Speak Of The Devil Ⅰ
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流魂街
流魂街、西六十四地区「錆面」。
住民達が消え、人の気配が絶えて久しい廃村に、複数人の草履の足音が木霊する。
荒々しい足音の主は、この地区を管轄下に置く十一番隊の隊士達だ。
「出て来い、コラ!」
「どこ行きやがった、通り魔野郎!」
彼らの任務は、連続襲撃事件の犯人確保と被害状況の確認。この地区で連続襲撃犯の霊圧が捕捉されたとの警報があり、送り込まれた人員だ。
つまり索敵——場合によっては戦闘と、人命救助が今回の任務なのだが……荒くれ者が大半の十一番隊の隊士達は、すっかり前者の任務に意識を集中させている。
「コソコソ隠れてんじゃねえぞ!」
「捜せ、捜せェ!!」
襲撃犯を探す隊士達の様子は賊が集落を襲っているかのようだ。被害者が出ていた時のために同行していた四番隊の隊士は、その様子に顔を引き攣らせている。
少し前までびゅうびゅうと吹いていた風は、彼らが村にやって来た頃には収まっていた。
声を荒らげた死神達の襲撃犯捜索の音は静かな山間によく通る。
「おーい、誰かいないのか!」
荒くれ者の怒鳴り声に負けじと、被害者や生存者を探して男は声を張り上げた。
捜索を続けているうちに、集落の中でも奥まった場所まで来た男が、山際の炭焼き小屋に足を止める。
この小屋の周囲だけ、人が生活している痕跡があったのだ。不思議に思いながら、男はグルリと周辺を見渡した。
「……! ……あれは!」
男の視線が小屋近くの木陰で止まる。木に寄りかかるように寝かされた子どもに、男はヒュッと息を呑んだ。
一目でわかるほどひどい大怪我だった。
「……ッ、こっちだ! 被害者がいた! おい! 君! しっかりしろ!」
「………………」
返事はない。大声で仲間を呼びながら、男は発見した子ども、彦禰に駆け寄る。
意識を失い、ぐったりとした身体を抱き起こすと温かかった。襲われてからあまり時間が経っていないのだろう。
まだ助かる命だと、男は懸命に救護活動にあたるが——
「すぐに治療を……、……? なんだ? 傷が、うまく塞がらない……?」
あらゆる意味で特殊な生まれの彦禰は、一般の回道での治療は難しい。
困惑と焦りに顔を曇らせた男のもとに、先刻の呼び声を聞きつけた他の隊士が続々と駆けつける。
「大丈夫か!? 犯人は!?」
声に駆けつけた十一番隊の隊士が、男に問いかけた。付近に潜伏した襲撃犯が獲物を狙っているのでは、と警戒したのだ。
治療に集中する男を守るように、十一番隊の隊士達が周囲を囲む。
男は問いかけに答えながら、己の力不足と襲撃犯の所業に、血を吐くような叫びを上げた。
「いや、この子を見つけた時にはもう……くそ……ッ、どうして治らないんだ!? このままじゃ……っ、かまいたちめ!」
「どうする!?」
グッと奥歯を噛み締めた男は、この子の命が最優先だと、意識を切り替えて今ここで出来る最大限の応急処置を彦禰に施す。
程なくして「西六十四地区でかまいたちによる被害者を発見」という報告を受けた総隊長、京楽の指示で、彦禰は貴族街へと運び込まれることとなった。
◇◇◇
瀞霊廷・貴族街
貴族御用達の治療施設、真央施薬院。
元四番隊副隊長にして山田花太郎の兄、山田清之介が総代を務める高位貴族御用達の治療施設である。
並外れた回道の腕前を持つ清之介の治療を受け、彦禰は一命を取り留めた。
しかし——
彦禰が運び込まれてすぐに真央施薬院へ足を運んだ京楽が、未だ目を覚さない彦禰を見つめて呟く。
「魂魄を削り取るなんて……ひどいことをするもんだ」
それは治療過程で判明した事実。そこでようやく、死神は襲撃犯の目的とその脅威を思い知った。
彦禰は大きく魂魄を削られていた。
綱彌代家が代々収集してきた霊王の欠片を使って、新たな霊王とするべく人為的に生み出された存在である彦禰。
連続襲撃犯の狙いは霊王の欠片であると考えて間違いないだろう。
その身に宿すことで、魂魄を使役する力や固有能力を発現させることが出来る霊王の欠片。狙われることもあるだろう。
だが、問題はそこではない。
「総隊長……かまいたちは……」
京楽に付き従って真央施薬院へ見舞いに来ていた、一番隊副隊長、七緒は困惑した声で京楽を仰ぎ見た。
眼鏡越しの視線には、困惑と大きな懸念が湛えられている。
皆まで言わずとも、七緒が案じることは京楽とてわかっていた。同じ懸念を抱いた京楽は、心労に溜息を吐いて相槌を打つ。
「そうだねえ……参ったなあ。まさかこの子が被害者になるとは。ボクは怪我をするのは襲撃犯の方だと思ったんだけど……」
彦禰は、綱彌代時灘が新たな霊王とするべく造り上げた。全盛期には隊長格を同時に相手取って圧倒するほどの強さを有していたのだ。
終戦から半年、彦禰にとっては生後間もない頃に起きた、ある事件。その出来事で全盛期より力は落ちたが……それでも彦禰は並の死神より余程強かった。
「かまいたちは、この子から欠片を奪える強さだってことだよねえ……。本当に妖怪だったりして」
京楽は肩を竦めながら天井を仰ぎ、現実逃避のような発言をする。
これまで後回しにしてきた案件が、ここにきて牙を剥いたのだ。勘弁してよ……と京楽は弱々しく額に手を当てる。
かまいたちは、霊王の欠片を集めて何を成そうとしているのか。それ以前に、正体すらまだ掴めていない。
仕事は山積みだった。何から手をつけたものか……と、天井を仰いだまま考え込む京楽に、七緒が心配そうに呼びかける。
「……総隊長……いかがなさいますか? 今までのように放置するわけには……」
「ああ……わかってるさ、七緒ちゃん」
このまま病室で考え込んでいても、仕事は何も片付かない。
七緒の声で、意識を非常事態への対処へと切り替えた京楽は、護廷十三隊の総隊長らしい威厳を持って低く答える。
「これはきっと大事件になる——……ボクらも本腰を入れて動かないとね」
あの時と同じ、冷たく沈むような霊圧をまとった京楽は、静かに病室を後にした。