Never Confuse A Single Defeat With A Final Defeat Ⅳ
◀︎目次
空座町
「じゃあな、ガキども。てめえらに個人的な恨みは無えが、現世の空気は合わねえんだよ。そろそろ片付けて帰らせて貰うぜ」
手早く止血を済ませて、続く恋次の攻撃に備えようと態勢を整えたカワキは、直後に驚くべき光景を前に目を丸くした。
『朽木さん、何を……』
「な……放せ、コラ! てめえこれ以上、罪重くする気かよ!? 放せバカ野郎!」
「に……ッ、逃げろ一護! カワキ!! 動け! 立ち上がって逃げるのだ!!」
懸命に「逃げろ」と叫びながら、恋次を止めようと掴みかかったルキアに、カワキは困惑した。
顔に出ないだけで、心の中には泡のように疑問が湧き出る。
(どうしてそんな無謀な行動を? こんなことをして、彼女に何の利益がある?)
客観的に見て、カワキと一護を逃がしたところでルキアに利益はない。恋次の言う通り、罪が重くなるだけだ。
恋次一人に苦戦するような者が、ルキアを救い、尸魂界から差し向けられる追手に対処するなど夢物語だと、カワキであればそう考えただろう。
大前提に、現世(ここ)でルキア捕縛を阻止できなければ、現世の人間が尸魂界に向かう手段など「死」以外に無いのだ。
「立ち上がって戦え」と。「今のうちに隙をつけ」と。そう言うのであれば、理解もできた。だが、「逃げろ」とは——
(いや……それは今、考えることじゃないな。大事なのは「隙ができた」という事実のみ……)
カワキには、ルキアの思考は理解の外にあるものだった。故に——ただ事実のみをもって状況を分析し、最適解を叩き出す。
冷淡を通り越して、いっそ自身の感情の全てを押し殺しているとすら思える淡々とした調子で、カワキは撤退を提言した。
『潮時だ。今の私達に、彼女は救えない。せめて最期の願いだけでも……一護?』
ふと言葉が途切れた。異様な霊圧の変化を感知し、カワキが黙り込んだ一護を振り返る。
俯いたまま、ゆっくりと地面に転がった大太刀に手を伸ばした一護を見て、恋次が意外そうに呟いた。
「てめえ、まだ動く力が残ってやがったのか……。丁度イイぜ。そんじゃ、いっちょ景気よく派手に斬り合って死んでくれ!」
ニイ、と口角を上げた恋次が、ゆらりと立ち上がった一護に切っ先を向ける。
死に損ないの悪あがきだと、高を括って構える恋次。焦ったルキアが叫ぶ。
「一護! 動けるなら逃げろ! カワキを連れて逃げるのだ一護っ! ……一……」
違和感に、ルキアが言葉を止めた。
気配を押し殺したカワキと白哉は、どこか緊迫感を漂わせながら、真剣な目で一護の変化を観察する。
顔を伏せ、だらりと腕を下げた一護は、しかし、刀を握った手のひらだけは決して緩めることはなかった。
——何かが、軋む音が聞こえる。
これとよく似た現象を、カワキは少し前にも目にしたことがあった。
『これは……大虚と戦ったあの時の——』
僅かな変化も見逃すまいとする獣の目が一護を捉える。今はもう、カワキの視界には一護の姿しかなかった。
(思い出せ。あの戦いの後——一護はどうなった? ……これは……少しまずいことになるかもしれない)
白い布に落とした一滴のインクがジワリと滲んでいくように、嫌な予感がカワキの心に染み込んで影を落とした。
余裕の表情で上段の構えを取った恋次が一護を挑発する。
「どうした? 来ねえならこっちからいくぜ」
瞬間——
一護の斬魄刀の柄が弾けた。恋次の視界から一護の姿が消える。
「何……! ……だ、てめえ……!」
噴き出した血。痛みが遅れて肩に走る。
恋次は己の背後に着地した一護に反撃を加えようと振り返り——
本能的な恐怖が、恋次の行動を攻撃から防御に転じさせた。しかし一護は、恋次が防御に構えた斬魄刀諸共、恋次を容赦なく吹き飛ばす。
手すりを掴んで勢いを殺し、両足で地を踏んだ恋次がガバリと顔を上げた。額から流れ出た派手な出血が、道路にビチャリと血痕を残す。
「はっ! どうしたよ!? えれー動きがニブくなったじゃねえか!? 急によ!」
自分の変化を実感できないでいるのか、興奮して昂った様子の一護が嗤う。
「何でだかよくわかんねーけど、いい気分だ!」
『……一護』
「今!! 傷の痛みも無え!! テメーに敗ける気も全然しねえ!!!」
『一護。私の言葉を聞いて。今の君は……おかしい。そのまま霊圧を上げ続けたら、君の身体が……』
「……終わりにしようぜ! 俺が勝って、終わりだ!!!」
カワキが諭す声も耳に入らないようで、高揚に身を任せた一護が恋次に斬りかかり——
次の瞬間、恋次の身を裂くはずの刀身が根元から折れてなくなった。
「……な……」
『朽木……白哉……』
呆気に取られた一護が、第三者の介入に気付いて振り向いた先——そこには折れた刀身を、指先でつまんで佇む白哉の姿。
白哉は見せつけるように、掲げた刀身を指先から放して、静かに腰に差した刀へと手を伸ばした。
強張った表情の一護が攻撃のタイミングを見極め、応戦しようとして——カワキが焦りを露わに声を荒げた。
『ダメだ、一護! その男は——』
一護の胸から、勢い良く血が噴き出す。一瞬の後、カワキも同様に血を流しながらグラリとその身を傾けた。
『……あ……』
倒れていく二人の傍らに立ち、冷たい目をした白哉は平坦な声で告げた。
「鈍いな。倒れることさえも」