Walk The Walk “Heads”

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空座町


 深夜、がらんとした室内に、淡々とした冷たい声が落ちる。


『報告』


 間接照明がぼんやりとした光で照らす、ほのかに暗いその部屋は、カワキが自宅にしているマンションだ。

 一人で暮らすにはいささか広すぎる物の少ない部屋で、カワキは一人、端末を手に何処かに連絡を取っていた。


 自動音声のように平坦な声は無駄な言葉を紡がない。

 事務的に、淡々と、ただ必要と判断した事柄のみを伝える話し方は、機械的で人間味に欠けていた。


 高層にあるカワキの部屋は、深夜という時刻も相まって、とても静かだ。端末から漏れた男の声が、微かに部屋に響く。

 カワキはこれから決行する予定の作戦を男に伝えた。


『私はこれより、黒崎一護ならびに協力者の人間数名と共に、尸魂界へ向かう。目的は死神、朽木ルキアの救出だ』

「はッ! ……はッ!?」


 反射的に返事をした男が、報告の意味を理解してギョッとした声をあげた。

 たとえ姿が見えずとも、男が目を剥いて戸惑っていることは想像に難くない。


「尸魂界へ? 死神の救出? とっ……、突然何を仰るのですか!?」


 上擦った声で復唱する様子からは、男にとって、カワキの告げた内容が、どれほど常識外れで理解し難いものなのか——それがよく伝わった。

 だが、この報告が自分達の「常識」から外れていることなどカワキは百も承知だ。


 それでも報告を上げたのは、あくまでも「自分は規則に従って行動をした」という大義名分のため——理解を得たかったわけでも、助力を欲したわけでもない。

 淡々と、既成事実を作り上げるべく報告を続ける。


『出発予定時刻は一時間後。黒崎一護への同行および現地での戦闘許可を申請する』

「な……ッ、お待ちください! そのような重大事、我々では対処致しかねます!」


 突如として降りかかった案件は、男の手には余るものだ。声の主は、可哀想なほど慌てふためいていた。


『最初から、対処なんて求めていない』


 だが——男の当惑も、苦難も、カワキの知ったことではない。

 耳元で騒がれるのは、気分が悪かった。


『私が今、君達に求めている役目は「報告を伝えて申請を出す」、これだけだ』

「お父君は御寝になられています。ご報告はどうか、御身の口から直接……」

『何度も言わせないで。出発は一時間後、朝を待つ時間はない』

「しかし……」


 先刻から、カワキが端末で話していた男は、カワキの父親の部下だ。

 本来であれば、現在、カワキが報告している内容は、カワキが父親に、直接伝えるべきことだった。

 事は、自分が責任を負える範疇を遥かに超えている——そう判断し、カワキの指示に従うことを躊躇う男に、カワキは妥協案として父の腹心の名をあげた。


『ハッシュヴァルトがいるだろう。報告と申請は彼に回して』

「では、直ちに通信をお繋ぎ致します」


 思わず、カワキの眉間にシワが寄った。


 父の側近、ハッシュヴァルトは厳格で、それはもう口煩い男だ。

 決行予定の作戦は言うまでもなく、出発間近に連絡を寄越したカワキの行動にも、眉を顰めることだろう。

 カワキは幼い頃から、あの心配性で説教好きの男に、何度叱られたことか。数えるのも嫌になるほどだ。


 機械のようだったカワキが、幾分か人間味のある様子で、食い気味に拒絶した。


『いらない』

「いらない!?」


 無茶苦茶な返答に、男は目を白黒させてカワキの言葉を反復する。


『既に下された指令は継続して遵守、出発までに不許可の連絡がない場合、現場判断を優先して行動する』


 申請の結果がどうであれ、今から一時間以内に連絡がなければ、尸魂界に向かい、死神と戦う。

 カワキが言っているのは、そういうことだった。


 尸魂界へと出発してしまえば、カワキと連絡を取ることは極めて困難になる。猶予は無いに等しかった。


「そんな……。今からでは、とても出発のお時間には間に合いません! どうか……どうか、ご再考を!」


 報告はした。申請も出した。

 これで、今回の行動が槍玉に挙げられた際に使える大義名分は完成だ。

 もう端末の向こうに用事はなかった。


『しない。報告は以上だ。準備があるからこれで切るよ』


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