Time Don't Heals All Wounds
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流魂街
自分のために、酒のつまみを作る食材を買いに出かけてから、血痕を残して行方知れずになっていたギリコが帰ってきた——辛うじて生きている、そう表現する他ない状態で。
五体満足でこそあるが、ギリコの四肢には一度、千切れたものを繋ぎ直したような治療の形跡があった。
変わり果てた仲間の姿。かつて自分が道を踏み外すキッカケになった凄惨な出来事がフラッシュバックする。
「…………」
ギリコを視界に入れたまま、銀城は呆然と俯いて、黙りこくっていた。ギリギリと奥歯が砕けそうな音が顎の骨を伝って直接頭の中に響く。
言葉が出てこない。この怒りと、無力感と、後悔をひっくるめた感情を、言い表す言葉が見つからなかった。
一緒にいた月島は、まだ戻ってこない。恐らくは無事だと思うが確証はなかった。
あの日は、ひどく風が騒がしかった。
「かまいたちの仕業だ」、「近くで白い人影を見た」——目撃者を探しても、出てくるのは真偽も疑わしい流言ばかり。
だが——深く抉り取られた地面、幹からへし折れられた木……現場に残された霊圧を探れば、ギリコをこんな姿にした犯人は自ずと見えてきた。
(滅却師……いや、破面?)
それは、本来なら敵対する者同士。その争いに二人が巻き込まれた可能性が、頭をよぎり——すぐに否定する。軽々と厄介事に首を突っ込むような奴らではない。
では、両者が二人を狙ったのか?
そこまで考えて——銀城の中で、点と点が繋がった。
(——……涅マユリか!)
完現術者を狙う敵。破面と滅却師の骸を私兵にし、千切れた手足を繋ぎ直す技術力を持ち得る者。「かまいたち」などというふざけた噂話を流したのは、自身の犯行が明るみに出ないよう誤魔化すためか。
私欲を満たす研究に使う目的で、自分の仲間をこんな目に遭わせたのか。
(ふざけんな)
煮えたぎるような怒りに満ちた霊圧が、銀城から発せられる。
「おっ、おい、銀城! 落ち着けって! こんな状態のギリコを置いて、どこに行くってんだ!?」
遠目に見える瀞霊廷の外壁を睨み、剣呑な光を宿した目で、ゆっくりと歩き出した銀城を、岩鷲が慌てて引き止めた。
「……岩鷲。ギリコを任せたぜ。俺は……少し出てくる。月島が帰ってきたら、俺の代わりにギリコに付いててやれ、と伝えてくれ」
「お前……、一体、何を……ッ、待て! 銀城!!」
制止の声は、銀城の耳には届かない。
あの日の光景と、銀城自身にも、いつのものかわからない怒りが体を突き動かしていた。
「舐めやがって、ふざけたピエロ野郎が。てめえだけは、絶対に許さねえ……!」
激情に身を任せて、そう吐き捨てた銀城が、一直線に白い壁に向けて駆け出した。
◇◇◇
瀞霊廷・上空
瀞霊廷の上空。そこは、遮魂膜さえ遥か足元にあるほど高い雲の上。
天にほど近いその場所で、一人の破面が空を見上げながら宙に立っていた。破面、ローレアンが天に向かって手を伸ばす。
バチンッ! 電撃が走るような音がして伸ばした手が弾かれる。白い指先から血が滴り落ちた。
「七十二層の障壁……これが……」
ローレアンの真上には強力な障壁が何層も展開されていた。天に向けて重ねられた障壁の数は、七十二層。
そのすべてが、この先の天上に座す——「霊王」を護るためのものだと言う。
「……あれ? 誰から聞いたんだっけ? まあ、いいや」
ふと浮かんだ疑問に、小さく首を傾げたローレアンは、すぐに疑問に思ったという事実さえ忘れて恍惚とした表情で笑った。
血の気の失せた顔に浮かぶのは、仄暗い喜び。
「……ふふっ、今度は道に迷わなかった。やっぱり私、探し物が得意なんだ! 先生達がずーっと見つからないのは、みんな、隠れるのが上手なだけだよねぇ」
たった一人、誰もいない空でローレアンはキャッキャと独り言を紡ぎ続ける。
今回のローレアンの目的地は、霊王宮。理由はわからないが、そこに、ローレアンの願いを叶える助けになる「何か」がある気がして、遥々ここまでやって来た。
霊王宮がある場所は——なぜだか「この方角だ」という確信があった。
まるで誰かに呼ばれているような、引き寄せられるような……そんな不思議な心地がして、ローレアンは迷うことなく飛んで来ることができたのだ。
「待っててねぇ、みんな……私が、きっと見つけてあげるから」
細い指を胸の前でギュッと握りしめて、祈るように瞼を閉じたローレアンは、淡い微笑みを浮かべて呟いた。
そして、くるり、と薄灰の瞳を動かして天を睨むように見上げると、真剣な表情で細く長い息を吐く。
「大丈夫……大丈夫……こんな壁、なんてことない。大丈夫……——私は、飛べる」
自分に暗示をかけるかの如き様子でそう言ったローレアンは、顔を上げると大剣を構えた。
そして、告げる。
「鳴らせ『金衣公子(ウォーブラー)』」