Written In The Lineage “Rain Or Shine”

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空座町・墓地


 淡々と答えた少女の名は、志島カワキ。一護のクラスメイトだ。

 帰国子女だというカワキは、少し浮いた面はあったが、目立つ生徒ではなかった。物静かで、誰かと会話しているところなどほとんど見かけたことがない。

 一護もまた、相手を認識してはいたが、言葉を交わしたことはなかった。


 そのクラスメイトが、青白く輝く拳銃を手に、虚と対峙している——理解を超えた状況に遭遇した一護の脳は、カワキが持つ銃を「本物」だと勘違いした。

 なぜ、クラスメイトが「そんなもの」を所持しているのか。一護が疑問を抱くより先に、爪を砕かれたグランドフィッシャーがカワキに飛びかかった。


「小僧の仲間か!? 小娘め!! 得体の知れん能力を使うようだが、爪程度で調子に乗るなよ!!」

『仲間? 私と彼が? まさか』


 無表情で小首を傾げたカワキにグランドフィッシャーの攻撃が飛ぶ。取り乱す様子もなく、カワキは冷静に銃を構えた。

 そのことにザッと顔色を変えたのは一護だ。

 いくら銃火器を装備したところで虚相手では意味を成さない。

 先刻、己を貫く爪を撃ち砕いた閃光が、何から放たれたものかも知らずに、一護は虚と戦おうとしている無謀なクラスメイトに血相を変えて叫んだ。


「バカ野郎、何を——」


 グランドフィッシャーの巨体が作った影で、木々の合間に佇んだカワキの作りものめいた顔が翳った。

 素早く伸びた体毛が、幾枝もカワキへと迫っても、カワキはその場を動かない。母の最期が頭をよぎり、真っ青な顔になった一護がヒュッと息を呑む。

 「逃げろ」と、一護がその言葉を叫ぶ前に——構えられた銃口が眩しく光った。


『迂闊だと、言われたことは無い? 得体が知れないとわかっている相手に、不用意に仕掛けるのは』

「……な……」


 構えた拳銃は一丁。

 しかし、カワキに迫った体毛による攻撃は、その全てが、ほぼ同時に撃ち抜かれていた。

 速い。

 先刻まで一護が素早さに苦戦させられたグランドフィッシャーよりずっと。

 痛みすら忘れて目を見開き、一護は唖然として口を開けた。驚きに言葉も出ない。

 グランドフィッシャーは、カワキに躍りかかった姿勢のまま、何が起きたのか理解できずに固まっていた。

 冷ややかな視線と共に向けられた銃口と目が合って、やっと意識を取り戻す。


『避けないならこれでおしまいだ』

「……ひっ、うきゃああああああ!!!」


 情けない悲鳴を上げてカワキから離れたグランドフィッシャーは、恐怖に荒い息を吐きながら震えた。

 すぐに追撃が来ると予想し、血走った目でカワキを見るグランドフィッシャーは、引き金に指をかけて動きを止めたカワキに警戒と困惑を浮かべる。

 それは一護も同じだった。

 とらえどころのない蒼い瞳がゆっくりと一護に向けられる。意図も、目的も、何もわからない突然現れた強者からの視線に、一護は身を硬くした。


「お前、一体……」


 強張った面持ちで固唾を飲む一護の態度を気にした様子もなく、感情の読めない声でカワキは一護に語りかける。


『君が戦い始めた時から、ずっと見てた。だから、知ってる——これは「君の戦い」なんだろう?』

「……!」


 その言葉に一護はハッと気付かされた。

 今度は焦りや不安ではなく、決意と闘志で息を呑む。知らず知らず、大太刀を握る手に再び力が込もった。

 その様子を確認して静かに銃口を下げたカワキは、一護と視線を合わせて告げる。


『私はこの戦いに手は出さない。君の意志を尊重する。ただし——それは君の命より優先しない』


 そっけなく、紙面に書かれた規則を読み上げるような調子で話すカワキの声を聞きながら、一護は大太刀を構え直す。

 力強い光を宿した眼差しで、真っ直ぐにグランドフィッシャーを睨みつけ、一護は口を真一文字に引き結んだ。


「…………」


 今の一護はカワキが何者であるか、など問いただす気も無ければ、疑問すら頭から消えていた。

 ただ目の前の敵に、意識を集中する。

 僅かに高台になった林から、一護と同じ地面まで降りたカワキは、少し離れた位置で足を止めた。


『君の命と秤にかければ、君の意志も、君の過去も、どうでもいい。君が「負ける」と判断したら私は戦う。これは譲れない』


 情があるのか無いのか、どちらとも受け取れる言葉を冷たく言い放ったカワキは、最後に念押しするような口調で一護の横顔に向けて一言、声をかけた。


『いいね?』

「……ああ。こいつは俺が倒す」


◇◇◇


 宣言通り、カワキが戦いに手を出すことはなかった。


 グランドフィッシャーが一護の母の姿を写し取っても。一護が疑似餌越しに腹を爪で貫かれても。

 そして、一護に追い詰められたグランドフィッシャーが、疑似餌の中に逃げ込んで飛び去っても——カワキは静かに佇んで、ただじっと戦いの終わりを見届けていた。


「待てよ……ッ!!」

「一護!!」


 腹に開いた傷から血を流し、降り止まぬ雨に濡れながらも、一護の火が消えることはない。

 逃げたグランドフィッシャーを追おうとする一護に駆け寄ったルキアが縋りつく。


「もう良い! もう止せ! おまえも……奴も、もう戦えぬ! 戦いは……終わったのだ……!」

「……まだだ……! あいつはまだ死んでねえ……!! 俺はまだ、戦える……! まだ……」


 心の底から絞り出したような叫びが途中で途切れた。グラリ、と一護の体が傾く。


「一護!! 一護……!」


 雨にぬかるんだ地面に倒れ伏した一護に向かって懸命に呼びかけ続けるルキアには目もくれず、カワキはゆったりとした歩みで一護のそばに近付いた。

 うつ伏せに倒れ込んだ一護の姿をじっと見つめて、その顔を覗き込むように一護の前でしゃがみ込む。


「……う……」

『大丈夫?』

「あの、銃は……志島……お前……」


 失血で虚ろになった目でカワキを捉えた一護は、雨に濡れながら霞が掛かった頭で疑問を絞り出す。

 掠れた声で、カワキに問いかけた。


「お前、一体何者だ……?」

『——私は志島カワキ。滅却師だ』


 ——滅却師。

 それは一体なんなんだ、と問いかける声は出ず、一護の意識はそこで途切れた。


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