Written In The Lineage “The First Star”
——初めて言葉を交わしたのは雨が降る夜だった。
◇◇◇
空座町・墓地
厚みのある雲が月を覆い隠し、近付く雨の気配に、陰鬱な空気で満ちた夜の墓地。
陽が沈んで墓参者が帰路につき、寒々とした暗闇に包まれた墓地に、激しい戦闘の音が響き渡る。
「のろいぞ、小僧」
「な……」
立ち並ぶ墓石が無惨に砕かれる。
「ひひっ!」
奇妙に伸び縮みする体毛を振り乱して、墓石を破壊しながら暴れる異形の怪物と、大太刀を担いで黒い着物に身を包んだ少年が、墓地を戦場に戦っていた。
「ひひっ、ひひひ! どうした、小僧! そうして逃げておるだけでは、このわしを傷つけることなぞできんぞ!」
怪物、虚が不気味な笑い声を上げながら少年に襲い掛かった。四方から迫る体毛を躱し損ねた少年、一護の頬を攻撃が掠め、薄皮を切り裂いて切り傷が走る。
裂けた口を大きく開いて一護を嘲笑い、挑発を繰り返す虚の図体に見合わぬ素早さに、一護はなす術もなく翻弄されていた。
「その程度の力量で仲間に『手を出すな』などと、よくぞ吐いたものだ!! のう、小僧!!」
「くそ……ッ」
一護は彼我の実力差に歯噛みした。
攻撃を払いのけることに必死で間合いを詰めることができない。
打つ手なく逃げるうちに「コッチの体力が尽きたらおしまいだ」と敗北が頭を掠め——瞬間、一護は我に返った。
目前で暴れる虚、グランドフィッシャーは一護の母親の仇だ。
だというのに——母の仇を前に何を弱気になっているのだ。
「これは俺の戦いだ」と、そう声を上げ協力者の死神、ルキアの加勢を断ったのは自分ではないか。
一護は劣勢に弱気になる自分を心の内でそう叱咤し、奮い立たせた。
しかし、それは傍目には無謀な突撃そのもの。
「お、おおおおおおお!!!」
「——『迂闊だ』と言われなかったか? 小僧。そうして策も無しに、敵の懐に飛び込むのは!!」
木々の隙間から、その様を見つめる影がひとつ——
雨の匂いを含んだ湿り気のある夜風が、闇に溶け込む黒髪と、細い手首を飾る銀の十字を小さく揺らした。
『平静を欠いているな……』
ポツリ、ポツリ。
細く降り出した雨は次第に勢いを強め、やがては静寂を閉じこめるような重苦しい降り方に変わった。
ざあざあと降り続く雨音が、温度の無い呟きをかき消した。
『——仕事だ』
◇◇◇
鳥の足のような形をした四つ指の手が、懐に飛び込んだ一護に向けられる。
迫る異形の手。一護は咄嗟に振り抜いていた大太刀を防御のために前に出した。
間一髪、攻撃を受け止めて鍔迫り合いの形に持ち込んだ一護が、ほんの一瞬、安堵に思考を止めたその瞬間——
「そら、気を抜く! そこが迂闊だと言うのだ、小僧!!」
大太刀を握った異形の指から、バチバチと何かが弾ける音がした。
次の瞬間——グランドフィッシャーの爪先の皮が弾け飛び、指の先から鋭く尖った爪がずるり、と伸びる。
両手で刀を支えていた一護が驚愕に目を瞠った。「攻撃が来る」とわかっていても一護には文字通り、防ぐ“手”が無い。
皮を裂いて飛び出した爪が、肺の近くに突き刺さる。痛みが呼吸を妨げて、一護が苦痛に咽せ込んだ。
「げほ……ッ」
肋骨で止まった爪が更に伸びれば、肺や心臓に穴があく。
目前に迫る濃密な死の気配。ドンドン、と早鐘を打つ心臓の音が一護のすぐ耳元で聴こえて——
同時——抑揚の少ない玲瓏な声が、戦場と化した墓地に木霊した。
『勝利を確信した瞬間は、どんな強者でも気が弛むものだ。まして、同格以上が相手なら、なおのこと』
雨のカーテンを切り裂いて、青白い流星が場の視線を奪い去った。
次の瞬間、一護の胸に刺さった爪が閃光に貫かれて砕け散る。
「……あ……?」
声の主を除いた場の全員が、一拍遅れて状況を把握した。
「……わしの爪が!?」
「何だ…………あいつは……!?」
先刻、一護が死の淵で聴いたあの音は、鼓動では無かった。
あれは——銃声だ。
視界を横切って消えた流星を辿り、一護が視線を上げて木々の隙間を見上げると、そこに立つのはひとりの少女。
クリップで纏められた黒髪と少女が持つ日本人離れした蒼い瞳に、一護は見覚えがあった。
それは、この場にいるはずが無い者。
「お前、確かクラスの……志島……!? なんでお前がここに……」
『「なんで」? 決まってる。仕事だよ』