Speak Of The Devil Ⅳ

Speak Of The Devil Ⅳ


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流魂街


「いやだ!! だして!!」


 まさしく「かまいたち」と言うべき真空の刃が、無茶苦茶な軌道で四方八方にばら撒かれた。

 先刻までの手加減の一切が消えた攻撃が間近にいたギリコを切り裂く。


「な……ッ!? がはっ! ぐあ……ぁ」


 嵐の如き不可視の刃の群に切り刻まれた肉が、断ち切られた骨が、溢れた鮮血が、無惨に宙を舞った。

 ぼとり——地に落ちた腕と足。風に切り裂かれて、バラバラの肉片が飛び散った。

 吹き荒れる風に運ばれて、血腥い臭いが周囲一帯に漂う。

 自らが切り落とした手足と虫の息で地面を転がるギリコを、濁った薄灰の瞳が視界に捉えた。


「……あ……あ、あ……、うあ……! 腕が、……足が……! わたし……っ」


 大剣を取り落としたローレアンは、眼前の光景に呼吸を忘れて、はくはく、と唇を震わせた。

 自分の為した凶行が信じられなかった。

 何故こんなことをしてしまったのか——わからない。

 何もかもわからないのだ。生死に関わるほどの大怪我を負わせる気などなかった。本当だ。


(あぁ、なのに——……どうして……)


 ローレアンが中空から舞い降りる。動揺でもつれる足を懸命に動かした。

 初めて巣の外を歩く雛のような足取りでローレアンは必死に血溜まりに近づく。

 真っ青な顔で震える手を伸ばし、伏したギリコに指先が触れる直前で、ローレアンは罪悪感に耐え切れずに手を引っ込めた。


 惨めったらしく地面に蹲って、吐き気と涙を堪えて、ひたすら謝罪を口にする。


「ごめ、……なさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい」


 哀れなほど小さく丸まって、両手で顔を覆ったローレアンを見下ろす長身の影。

 壊れたオルゴールのように、ただ延々と「ごめんなさい」と繰り返すローレアンは背後から自分の背中を見下ろす男の存在に気付かなかった。


「わたし……どうして、こんな……。どうして……どう、したら…………」

「自分でやっておいて?」


 動揺、混乱、恐怖、焦燥、後悔……言い表せぬ様々な感情が入り乱れて取り乱したローレアンに、男は冷たく言い放つ。

 無防備な背中を、鋭利な刀が貫いた。


「……あ……」


 ローレアンは自身の胸元から飛び出した切っ先に唖然とした様子だった。

 背後に立った男、月島は、静かな怒りを湛えた薄い微笑みで、刀身を引き抜いた。

 貫かれたローレアンに傷はなく、出血もない。しかし、それは決定的な一撃だ。


「挟んだよ。これでもう……、……え?」


 物語の終幕を綴る言葉は紡がれない。

 今度は月島が唖然とする番だった。虚をつかれたように切れ長の目を見開いた月島は、ポカンと口を開けて固まった。


「何故、『きみ』が……」

「傷が、ない? 血も出てない」


 ローレアンは、固まった月島に見向きもせず、貫かれたところにペタペタと触れて不思議そうに首を傾げる。

 傷口もなければ痛みもない。自分は何をされたのだろう。


(この子の能力は、過去に何かするもの)


 いつの頃からか、ローレアンは見えないものが見えるようになった。

 霊王の欠片を持つ者、そして、その欠片を介して、固有の能力を発現させた者——彼らの所在や能力の傾向を、ローレアンは目視で確認できるのだ。

 長身痩躯の男は、過去に関連する能力を持っている。ローレアンの目はそう告げている。

 だが、ローレアンが自覚する限り、異変は見られない。何かに驚いて、固まって、動けないでいるのは、ローレアンではなく月島の方だ。


「お前、私に何かした?」


 ローレアンは怪訝そうな顔をして月島に問いかけながら、立ち上がるために地に手をついて……生ぬるい液体の感触に、自分が座り込んでいた理由を思い出した。

 鮮明に蘇った罪悪感や焦燥にヒュッと息を呑む。ローレアンは弾かれたように視線をギリコに戻した。


「あぁ……! ごめんね、ごめんねぇ……すぐに手当てしなきゃいけないのに!」


 嘆きの声を上げ、追い立てられるように立ち上がったローレアンは風に散らばったギリコの手足——「だった」ものを素早く拾い集めて派手な外套で包んだ。

 真っ白だった布が見る間に血濡れの赤色に変わる。そんなことは二の次だった。

 ハッと我に返った月島が動くより早く、ローレアンは華奢な身体で倒れたギリコを横抱きにして抱え込む。


「……っ、ギリコ!」

「手当てしてくれる子のところまで運んであげるから、あと少し、もう少しだけ……頑張って…………どうか、死なないで」


 切実な祈りの声。

 ごうっ、と目も開けていられないほどの強い風が吹いた。ギリコを取り戻そうと手を伸ばした月島が片方の腕で顔を覆う。

 またたきの刹那——風が去り、月島が目を開いた。


「……消えた」


 残されたのは、戦いの爪痕だけ。

 ——大きな亀裂が走る地面。

 ——吹き飛ばされた空き家の残骸。

 ——半ばからへし折れた木。

 そして——鼻をつく血腥い臭いと、大地を赤黒く染める血溜まり。


 嵐が過ぎ去ったように、先刻までの強風は静まった。家に閉じこもっていた流魂街の住人が外に出始めるのも時間の問題だ。

 騒動が耳目を集めることになるのは火を見るよりも明らかだった。


「困ったな……」


 雲が晴れた青空を眩しそうに見上げて、ボソリと呟いた月島は、足元に僅かな燐光を散らしてその場を立ち去った。


◇◇◇


流魂街・志波邸


 食材の買い出しに出かけたきり、待てど暮らせど帰って来ない二人を待ちながら、銀城は大人しく留守番を務めていた。


「俺は一体、どこの秘境で買った食い物を出されるんだ? どうせ、強風でここらの店が閉まってんだろうが……」


 あぐらを組んだ膝に片腕を立て、頬杖をつきながら、酔いが醒めた銀城はぶつくさと文句を垂れる。

 いつからか、騒がしかった風はすっかり収まっていた。何軒の店を梯子して、今頃どこをほっつき歩いているか知らないが、そろそろ二人が買い出しから戻っても良い頃だろう。


「……外の様子見についでに、出迎えでもしてやるか」


 退屈を持て余した銀城が腰を上げた。

 誰が聞いているでもないのに、言い訳のような言葉を呟いた銀城が襖の前に立つ。


 何やら、廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえた。

 一体何事かと、外出ついでに様子を確認しようと思いながら、銀城が引手を掴もうとした瞬間——

 ガラリと勢い良く襖が開かれた。


「うおっ!」

「銀城!!」


 いかに志波邸と言えども、襖に自動開閉機能など搭載してはいない。

 銀城が襖を開けようとした瞬間、外から襖を開けた者がいたのだ。


「おう、岩鷲じゃねえか。そんなに慌ててどうした。また姉貴に扱かれてんのか?」

「違えよ! ふざけてる場合でもねえ! 俺はお前を呼びに来たんだ!」

「俺を……?」

「大変なんだ! 月島とギリコが……!」


 それは、日常が崩れ去る瞬間だった。


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