Walk The Walk “Tails” Ⅰ
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見えざる帝国・銀架城
主が寝静まった銀架城には常とは異なる慌ただしさが漂っていた。
廊下の先から近付いてくる駆け足の軍靴の足音。この場に相応しくない騒々しさを感じて、ハッシュヴァルトは眉を顰めた。
「ハッシュヴァルト様!」
やって来たのは、通信を担当する聖兵の一人だ。青い顔で焦燥感を漂わせた聖兵の様子は、尋常ではない空気を感じさせた。
今はまだ通信室での勤務時間だ。持ち場を離れて己の元までやって来るということは、何か不測の事態が発生したのだろう。
「このような夜更けに何を騒いでいる?」
「急ぎ、お耳に入れたいことが……」
聖兵が青い顔をしているのも当然だ。
現世でとある人間の護衛と、諜報任務に服しているカワキが、その人間と共に尸魂界に侵入し、死神と戦うつもりでいる。
聖兵から、早口で概要をまとめた簡素な報告を受けたハッシュヴァルトは、きつく目を閉じた。
何と無謀なことをするつもりだ——刺すような痛みをこめかみのあたりに感じて、白皙の美貌に苦悩が滲んだ。
カワキが相談もなく突拍子のない行動を取るのは昔からだ。
成果を重視して、その過程で生じる負担や危険を軽んじる節がある子どもだった。
無茶な戦いに身を投じることに、微塵の恐ろしさも感じていないのだろう——そうなるように、育てられたのだから。
仄暗い憂いに、思考が流されていくのを自覚し、ハッシュヴァルトは首を振った。
今、自分が考えるべきことは、ソレではない。
内に生じた澱を払い、「支配者」として重々しく命令を下す。
「……緊急事態だ。私は陛下に一連の内容をお伝えする。通信を受けた担当者に報告の準備をさせておけ。詳細はそこで聞く」
「はっ! かしこまりました!」
◇◇◇
玉座の間。
銀架城の真の「支配者」が、その両眼を開き、目を覚ました。
城主にして、「見えざる帝国」の皇帝、ユーハバッハは玉座に腰掛け、目前で跪く者に問いかける。
「……して、先の報告はどういうことだ。何があった?」
鋭い光を宿した赤色に見据えられ、聖兵は固い声で報告を開始した。
「はっ! 申し上げます! 『護衛対象』黒崎一護の尸魂界侵攻に伴い、殿下が対象への同行および死神との戦闘許可をお求めです!」
「なぜ黒崎一護が、尸魂界に侵攻する? 目的はなんだ?」
前提となる条件からして意味不明だと、疑問に眉を寄せたユーハバッハが、低い声で問いかける。
すると、それまでは淀みなく答えていた聖兵が、言葉を濁して言い淀んだ。
「それが……その……、黒崎一護は、先日死罪が決定した罪人、朽木ルキアの救出を目指しているらしく……」
「……死神の救出だと? 馬鹿な……そのようなことのために、尸魂界へ攻め入ろうと言うのか?」
解せぬな、と言いかけてユーハバッハは気付いた。
「奴は己の血筋を知らぬのだったな……。無知とは、かくも愚かな行動を招くのか」
思わず溜息がこぼれた。
いずれ麾下に加える際には入念な再教育が必要だなと、未来の予定に書き加える。
そして、意識は現在へ。
任務という名目で現世に留学に行かせた娘が、あの悪鬼羅刹の群に突撃すると言い出す事態になろうとは。
建前に「護衛」という任務を使ったのは失敗だったか——ユーハバッハは少し後悔を覚えるも、後の祭りだ。
何とか止める手立てはないものか。報告を持ってきた聖兵に、娘、カワキの様子を尋ねる。
「カワキは、他に何か言っていたか?」
「はっ! 陛下より既に下された『情報の秘匿』は継続して行う、とのことです」
「………………」
ユーハバッハは言葉を失った。
自分が命じた「情報の秘匿」——それは一言で表すのであれば、「見えざる帝国」とカワキとの繋がりを、黒崎一護ひいては死神共に悟られぬよう隠すこと。
問題は、その方法にあった。
ただ「我々の情報を語るな」というだけでは足りぬ。
死神共の長、護廷十三隊総隊長——山本重國は、油断ならぬ男だ。
確証がなくとも、カワキは我らと関わりがあると、その「可能性」が僅かでも目に留まってしまえば。
あの「剣の鬼」は、我が身を焼いた炎をもってして、愛する娘を焼き尽くすだろう——ユーハバッハには、確信があった。
故に、念には念を入れて対策を講じた。
「滅却師である」という事実そのものを隠蔽することは困難だ。
それでは、護衛という任務を建前に使うことができない上に、カワキが虚に対する自衛の術を失ってしまう。
そこで考えた。自分達との繋がりを隠すための策——それが、カワキの力そのものを削ることと、血装の使用制限だ。
よもやそれが、こんな形で裏目に出ようとは思いもしなかった。
「…………何という事だ……」