Sometimes The Lees Are Better Than The Wine.
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現世・空座町
現れた破面は、ローレアン・ラプラスと名乗った。
出会った当初は、ローレアンが内包するユーハバッハの残滓に夢中になって、気が付かなかったが——
カワキは改めてローレアンを“視る”。
(他にも混じってる)
よく観察すると、ローレアンの魂魄の内にあるものは、ユーハバッハの残滓だけではなかった。
霊王の欠片、欠魂、地獄の気配に近しいものも感じる。そして、何より特筆すべきは——崩玉。
(正確には「崩玉に似た何か」か。藍染が朽木さんから抜き取った……「あの」崩玉に、よく似てる)
カワキが解析した限りでは、ローレアンの内にある「崩玉らしき物質」は、藍染と融合した崩玉に比べると性能は劣る。
それでも、強大な力を宿していることに変わりはない。低品質な紛い物といえど、崩玉の類似品など、易々と生み出せるものではないだろう。
浦原なら何か知っているだろうか。最初に崩玉を生み出した科学者であり、現在の雇い主の顔が浮かぶ。
「……殿下? 何か考え事?」
不安げな声。虚ろな目がカワキを窺う。
——殿下。
カワキをそう呼ぶのは「見えざる帝国」の者だけだ。必然的に、ローレアンはその関係者ということになる。
『君を、私の雇い主に見せようかと考えていた』
「殿下の、雇い主?」
コテンと首を傾げたローレアンは、そのまま壊れた人形のように俯いて黙り込む。
奇妙な反応に目を細めたカワキは、じっとローレアンの様子を眺めていた。
「…………。……嫌だよ」
ポツリと、独り言のような呟きが虚空に落ちる。次の瞬間、ローレアンが突然顔を上げた。
「嫌だ。嫌だよ。会いたくない」
ただでさえ青白い顔から、更に血の気が引いていく。
徐々に浅く、速くなる呼吸の音。大きく見開かれた目は、忙しなく左右に動いて、視点が定まらない。
「怖い人は嫌い。ひどい人は嫌い。大きい人も黒い人も嫌い。……私を閉じ込める人は大嫌い」
夢うつつにいるような、ぼんやりとした話し方を一変させて、ローレアンは早口で激しい拒絶を示した。
小刻みに震えて、首を横に振る様子からは、ローレアンが強い恐怖を感じているとわかる。その目は「今」を見ていない。
恐らくは、心的外傷……カワキは、支離滅裂なローレアンの言葉を拾って己の記憶を辿る。
(——怖い、ひどい……それじゃ絞れないな。大きくて「黒い」……陛下? それに「閉じ込める」、これはキルゲかな)
破面であるローレアンと接点がある者は限られてくる。その中から、ローレアンがあげた特徴に合致する者を絞っていくと、自ずと答えは見えてきた。
「見えざる帝国」で、普段から黒を身につけていたのは、カワキの他に一人だけ。
そして、狩猟部隊・統括狩猟隊長の地位にいた男は、拘束に特化した能力を有していた。
ローレアンが怯えているのは、この二人だろう。
『君は捕虜の一人? ローレアン』
「……嫌……やめて……殺さないで……」
返事はない。
ローレアンは己の体を抱きしめるようにしてブツブツと何事かを呟き続けている。
怯えきった顔に残された一筋の傷跡に、カワキはふと思い出すことがあった。
『その左目の傷……思い出した。キルゲを相手に持ちこたえて、陛下が出向いた破面——なるほど、君がそうか』
「出して……開けてよぉ……!」
少し感心したような声は、カワキにしては珍しいものだったが……過去に囚われたローレアンの耳には届かない。
構う様子もなくカワキは対応を決めた。
『正直、君という存在は、私にとって都合が悪い。あまり、手元に置きたくはないのだけれど……事情を聞く必要がある』
じわり、カワキの足元の影が滲むように動いた。刹那、一気に広がった影がカワキとローレアンを包み込む。
『さあ、おいで。話を聞こう』
◇◇◇
影の領域
影の領域に築かれた城。そこで、カワキと話し込む一人の男。
現在のカワキの雇い主、もといビジネスパートナーである浦原喜助だ。
「——話はわかりました。その崩玉らしき物質……言わば、崩玉のプロトタイプっスね。……アタシには心当たりがあります」
『安心した。ないと言われるよりは良い』
浦原の告白を、カワキはあっさりと受け入れた。
淡白な反応は浦原の予想通りだったようで、浦原は憂いを帯びた表情で視線を斜めに落とす。
「とはいえ、カワキサンに会いに来た破面のお嬢さんが持ってる、ってのはさすがのアタシも予想外っス」
『彼女は他にも色々と混じっていた』
「そのどれかが悪さをしたんスかねぇ……簡単には見つからない場所に封じてたはずなんスけど……アタシの管理ミスです」
いつになく真剣な声色で謝罪する浦原を責めるでも、許すでもなく、カワキは淡々と事実を整理した。
『入手方法は、彼女が落ち着いてから直接尋ねれば良い。その後は……ローレアンの身柄は、どうする?』
感情の読めない蒼色に見上げられた浦原は答えをはぐらかす。
「今は虚圏との関係が安定してますから、問題を起こすのはまずいっスねぇ……この件がバレたら、アタシもカワキサンも今度こそタダじゃ済まないでしょう」
『尸魂界と虚圏が手を組んで討伐に動く、まるで6年前だ。こちらに立つのは、私が二度目、浦原さんは一度目だね』
「……英雄達が不在じゃ同じとは言えないでしょう。しかし、科学者ってのは困ったモンでして……好奇心が抑えられない」
苦笑した浦原にカワキが答えた。
『今は皆、大事な時期だ。織姫さんは特にね。負担はかけられない』
「……ええ。内々に片付けたいとこです」
『好奇心……は、わからないけれど、内々にしたいというのは同意する。ただ……』
ふっと視線を動かして、錯乱したローレアンがいる部屋の方向を見る。
乱高下する霊圧は、一時期の一護のようだ。最も高い時の霊圧は、カワキが知る中でも上から数えた方が早いだろう。
二人は壁に視線を向けて話を進める。
「いやあ、ビックリするほど強いっスね、その『ローレアンサン』って破面……——勝率はどうです?」
『どうかな……何とも言えないね。不確定要素が多過ぎる。可能なら、もう少し勝率を上げてから対処したいかな』
「アタシもっス。……じゃ、方針はこれで決定っスね!」
『そうだね』
双方、言葉より思考の方が早い性質だ。方向性が決まれば、話がまとまるのはすぐだった。
明るい声をあげた浦原が、パン! と手を打ち合わせる。真剣な空気が一気に霧散して……部屋に残ったのは、いたって通常営業の「浦原商店」。
「詳しいことは、本人の話を聞いてからにしましょう! お客様はカワキサンにご用があるみたいっスからね」
『ああ。そのために招いた。危険な賭けになるけれど……6年前の続きをしよう』