Let Me Count With You

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流魂街


「わたし……どうして、こんな……。どうして……どう、したら…………」


 白い道化師は、深い罪悪感や後悔に押し潰されているようだった。

 血溜まりに伏せるギリコの前で跪いて、両手で顔を覆って、真後ろに立った月島にも、まるで気付かないで。惨めに蹲って、震えて、途方に暮れて……。

 翼をもがれて地に落ちた小鳥のように、ひどく弱々しく、哀れな有様で謝り続ける破面、ローレアンの姿に、月島は無性に腹が立った。

 自分でギリコを切り刻んだくせに、その様はなんだ。


「自分でやっておいて?」


 丸まった背中に刀を向ける。隙だらけの背中を斬るのは容易かった。

 あっさりと背後から貫かれたローレアンは、間抜け面で胸元から飛び出した切っ先に目を丸くしている。


「……あ……」

「挟んだよ」


 動物的な側面が強い者や、感情を理性でねじ伏せて行動できる者には、思うような効果が出ないこともあるが——ローレアンはどちらでもないように思えた。

 警戒は解かず、その上で、余裕の表現を保ったまま、悠々と構えていた月島が困惑を浮かべる。


(なんだ、これ? 「挟めない」……? 読むだけなら読めるけど……こんなの、本じゃない)


 たとえば。過去を「本」、その中の一つ一つの出来事を「頁」と表現するとして。

 ローレアンには、月島の能力が及ばない何かがあるのか——他の者にするように、「本」を改竄したり「頁」を増やすことはできなかった。

 それは、まあ良い。問題は表紙を開いたその中身。

 めくった頁は、落丁や乱丁だらけ。端的に言って、とても読めたものではない。


 本好きの月島に言わせれば、これは本ではなく破かれた紙片だ。拾い集めた紙片に書かれた単語を、ただ眺める行為を、月島は「読書」とは言わない。


(読めない文字を見せられてるみたいだ。ところどころ塗り潰されてるし……。僕の完現術、こんな風になることもあるんだ)


 この歳になって……いや、死んでから、自分の完現術に新発見があるなんて。月島は感慨深い心地でローレアンの過去という紙片を拾い集める。

 それは、たとえるなら「パズル」を解く感覚に近かった。


(断片的にでも見えるだけ充分、って思うべきなんだろうね。斬っても挟めない相手なんだから)


 正直、読書のつもりで挑んでいたら放り出していただろうが……今回は、自分達を急襲した破面と、背後に潜む黒幕の存在を知るために斬ったのだ。

 月島自身のためにも……そして、仲間のためにも、放り出すわけにはいかない。


(場面に抜けが多いけど、他にも完現術者を襲ってる。霊王の欠片が狙い——これは推測通り。あとは……黒幕の伏線くらいは見えるかな)


 目的や黒幕が明らかになれば、この物語におけるローレアンの役目は終わる。役目を終えた登場人物は退場するものだ。

 これで、おしまい。終幕の時だ。紙片が繋がり、黒幕に関する過去を覗き見ることが叶うであろう手応えに、薄く微笑む。

 月島は、ローレアンから刀を引き抜こうとして——


「これでもう……」


 自分の完現術で垣間見たものに、思わず間抜けな声をあげてしまった。

 映し出されたのは——恐ろしく冷たい目でローレアンを見下ろす、碧眼の女の顔。


「……え?」


 見間違うはずがない。月島は、女の顔に見憶えがあった。


 それは、月島が死の間際に魅せられた、死兆星の輝き。

 月島の最期に、「恋」という名の執着を教えてくれた——美しく、悍ましい人。

 緞帳に潜んだ黒幕の正体が、まさか己の愛しき凶星であるとは。


「何故、『きみ』が……」


 あまりの驚きに、思わず、呆けた呟きが漏れる。


 あの子が霊王の欠片を欲しがるだろうかと考えて——正直、あり得ると思った。

 彼女は強さに貪欲で、突拍子のない行動でよく周りを驚かせる子だった。

 しかし、同時に違和感も覚える。


(あの子は大事なことを他人に任せるような人間じゃない。欲しいなら、自分で獲りに来るだろ)


 彼女はそれが叶う強さを持っている。

 少なくとも、こんな不安定な破面を刺客に使うというのは「らしくない」。月島はそう感じた。


 小さな違和感に気を取られ、想う相手に気を惹かれ——月島は、らしくもなく思い悩んでいる隙をつかれてしまった。


「……急がなくちゃ」

「……っ、ギリコ!」


 ギリコを、どこぞへと連れ去ろうとするローレアン。月島は我に返って、咄嗟に手を伸ばした。

 しかし、間に合わない。


「手当てしてくれる子のところまで運んであげるから、あと少し、もう少しだけ……頑張って…………どうか、死なないで」


 横抱きにしたギリコの顔を覗き込むように励ましの声をかけながら、ローレアンは現れた時と同じように、突風一つ残して、姿を消した。


「……消えた」


 戦いの爪痕が残る流魂街で、月島は立ち尽くして考える。

 去り際の様子にローレアンの性格を加味すれば、ギリコが殺されることはまずないだろう。連れ去った理由は、最後の言葉の通り——治療のため。

 では、残る問題は何か。


(謎を解くには、まだ伏線が足りないな。「かまいたち」なんて噂になるくらいだ、死神は情報を持ってそうだけど……)


 協力を仰ぐか? 月島の脳裏に風変わりな刺青が特徴的な死神の顔が思い浮かぶ。

 何の縁か、数年前にどこぞのお貴族様が起こした事件に絡んで、月島は死神に伝手があった。

 今回の件は、月島もギリコも被害者だ。事情を話せば協力を得られるだろう。


(ダメだ)


 最初に浮かんだ案を、月島は即座に却下した。

 死神への不信や、自分達への過信が原因ではない。理由はもっと単純な——そう、いわゆる「恋心」というやつだ。


(全貌が明らかになったら、あの子の立場が危ない。死神がこれを知ってたらもっと騒ぎになるはずだ。…………ちょっと落ち着こう。僕、今すごく馬鹿じゃない?)


 恋というのは厄介なものだ。己の愚かさを自覚しながら、行動に及ぼす影響を振り切れない。


 彼女が本当に事件の黒幕なら、遠からず月島は消されるだろう。もしくは、事態が発覚した時に、黙秘を選んだことを死神に糾弾されるかもしれない。

 それでも、月島には「死神に見えたものを明かす」という選択肢は取れそうにないのだから、感情とは儘ならないものだ。


「困ったな……」


 見上げた青空が目に眩しくて、ついそうこぼしてしまったが……実のところ、えも言われぬ高揚感もあった。

 好いた相手に振り回されるというのは、こういうことか。そう考えると、悪い気分ではなかったのだ。

 風が勢いを衰えたことで、流魂街の住人達が出歩き始めたのだろう。ちらほらと、近付いてくる人の霊圧を感じた。


(ああ。早くこの場を離れないと。銀城には……話さない方がいいか、あいつは芝居が下手だから)


 素直に心配だと認めるのは癪で、月島は心の内で悪態を吐く。


「ギリコが誘拐に遭ったなんて知ったら、雪緒が大笑いするよ。リルカやジャッキーは何だかんだ心配するだろうな」


 月島は足早に現場から立ち去りながら、今も現世で生きている懐かしい仲間の顔を思い浮かべた。

 そして、燐光と共に、次なる一歩を踏み出して笑う。


「……さて、どうにかして浦原商店に連絡しないと」


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