First Catch Your Rabbit Ⅰ
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尸魂界・流魂街
流魂街。時代劇に出てくるような街並みを保つそこは、現世で死んだ人間の魂魄が辿り着く場所。
死神達が暮らす瀞霊廷をぐるりと囲んだ流魂街の外れに、大きな屋敷がある。
謎の巨大オブジェと、立派な砲台が建つ屋敷は志波邸——元五大貴族、志波家の者達が暮らす屋敷だ。
ひょんなことからその屋敷で暮らすことになった居候が三人、流魂街で流れているとある「噂」について語り合っていた。
「なあ、お前ら知ってるか? 最近、ここらで出回ってる話。何でも、今日みてーな強風の日は、かまいたちが出るんだと」
「ああ、例の怪談話だろ? 知ってるよ。その手の本はこっちでも読んだけど、内容は現世のものと大差なかったな」
「古今東西、人間が好むものになど大した違いはない……ということでしょう」
和装の者が大半を占める流魂街で、三人の男達は皆、現代的な格好をしていた。
その中の一人、オールバックの男が、他の二人の反応につまらなそうな顔で手元のグラスを傾ける。
「他に感想ねえのかよ。ただでさえ娯楽が少ないってのに……」
舌打ちして唇を尖らせたオールバックの男、銀城に、本を読んでいた男がページをめくりながら答える。
「娯楽が欲しいなら本を読みなよ、銀城。瀞霊廷との行き来が緩和されて、出回る本の種類も数も、以前より随分と増えたよ」
本から視線を上げずに言った男、月島に銀城はうんざりした顔で相槌を打った。
「そりゃ良かったな、月島」
そして、すぐに「それより……」と話を先刻の噂話に戻した銀城は、よほど娯楽に飢えているようだった。
「お前ら、さっきの噂話どう思う?」
「たしか……近頃は、強風の日に怪我人が多発する、という話でしたか? さて? 物盗りか虚の仕業だと思いますが」
「まさか銀城、都市伝説を真に受けてるのかい? 君にそんな可愛らしい一面があるだなんて知らなかったよ」
極めて現実的な考察を述べる眼帯の男、ギリコ。残りページが僅かとなった本から視線を上げて銀城を鼻で笑う月島。
二人に微笑ましげなものを見るような、揶揄うような、生暖かい視線を向けられた銀城は、居心地が悪そうに眉を顰めた。
「今日はいつになく風が騒がしいだろ。酒の肴に思い出しただけだ」
月島やギリコとて、銀城が本気で噂話を鵜呑みにしている、などと考えていたわけではない。
そんなことだろうと思っていた、という様子で、退屈そうな銀城に肩を竦める。
やれやれ……とでも言いたげな態度で、ギリコが立ち上がった。
「仕方のない方ですね。何かつまみを作りに……おや、そういえば……」
「どうしたの? ギリコ」
酒のつまみを作りに行こうと席を立ったギリコが、思い出したように足を止める。
タイミング良く、手にしていた本を読み終えた月島が不思議そうに顔を上げた。
月島の問いかけに、ギリコは大したことではないと首を振って答えた。
「ああ、いえ。つまみを作ろうにも、食材を切らしていたことを思い出しまして」
「ふぅん……なら、買い出しが必要だね」
「ええ」
「ちょうど読み終わったところだし、僕も付き合うよ。そろそろ、これの新刊が出るはずなんだ」
パタン、と読み終わった本を閉じた月島が立ち上がって銀城を振り返る。
「銀城はどうする? 一緒に行くかい?」
「買い出しに男三人もいらねえだろ」
「では、銀城さんは留守番をお願いしますね。戸締まりはして出かけますから、安心してください」
「俺が怪談話にビビってるみてーな言い方やめろよ……」
ジトリ、とした半目で、銀城は買い出しに出かける二人を見送った。
同時刻——流魂街、西六十四地区。
十一番隊管轄の「錆面」。その地区は、6年前に住人達が跡形もなく消えて以降、近隣地区の住民はおろか、死神ですら滅多なことでは寄り付かない。
山間にある廃村、その中でも一際山深い場所にある炭焼き小屋から立ち昇る白い煙が、強風に煽られて細くたなびく。
「わわっ! すごい風です!」
少年とも少女ともつかぬ容姿をした一人の子どもが、風に飛ばされかけた洗濯物を慌てて取り込んだ。
褐色の肌に赤みのある目をした子ども、彦禰は、ここに暮らす唯一の住人だった。
「……ねぇ……。……ねぇ……」
「……?」
たまに彦禰を気にかける、とある死神が訪ねてくる以外、客人がやって来ることはまずない廃村に、微かに人の声がする。
最初、彦禰は気のせいだと考えた。風が梢を揺らす音、吹き抜ける隙間風の音が、たまたま人の声のように聞こえたのだと。
だが、小鳥の囀りのように、か細い声は気のせいなどではない。
僅かに風が勢いを弱め、今度ははっきりと、彦禰は自分に呼びかける声を聞いた。
「……ねぇ。ねぇ、そこのお前」
「はい! 自分のことでしょうか!」
客人の存在を疑問に思いながらも、彦禰は声に振り返り、元気よく返事をする。
炭焼き小屋から少し離れた位置に、白い人影が見えた。遠目にわかるのは、その顔のあたりを覆う仮面。
恐らく、客人は破面だろう。彦禰はそう判断した。割れた仮面を持つ者達と、彦禰はかつて、戦ったことがある。
しかし——記憶を辿っても、彦禰はこの破面に憶えがなかった。
「どちら様でしょうか!」
礼儀正しく無邪気な笑顔で、彦禰は破面に問いかける。
白いフリルの揺れる衣装が目を惹く破面は、昔の彦禰のような目をして問いかけに首を傾げた。
「私? 私は、——◾︎◼——■◼︎」
「……? 申し訳ありません! 風の音でお名前が聞き取れなかったのですが、破面の方が自分に何かご用ですか!」
今日は、びゅうびゅうと風が騒がしい。少し距離が開いていたこともあり、彦禰は突風が木々を揺らす音で、破面の名を聞きそびれてしまった。
もう一度、お名前を……そう思った彦禰が、名前と用件を尋ね直そうとした、次の瞬間——
「うん。あのねぇ。お前に、お願いがあるの」
告げられた言葉に、彦禰の動きと思考が止まった。
「……お前が持ってる霊王の欠片——私にちょうだい?」
「え?」