The Joker's Rhapsody Ⅲ

The Joker's Rhapsody Ⅲ


◀︎目次

影の領域


「——どうか私をあなたの領土に置いて」


 カワキの領土——つまり「この影の領域を、自分に使わせて欲しい」と、願い出たローレアン。

 弱々しく胸の前で両手を組んで、カワキに頷いてもらおうと、ローレアンは懸命に言葉を募った。


「見つけたものは殿下にも伝えるよ。私のお願いが叶った時は、きっとお礼をする。だから……お願い……」


 ギュッと握りしめた手に力が込もる。

 心細そうに俯いていた顔を上げて、今にも泣き出しそうな目をしたローレアンが、カワキを見上げた。


「一人は寂しいよ……殿下なら、わかってくれるでしょう?」

『君の感情は君のものだ。私に投影しないでくれ』


 自分に縋るローレアンを、カワキは凍るような目で見下ろした。

 告げる言葉に、二人のやりとりを見守る浦原が息を呑む。


『君の要求への結論を出す前に、私の見解を伝えよう』


 そして……カワキは、霧の向こうに手をかけた。


『ローレアン、君の仲間は滅却された——陛下や、キルゲの手で』


 ローレアンが不気味に微笑み、空虚な目をまたたかせた。

 可動部が錆びついた人形のような不自然な動きで、ゆっくりと首を傾げる。


「……よく、わからないよ……。その人達はだぁれ? 何のお話をしてるの?」

『君の話だよ、ローレアン・ラプラス——君と、「ユーハバッハ」陛下と、キルゲ・オピーの話だ』

「……あ……え……? ……へい、か? きるげ……? だれの、はなしを……」

『解らない? 表現を変えようか。これは滅却師の「滅却」の力に関する話だ』


 微笑みが静かに引き攣り、どんどん無に近づいても、カワキは追及を緩めない。

 固く、深く、決して開くことがないように……ローレアンが霧の奥で閉ざしていた記憶の扉。

 カワキは錠に合う鍵を持たず、乱暴に扉を壊してこじ開けた。


『死者は蘇らない。まして、それが滅却師の力よるものなら、なおのこと』

「…………ぁ……」


 ドロリ、と見開かれた瞳から黒いヘドロのような液体が流れた。


『私達がしているのは魂魄の滅却だ。死神のように、循環に戻すものじゃない——君の仲間は、もういないんだ』

……ぁ……。……あ……あ、あ、あ、ああああああアアアアアアアアッ!


 叫びと共に、ローレアンの霊圧が爆発的に膨れ上がった。

 余波を受けて、調度品がガシャン! と壊れて弾け飛ぶ。

 黒い涙を流して咆哮をあげるローレアンを中心に、旋風が吹き始めた。


「ローレアンサン!? く……っ!」

『忘却することで正気を保っていたのか。しくじったな……』


 激しい風が渦を巻いて部屋を破壊する。

 素早く外へ退避したカワキと浦原は、風が荒れ狂う城の一室を遠目に捉えた。


『凄まじい霊圧だ。それに、この風……』

「ええ……恐らく、外の強風は彼女の能力によるものでしょう」


 バサバサと風に煽られる帽子を押さえた浦原が、カワキの言わんとしていることを察して、その先の言葉を続けた。

 苦々しい顔で見つめる先の光景は——渦を巻く、幾本もの巨大な竜巻の群。


「天相従臨……日番谷サンの氷輪丸と同じ天候を支配する力、っスか……」

『表で使われたら町が吹き飛ぶね』

「でしょうね。これはちょっと……対応を考える必要がありそうっス」


 城の一角を呑み込んで、竜巻が周囲の物を瓦礫に変えながら巻き上げていく。

 中心で慟哭するローレアンの姿は竜巻で見えなかった。

 まさに世紀末と表現するのが妥当な光景を目の前に、冷静に議論を続けていた二人へ大きな瓦礫が飛来する。


「おっと! 危ない」


 回避した浦原がカワキに目配せした。


「話し込んでる場合じゃなさそうっスね。城がめちゃくちゃっス」

『修復は頼んで良いかな』

「そりゃもちろん。ここが使えなくなるとアタシも困りますから」


 軽口を叩くような調子で言葉を交わした二人を、影が包み込んでいく。


『一旦、表に出よう。……私が招いた事態だ。様子を見て、風が止んだら私が行く』


◇◇◇


 何もかも薙ぎ倒す竜巻が収まり、静かに風が止み始めた頃。

 めちゃくちゃに破壊され、残骸ばかりが残る部屋の中心で、ローレアンは両手で頭を抱えて膝をついていた。

 天井には大穴が開き、壁は吹き飛び、床には割れた窓ガラスが散乱している。


『………………』


 竜巻が収まるのを待ち、一人で影の領域に戻ったカワキは、瓦礫の中でうずくまるローレアンを何も言わずに見つめていた。


「…………あぁ、先生……私、どうして、あの時ちゃんと………………」


 薄灰の左目から、透明な涙が一粒こぼれ落ちて……ローレアンが顔を上げた。


「………………」


 ぼんやりと霞んだ目が静かに佇むカワキを捉える。

 寝起きでまだ意識が夢の中にあるような様子で、薄く口を開いてカワキを見ていたローレアンが、ハッと声をあげた。


「——あっ! ごめんなさい、殿下……。またお話の途中でぼーっとしちゃった」


 それは、先刻と同じ言葉。


「何のお話をしてたんだっけ? ……思い出せないや」


 壊れたオルゴールのように、ローレアンは同じ話を繰り返す。


「ええと……そうだ! 迷子のみんなを、見つけてあげるためのお話だったよね?」


 無邪気に笑いながら、ローレアンは一人で喋り続ける。


「みんなは、私とはぐれたことに気付いたかなぁ……。怖くて泣いてるかも。急いで見つけてあげないと!」

『…………』

「それで言ってあげるの。『大丈夫だよ』『私がついてるからね』って。みんなを、先生を……安心させてあげるんだぁ」


 座り込んでいたローレアンが、よいしょと立ち上がって両手を組んだ。


「ねえ、殿下……——私のお願い、聞いてくれる?」


 壊れた微笑みを向けられて、黙していたカワキが口を開いた。


『場所を貸してほしい、というものなら、受け入れよう。研究設備も、太陽の門も、自由に使って構わない』


 淡々とした声には、憐れみも恐れも、何もなかった。


『ただし、事態が露見するまでだ。私も、浦原さんも……今は死神や破面と揉めたくないんだ。……良いね?』

「私をこの領土に置いてくれるんだぁ! ありがとう、殿下、ありがとう……」


 青白い顔に喜色を浮かべて感謝の言葉を述べるローレアンは、カワキのつけた条件が耳に入っているのやら。

 道化師の滑稽な芸を鑑賞する貴人の蒼い目は、ひどく退屈そうだった。


『……告げるべきことは告げた。あとは、気が済むまでやれば良い』

「やっぱり殿下は優しくていい子だねぇ。あなたを頼って本当によかったぁ……」


 満面の笑みからこぼされる安堵の言葉には、万感の思いが込められている。

 カワキは淡々とした調子で、ローレアンから捧げられる礼を固辞した。


『君にお礼を言われる理由はないよ』


 ——ローレアンの願いが叶う可能性などないのだから。


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