが私のやるべき事で——やりたい事だ』
完現術で作られた空間に花火のような音がして、青白い流星が瞬いた。