The Joker's Rhapsody Ⅰ

The Joker's Rhapsody Ⅰ


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影の領域


 錯乱した状態から落ち着きを取り戻したローレアンと話をする。


 先刻までの激しい恐怖や、気が動転していた間のことを、ローレアンは、すっかり忘れているようだった。

 蒸し返して、また振り出しに戻っては、話がちっとも進まない。そう考えた浦原の提案で、ローレアンへの説明は、最低限のものに留めた。


 ここはカワキが空座町の影に拡げた領域であること。カワキがローレアンをここに連れてきたこと。そして、浦原がカワキの雇い主であること——

 簡単な説明の後、事情を聞き出す。

 カワキと浦原の二人は神妙な面持ちで、ローレアンが抱える事情に耳を傾けた。


『——つまり……ローレアン、君の目的は死んだ仲間を蘇らせることだ、と?』

「えぇ!? 全然違うよぉ、殿下……私はいなくなったみんなとまた会いたいだけ」


 十字の瞳孔を持つ薄灰を丸くして、愛嬌のある仕草で驚きを表現したローレアンはカワキの発言に訂正の声をあげた。

 次いで、シュンと眉を下げたローレアンは心配そうな顔でカワキの顔色を窺う。

 その表情は、まるで、自分の話を聞いていなかったのだろうか……とカワキの不調を案じるかのようだった。


「殿下、急にどうしちゃったの?」

『どうかしてるのは君だ』


 間髪入れず、カワキは言った。


「まあまあまあ! 今は話を進めましょうよ! ね?」


 二つの蒼と一つの薄灰、計三つの胡乱な目を一身に浴びながら、浦原はヘラヘラとした笑みを崩さない。

 カワキは軽く溜息を吐いた。

 認識の齟齬について埋めることは後回しにして、ローレアンに視線を戻す。


『……手段の確認をしよう』

「うん」


 ローレアンが、はにかんだ。

 元から人見知りな性格なのか、人当たりの良い笑顔でも漂う怪しさが消えない浦原を警戒しているのか——

 ローレアンは浦原を相手にすると口数が減る。しかし、カワキには好意的な感情を抱いているようだった。

 明確な理由はわからないが、事情を聞き出すのに都合が良いというのは確かだ。

 そのため、ローレアンに対応するのは、自然とカワキが中心になっていた。


 カワキは端的な言葉で事実確認を行う。


『君は「霊王の欠片」を集めている。狙いは完現術、ないしは完現術者。「目的」を叶えられる能力が欲しい』

「そうなの。でも上手くいかなくて……。私……本当にダメな子だ……」


 先刻までの溌剌とした態度を一変させて激しく落ち込み始めたローレアン。

 その切実な悩みを、カワキはたった一言でバッサリと切り捨てた。


『だろうね』


 ローレアンの苦悩などどうでも良い、と言わんばかりに、カワキは淡々と会話を次に進めていく。

 二人の様子は、問診を行う医師と患者ののようにも見えた。

 暗い表情で俯いたローレアンを観察するように眺めて、カワキが問いかける。


『君自身も欠片を取り込んだだろう。君の霊圧からは、破面や滅却師以外の……別の性質も感じる』

「うん」

『望みの完現術が発現するなら、その対象は自他を問わない?』

「そうだねぇ。みんなに会えるなら、誰でもいいし、何でもいいの」

『……何でも?』

「うん。みんなを探してる途中で、他にもたくさん『食べた』よ」


 霊王の欠片以外の「何か」を取り込んだと示唆するローレアンの言葉に反応したのは浦原だ。

 帽子の影に隠れた目を鋭く細めて、それとなく問いかける。


「……ちなみになんスけど、何を食べたかって覚えてます?」


 ローレアンが取り込んだ「崩玉」は本当に自分が作り出した「プロトタイプ」なのか——浦原はそれを確かめようとしているのだろう。

 ぼんやりとした表情で小さく口を開け、しばらく虚空を眺めていたローレアンが、首を横に振った。


「ううん、忘れちゃった。色んなところに行ったし、色んなものを食べたから」

「それは、たとえば……——断界とか?」


 厳重に封印していたというのは、断界でのことだったのか。心の内でカワキは納得に頷いた。


 そして同時に、そうであればローレアンがプロトタイプを手にしていてもおかしくはない、カワキはそう考えた。

 かつて、カワキの友人、井上織姫——今は黒崎織姫が、虚圏に連れ去られる事件が起きたことがある。その時の現場は断界、実行犯は、ローレアンと同じ破面だった。

 破面が使う黒腔は、断界にもその入口を開くことができるのだ。


 光のない目で、浦原の言葉を鸚鵡返しにしたローレアンは首を傾げた。


「断界……。……多分? 覚えてないや」

「……そっスか」


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