Speak Of The Devil Ⅱ

Speak Of The Devil Ⅱ


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流魂街


 雨こそ降っていないものの天気は曇天。台風のような風が流魂街を吹き抜ける。

 近頃は物騒な噂もあり、こんな風の日に出歩く者はほとんどいない。人気のない町は、使われなくなった映画のセットのようだった。


 びゅうびゅうと吹く風の音と、がたつく戸がぶつかる音だけが流魂街に響く。

 そんな町中を歩く二つの人影があった。

 かたや眼帯の紳士、かたやサスペンダーの青年。食材の買い出しに来ていたギリコと月島だ。

 しっかりとした足取りで強風の中を歩きながら、ギリコは溜息交じりに言う。


「嵐でも来たような風ですね。かまいたちが噂になっていますが……この強風では、怪我人も出るというものです」

「最近、風が強い日が多いよね。台風でも近づいてるのかな? こっちに来て数年になるけど、台風なんて初めてじゃない?」

「ええ……食材を売っている店が開店していると良いのですが」


 生前を思い出して、ギリコが呟く。

 現世でも、台風が近付くと早仕舞いする店は多かった。まして、文明の利器のない流魂街であれば尚更だろう。

 店が開いていなければ、無駄足を踏んだことになる。大した手間ではないが、良い気分ではない。

 噂話を引き合いに出して、ギリコは愚痴をこぼした。


「かまいたちには困ったものです」

「……案外、実在したりしてね」


 ギリコの愚痴に薄く笑って、噂話は真実かもしれないと言い出した月島に、ギリコはおや? と訝しげに片眉を上げた。

 視線で続きを促すギリコ。面白がるように切れ長の目を細めた月島は、ネタバラシをするように言葉を続ける。


「強風で空気中に真空ができると、皮膚が切れるってやつさ。寒さや塵旋風……著者によって説は分かれるところだけど」

「ああ、なるほど。それなら納得も……」


 ピタリと、ギリコは言葉を止めた。

 一瞬にして、日常が非日常に変わった。

 辺りに緊張感が漂う。先刻までの穏やかな雰囲気は消え、あるのは戦場の空気。

 月島の長い指先にはすでに栞が挟まれている。懐に手をやり視線を鋭くしたギリコが、風が吹き荒れる中空を睨んだ。


「……何者です?」

「ふふっ……! うふふ、あはは……!」


 きゃらきゃらと笑う声が響く。

 嬉しそうな、楽しそうな、喜びに満ちた囀り。

 声の主は強風の中心にいるようだった。鈴が転がるような笑声が木霊する。

 渦を巻く強烈な風が止んで……その中心にいた存在が、姿を現した。


「やった、やったぁ……! 今日は欠片を持ってる人がい〜っぱい……なんて素敵な日……」


 恍惚とした表情で笑うのは、白い道化。

 狂喜に頬を染めた少女が、身の丈ほどもある大剣を抱き締めるようにして笑う。

 地上にいる二人に嬉しそうな顔を向ける道化師の少女。トランプの形に割れた仮面で右目を覆われた道化師は、薄灰の左目で二人を捉えた。

 だが……その目は、二人を個として認識していない。


「一つ、二つ……ふふふっ」

「おや……無視ですか。これは舐められたものですね」

「破面か。それに『欠片』、ね……」


 上機嫌に独り言を呟き続ける破面の狙いを察して、月島は目を細めた。またか……という様子で戦闘態勢を取る。

 生前から——いや、それこそ生まれる前から、彼らの身には、同じような出来事がよく起こっていた。

 件の言葉は、竜巻の中から現れた破面が今から自分達に何をしようとしているのか——察するに余りあるものだ。


「……狙いは霊王の欠片かい?」

「……? うん、そうだよぉ。お前は賢い子なんだねぇ」

「あっさり認めたね。隠さないんだ」


 意外そうに言った月島。

 ギリコは冷ややかな眼差しで中空に立つ破面を見据えて、推察を述べた。


「どうやら、あまり知能が高くない個体のようですね……二対一で我々を倒そうなどと考える時点で、明白なことでしたか」


 呆れた調子で溜息を吐いたギリコが思い出したように首を傾げる。


「ふむ……。しかし、先程の登場の仕方、もしや噂のかまいたちとは、彼女では?」


 ああ、言われてみれば……と破面が風の中から現れたことを思い出し、面白そうに月島は口の端を上げた。

 その指先に挟まれた栞が引き抜かれる。


「破面が尸魂界に来て、かまいたちなんて怪談話に仕立て上げられる……か。まるでホラー小説や推理物の冒頭みたいだ」


 燐光に包まれた栞が、たちまち刀の形へ姿を変えた。懐から古めかしい懐中時計を取り出したギリコが隣に並ぶ。

 霊圧を上げていく二人を前にしてなお、破面は空虚と恍惚が入り交じった不気味な笑顔を浮かべていた。

 子どもに言い聞かせるような、優しげな口調で破面が語りかける。


「大丈夫……大人しく欠片をくれるなら、痛いことなんてしないよ? ね?」


 こてん、と首を傾げて恭順を求めた破面の周囲に小さな旋風が渦巻き始めた。


「さあ……お前達が持ってる欠片——私にちょうだい?」


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