Speak Of The Devil Ⅲ

Speak Of The Devil Ⅲ


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流魂街


「えいっ!」


 気が抜ける掛け声をあげて、破面が大剣を薙いだ。瞬間、不可視の刃が地上に飛来する。

 大きな音を立てて地面を抉った風は土埃を巻き上げて周囲の視界を奪った。月島とギリコは土埃に紛れて身を隠しながら作戦を立てる。


「すごい威力だね。直撃したら終わりだ」

「目に見えないというのが何ともやり難いですね……私が前に出ます。月島さんは隙を見て『栞』を」

「わかった」


 短いやりとりで、二人が動きを確認したのとちょうど同じタイミング、姿を隠していた土埃が急速に晴れた。

 風だ。吹き抜けた旋風が視界を遮る土埃を吹き飛ばして、月島とギリコの姿が曇天に晒される。


「みぃーつけたっ」


 かくれんぼをする子どものように幼気な笑み。破面、ローレアンは、表情や言動に似つかわしくない大剣を掲げた。

 完現術で肉体を強化したギリコが囮役となって飛び出す。その隙に月島は逆方向に走り、ローレアンから身を隠した。


「あれっ!? 逃げちゃった……お前達、あんなに仲良くお話していたのに、お友達じゃなかったの?」

「知能が低いというより、幼いと表現した方が適切でしたか……大人には様々な関係があるのですよ、破面のお嬢さん」

「……? 私はお前より大人だよ」


 怪訝そうな表情で、ローレアンが大剣を振り下ろす。

 受け身に回ろうとして……ギリコの脳裏に蘇ったのは今際の際の記憶。背筋に同種の悪寒が走り、脂汗が吹き出した。

 咄嗟に防御から回避に行動を変更する。


「く……ッ!」


 大地を揺らす凄まじい一撃。

 大剣の切っ先が触れた箇所から、地面に大きな亀裂が走った。

 直撃は回避したものの余波と周囲に吹く風にギリコは体勢を崩して地面を転がる。

 防御していたら今頃は……ギリコは先刻の自分の判断は正しかったと再認識した。同時に、ローレアンへの評価に上方修正を加える。

 生前の最後を思い出して、脂汗と震えが止まらない。


「はっ……、はっ……はぁっ……! 何という……」


 ローレアンに殺意はないが、二人の間には、雛と成鳥より大きな力の差があった。その気がなくとも、嘴でつつかれただけで雛の側であるギリコは命に関わる。

 顔色を悪くして息を荒くするギリコが目に入っていないのか、ローレアンは衆目を気にしているようだった。

 遠目に見える瀞霊廷の外壁に目をやってローレアンは心配そうに呟く。


「騒がしくすると人が集まって『あの人』に怒られちゃう……」


 叱責を恐れるローレアンの言葉にギリコは眉根を寄せた。

 少し戦っただけでわかる。この破面は己より格上だ。自分達のリーダーである銀城ですら、まともに戦えば勝敗は怪しい。

 それを従える何者かが、この騒動の背後に潜んでいる——嬉しくないニュースだ。

 膝をつき、敗色に冷や汗をかいたギリコにぬっと白い手が迫った。

 魂魄に混じる霊王の欠片を奪おうとする頼りなく、けれど恐ろしい魔の手をギリコは巨木のような腕で弾く。


「貴女ほどの強さを持つ存在が、一体誰を恐れているのです?」

「……私、強い? えへへ、ふふふっ……褒められちゃった」


 大剣を携えたまま、照れたように両手で頬を覆ったローレアンに、ギリコは無言で考える。

 現れた時から思っていたが、どうにも話が通じない。言葉の断片のみを聞いて会話をしているような異質な雰囲気を感じる。

 会話を通して意識を逸らし、黒幕の正体に繋がる糸口を掴めはしないものかと語りかけていたが——後者は徒労に終わりそうだ。


「私、とっても強いでしょう? お前よりずっと大人で、ずっと強いんだよ。やっとわかってくれたんだねぇ」


 ローレアンはギリコが抵抗を諦めて霊王の欠片を差し出す気になった、と勘違いをしたようだ。

 ニコニコとあどけなく機嫌良さげに笑うローレアンに、ギリコは溜息をついて頭を振った。

 話が通じる相手ではない、という疑念が確信に変わる。


「…………会話は無駄だったようですね」

「……? ほら、おいで。欠片をくれる気になったんでしょう?」

「お断り致します。これは私と『時の神』を繋ぐもの……貴女に渡すつもりなど毛頭ありません」


 恐怖を押し殺して毅然とした態度で要求を跳ね除けたギリコに、ローレアンは呆然と問いかける。


「……どうして」


 虚空を映す瞳。人が変わったように周囲の言葉など耳に入らない様子のローレアンは、ブツブツと捲し立てた。


「私はお前より強い。お前は私に勝てないよ。逃げられない。誰も助けてくれない。それなのに、言うことを聞かないの?」

「突然何です? 様子が……」

「ねえ、どうして? 他にお前が選べる道なんてないよ。だって、そうじゃないと、あのときの……、わたしが…………」


 心ここに在らずという様子で頭を抱えて俯きながら訳のわからぬことを呟き続けるローレアン。

 事情は知らないがこれはチャンスだと、ローレアンの様子に勝算を見出したギリコが立ちすくむローレアンと一気に間合いを詰めた。


「戦闘中に考え事とは余裕ですね!」

「…………。……あぁ、いけない……またぼーっとしてた……欠片、集めなくちゃ」


 ゆるやかに意識をこの場に戻しつつあるローレアンが、完全に正気に返る前にと、素早く背後に回ったギリコ。

 筋骨隆々の腕で、ギリコはローレアンの小さな体を羽交い締めにする。ローレアンはキョトン、とした顔で口を開けた。


「……えっ?」

「捕らえましたよ! さあ、今です!」


 ——『捕らえましたよ。貴女は「合格」です』

 ローレアンの脳裏に、いつか、どこかで耳にしたことのある声が響いた。


「……あ……、……ひ……ッ!」


 色褪せた映像が目まぐるしくローレアンの頭を駆け巡る。登場人物の顔はインクで塗り潰されたように判別できない。

 けれど、悲鳴ばかり鮮明に聴こえて……心臓が早鐘を打ち気道が狭くなる。


(ちがう。しらない。こんなこえ、こんなことば、こんな……きおく、は…………)


 次の瞬間、ローレアンの霊圧が爆発的に上昇した。吹いていた風が勢いを増して、周囲に竜巻が渦を巻く。

 ほんの一瞬だけ、焦点が合わなかった目に、強い光が宿った。ローレアンの意志に呼応するように、ごうっと風が鳴る。

 狂乱のままにローレアンが叫んだ。


「いやだ!! だして!!」


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