戦いを終えて(前)
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倒れ伏す竜の影が二つ、崩れ落ちた人影が二つ。
そして、それを前に立つ竜と人の影が合わせて三つ。
誰が見ても、その勝敗は明らかだった。
「……うーん。ゴメン、ちょっとやりすぎちゃったかな」
『……クッ』
『あ、あぁ……っ』
顔に浮かべた余裕ある笑みはそのままに、マドカの眉尻は少し申し訳なさそうに下がっていた。
「ただ……
キミたちの側が、この縄張り争いにどれくらい本気なのかは分かった気がするよ」
『……は? 縄張り争い、だと?』
『私たちの、戦いが……そんな、そんなモノな訳が……』
「そう? ある範囲の領域を巡って、対立する二者が争う。
勝てば土地を好きに出来て、負ければそこから去る」
「縄張り争いと、何が違うのさ……
森を拓こうとする人間と、森を守ろうとするポケモンの戦いに似てるかな」
マドカの口ぶりに、未だへたり込んだままの二人組は閉口する。
自分たちの土地を守ろうとする者たちと、そこを侵略しモノにしようとする者たち。
形や規模は変われど、それは野生の世界で行われる縄張り争いと違わない……マドカは、そう言っているのだ。
「だからこそ、本気でやる。
縄張りが得られなければ生き残れないから……生きるために、戦うんだよね」
「ワタシはそれを否定しない。
生きるために行う、生物として当たり前の争いだもの」
『だ……だったら! 俺たちの側に立ってくれても!』
「ああ、それは無理だよ」
『……どうして?』
その行為を否定しない、と言いながら、協力を求められても応じようとしない。
何故、と問われるのも自然なことだね、とマドカは答える。
「生き残るために本気で戦うからこそ、だよ。
そこに生半な気持ちで部外者が手を出す方が良くない」
「その部外者が痛い目を見るだけで済めば良い。
事情を知らないがゆえに、火に油を注ぐことになるかもしれない」
「……キミたちだって、野生のポケモンたちの縄張り争いに、
わざわざ割って入りたくはないでしょ?」
問い返されて、彼らは何も言えない。
目の前の人物はドラゴン使いではあるが、この一件に関しては部外者であるのも事実なのだ。
「それに」
三度、マドカの声が冷たさを帯びる。
怖気が走るような声に、否応なく二人組の表情が強張る。
「キミたち、言ったよね……家やアトリエを用意する、って」
『あ、ああ……確かに、言ったが』
『……そ、それの何が不満なの! あなたの望む条件を……』
「…………分かってないね。じゃあ、訊くけれど」
「キミたちには、
ワタシが"巣箱を貰えば喜んで懐く小動物"か何かにでも見えているのかい」
『 『……!』 』
ドラゴンたちが恐れる氷の如く、どこまでも冷え切った視線と微笑。
ドラゴンタイプを相棒とする二人にとって、それはたまらなく恐ろしかった。
「あの提案が、キミたち二人の独断なのか。
それとも、キミたちは上からの指示で提案しただけなのか」
「ワタシにとって……いや、ワタシたちにとっては、どちらが事実でも関係ない」
「そんなことをのたまう人間がいる場所に、ワタシは与しない。
それだけのことだからね」
二人組は言葉もなく、改めてマドカをじっと見つめる。
星明かりに照らされたマドカの笑みには、楽しさや喜びなどではない何かが滲んでいた。
「まあ、つまりはそういうコト。
あの場で断っても良かったのだけれど……つい、ね」
「大人げなかったね、これはお詫び……
改めて、ゴメンを言わせて。二つの意味でさ」
自分の傍に立つドラゴンたちをそっと撫でながら、マドカは鞄から何かを取り出し二人組の元へ投げ寄越す。
暗い夜の闇の中でもキラリと輝くそれは、"げんきのかけら"だった。
「じゃ、バイバイ! ……ああ、芸術家マドカへの注文ならいつでも承るよ!」
そう言って、三つの足音は去っていく。
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