First Catch Your Rabbit Ⅱ

First Catch Your Rabbit Ⅱ


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瀞霊廷・技術開発局


 瀞霊廷、技術開発局。

 今も新薬や新霊具の開発、研究が盛んに行われているそこは、十二番隊の管轄だ。

 その一室、怪しげなフラスコや謎の装置が置かれた部屋で、面妖な黒い化粧の死神と花柄の着物を羽織った死神が机を囲んで向かい合っていた。


「悪いねぇ……涅隊長。美味しいお茶まで出してもらっちゃって」

「速やかに飲み終えて帰り給えヨ、総隊長殿。ご覧の通り、私は多忙でネ……君とのくだらない世間話に割く時間はない」


 面妖な黒い化粧の死神は技術開発局局長にして十二番隊隊長、涅マユリ。右手中指の長い爪を立てて向かいの席を睥睨する。

 直球の嫌味をぶつけるマユリに、目の前の死神は苦笑した。


「いやいや、今日は大事な話があってここに来たんだ。話くらい聞いてほしいなぁ」


 花柄の着物を羽織った死神、護廷十三隊総隊長である京楽春水は、飄々とした態度でマユリに笑顔を向ける。

 しかし、その視線はいつになく鋭いものだった。マユリの無礼な態度に腹を立てたわけではない。

 京楽の眼差しは、総隊長自ら技術開発局に足を運んだ理由が、真実、重大な事案であることを示している。

 察しが良いマユリが気付かぬはずもなく——少しは京楽の話に関心を持った様子でマユリは話の続きを促した。


「……何だネ。言ってみ給えヨ」

「ありがとう。涅隊長は『かまいたち』を知ってるかい?」

「かまいたち……ああ、アレかネ」


 途端、マユリは露骨に退屈そうな溜息を吐いて天井を見上げる。その目は、京楽の話に対する関心を完全に失っていた。

 期待外れだという態度を隠しもせずに、肩を竦めて両手を上げたマユリは、淡々と京楽の問いかけに答える。


「まったく……。総隊長直々の話だというから、何かと思えば……件の連続襲撃事件の話かネ」


 連続襲撃事件——流魂街ではただの怪談として取り沙汰されている「かまいたち」は、実のところ、迷信などではない。

 ここ最近、人々の口の端に上がるようになった怪談は、被害者が発生している歴とした事件である。

 それは、死神には周知の事実であった。


 瀞霊廷と流魂街の出入りが以前より緩和された今、流魂街の住人達に「かまいたちの噂は真実である」と知られれば、瀞霊廷に人が殺到しかねない。

 そうなれば混乱は避けられないだろう。

 そこで、民衆には、事件は都市伝説の類であるとして認識させ、真相を伏せる運びとなったのだ。


「現世と尸魂界にまたがった襲撃事件……犯人は虚か滅却師共の残党勢力といったところだろう……実にくだらない」


 その一方で、死神は熱心に事件の解決に向けて動いているのか? と問われると、これには疑問符がつく。

 この襲撃事件は、死神にとってはあまり差し迫った課題ではなかったのだ。


「後回しにしていた案件ではあるけどね、仮にも隊長の一人が襲撃事件をくだらないとは、ちょっと言い過ぎじゃないかい?」


 困ったように眉を下げてマユリを窘める京楽も、対処を先延ばしにしていた自覚があり、強く注意することはできない。

 というのは、今回の事件に共通する特徴に理由があった。


 今回の事件の共通点。

 一つは「かまいたち」という噂の通り、事件の日は決まって強風が吹き荒れていること。そして、もう一つは、被害者が皆、一様に治療を受けて返されること。

 自ら傷をつけた相手をわざわざ癒やして返す……というのは奇妙なことではあったが、そのおかげか幸いにも死者はいない。

 そのため、危険性が低いと判断されて、事件への対処は後回しにされていたのだ。


「事実だろう? 長らく放置しておいて、今更、取り繕うことに何の意味がある? 理解しかねるネ」

「なにせ、人手が足りないからねぇ……」


 目を伏せた京楽が寂しげに呟く。

 それは6年前の戦争の爪痕。先の戦争で膨大な数の戦死者を出した死神は、未だに人手不足だった。


「運良く死者が出ていないとはいえ、怪我人は増える一方……上は渋るだろうけど、いつまでも放置はできないだろう?」


 苦笑して言う京楽を馬鹿にするように、ふんと鼻を鳴らしたマユリが答える。


「その件ならとっくに手は打ってあるヨ」

「おや……! そうなのかい?」


 京楽は驚いた顔で眉を上げると、マユリに聞き返した。

 誰にものを言っているという目で自分を見るマユリに、京楽は苦笑しながら感嘆の言葉を返す。


「さすがは涅隊長、仕事が早い。あんまり早いから……まだボクのところまで報告が届いてなかったみたいだ」


 顔は笑っているが、目が笑っていない。

 仕事が早いのは良いが報告がなかった、京楽が言外にマユリを問い詰める。


「もしかして……他にも涅隊長が対処してくれてる案件があるのかな? ボクとしては、そうだとしたら助かるなぁ」

「……フン。『私は多忙だ』と言ったはずだが?」


 目の届かぬところで他にも勝手な真似をしているのではないだろうな、と太い釘を差されたマユリは、面白くなさそうに否を返した。

 渋々ながら席を立ったマユリがモニターをいじる。


「件の襲撃者の霊圧は、すでに捕捉済みだヨ。出現と同時にアラートが……おや?」

「どうしたんだい? 涅隊長」


 手を止めたマユリの背中に、首を傾げた京楽が問いかけた。

 不思議そうな声に、どこか愉快そうに喉を鳴らしてクツクツと笑ったマユリが京楽を振り返る。


「喜び給え、ちょうど、かまいたちが出現したようだヨ。ほう……流魂街、西六十四地区……これはまた、懐かしい場所だネ」


 目と口をニイ、と三日月に歪めたマユリに、血相を変えた京楽が指示を飛ばした。


「……っ、すぐに人を回してくれ! 回道が使える者を呼ぶんだ!」

「阿近」

「はい、隊長」


 総隊長命令を受けて、呼びつけた副官を動かしたマユリは、ふむ……と首を傾けて襲撃者が出現した地点を示すモニターの光を眺める。

 それは、試験管の中で起きた反応から、事象を紐解く科学者の横顔だった。


「あの地区はたしか……なるほど? 犯人の狙いが見えてきたネ」


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