Ask, And It Shall Be Given You Ⅱ
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空座町
岩場に残されたのは、カワキと石田。
怪訝そうに振り返った石田が、カワキに尋ねる。
「カワキさん、君は帰らないのかい?」
今度は、カワキが怪訝そうな顔をした。
何の質問だと言うように、小首を傾げたカワキはサラリと衝撃的な言葉を告げた。
『うん? 帰らないよ。私の鍛錬は、君と一緒にやることにしたから』
「……は!?」
『そう驚くことでもないだろう。私も君も滅却師だ。お互い参考にしよう』
「いや……さっきの話を聞いてなかったのか? 僕は、朽木さんを助けに行くつもりはない、と言っただろう……」
『別に構わないけれど? それは石田くんが自分で決めることだからね。一緒に来いなんて言わないよ。それで?』
ああ言えばこう言う。自由に、強引に。ポンポンと意見を打ち返すカワキに、石田はたじたじだった。
このまま問答を続けたら押し切られる。
それを自覚した石田は、冷たく突き放すことを心苦しく思う気持ちをグッと堪え、わざと苦々しい表情を作った。
さも、迷惑しているんだ、という声色でカワキに抗議する。
「『それで』って……。悪いけど、帰ってくれないか? 僕は一人でやりたいんだ」
これで自分になど見切りをつけて、どこへなりと去って行くだろう。
正直なところ、同じ滅却師であるカワキが「一緒に修行しよう」と誘ってくれたのは嬉しかった。彼女は道を踏み外した自分を叱咤し、過ちに気付かせてくれた人だ。
できることなら、カワキの誘いに頷き、共に研鑽を積みたかったが——石田がこれから行う修行は、余人に見られるわけにはいかないのだ。
ともすれば、仲間内で最も修行について隠すべき相手は、カワキかもしれない——同じ、滅却師だからこそ。
後ろ髪を引かれる思いでカワキの誘いを断った石田に、カワキは気を悪くした様子もなく、訳知り顔で事情を見透かした。
『わかってる。君は私に、その箱の中身を知られたくないんだろう』
未練が顔に表れてしまうかもしれない、そう思ってカワキから顔を背けていた石田が、驚愕で弾かれたように振り返った。
ほら、やっぱり。そう言いたげに、目を細めたカワキに、石田はやられた……と、渋い顔をして口籠もる。
「そ、れは……」
目を泳がせた石田が、必死にカワキへの言い訳を考えていると、蒼の視線が木箱に落ちる。
その口から続けて紡がれた確信を持った言葉に、石田は再び驚愕で息を呑んだ。
『そこに仕舞われた物の正体が、私の予想通りなら——君は滅却師として、一段階上の力を求めている』
なぜ、君がそれを——そう尋ねようと顔を上げた石田は、カワキを見て固まった。
カワキはふわりと、見たことのない表情で微笑んでいた。いつもは無機質な瞳に、背筋が震えるような光を宿して。
淡い微笑みの形をした唇が、万感の思いを込めた声で言葉を紡いだ。
『——私と同じだ』
「……! 君も? だけど、これは……」
『ああ、誤解を招く言い方だったね。私と石田くんではアプローチが異なる。厳密には、同種の力を求めていると言うべきか』
困惑する石田にカワキは補足を挟んだ。
『だけど、私が欲しいものと、君が欲しいもの……きっと、そんなに離れていないと思うよ』
恐らく、カワキは自分が今から得ようとしているものに、見当がついている。石田は、もう言い逃れはできないだろうな、と悟っていた。
微笑みを消したまっすぐな目が、石田を射抜く。
『知りたいんだ。君が得るものを。そこへ至る道筋を。私が目指すものは、君が辿り着く場所の、その先にあるものだから』
「…………。……わかったよ」
長い沈黙の後、石田は足元に置いた木箱の前に屈んで、そっと蓋を撫でた。その目は何かを懐かしむようだ。
「この箱は、僕の師匠が遺したものだ」
『石田くんのお爺さまだね』
「ああ……師匠は言った——これを使って修行すれば、滅却師として絶大な力を得ることができる」
石田はそれ以上、何も語らなかった。
だが、伏せられた目の奥にちらつく憂いの色が、語られなかった話の内容があまり明るいものではないと示していた。
石田の傍に立つカワキがポツリと呟く。
『滅却師最終形態』
ばっと頭を上げた石田が、目を見開いてカワキを見上げる。今日の石田はカワキに驚かされてばかりだ。
「そこまで知っていたのか……!」
『伝聞で知っただけだよ。昔、私の教育係が教えてくれたんだ。彼は、こういう話に詳しかったから』
「きょ……教育係……!?」
一体、どんな環境で育てば、会話の中で当たり前のように、「教育係」などという単語が出てくるのか。
カワキの家庭事情に興味はあるが、本題はそこではない。石田は黙ってカワキの話に耳を傾けた。
『彼からは、その形態には致命的な欠陥があると聞いた。その「脆さ」故に概念自体が散逸し、過去の遺物になった……と』
「………………」
『たとえ、修行が成功しても、滅却師最終形態を使えば、石田くんは——』
「いいんだ」
堪えきれず、話を遮った。
「……みなまで言わないでくれ」
静かに首を振った石田に、カワキは言葉の続きを飲み込んだ。
沈黙の中、どこか寂しげに俯いた石田の顔を覗き込むように、カワキが石田の前のしゃがみ込む。
石田と視線を合わせてカワキは尋ねた。
『…………。今でも、死神が憎い?』
「……僕は……。……いや…………」
うまい言葉が見つからず、口を開けたり閉めたりして言い淀んだ石田に、カワキは質問を取り下げた。
『くだらない質問をしたね。撤回しよう』
「……ごめん、気を遣わせてしまったね」
申し訳ない気持ちが滲む笑顔で、小さく肩を竦めた石田は、気を取り直したように木箱に手を伸ばした。
十字に箱を止めた二本のベルトをパチンと外すと、そっと蓋を持ち上げる。
木箱に収められていたのは——白地に青のラインが入った手袋。
「『散霊手套』——滅却師最終形態を身につけるための道具だ。……悪いけど、君に使わせるわけにはいかないよ」
石田は先んじて釘を刺す。
上から箱を覗き込んだカワキは、じっと興味深そうに手袋を観察していた。
散霊手套を使うことで使用者にどういう変化が起きるのか——それを知っていて、友人に渡すわけにはいかない。
石田の思いは、カワキも承知の上だったのだろう。忠告にこくりと頷いて、カワキが立ち上がる。
『わかってる。見せてくれてありがとう。さあ——鍛錬を始めよう』