Never Confuse A Single Defeat With A Final Defeat Ⅲ

Never Confuse A Single Defeat With A Final Defeat Ⅲ


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空座町


 カワキが加わり二対一となった戦いは、しかし、恋次が優勢を保っていた。

 というのも——カワキと一護は、個々に優れた点はあれど、二人揃うとまるで連携が取れていなかったからだ。

 戦い方、思考、身のこなし……カワキと一護は、これまで歩んできた道程と、積み重ねてきた経験が、あまりに違いすぎた。

 ——互いに、相手の思考が読めない。

 一護を護ろうとするカワキと、カワキを護ろうとする一護。二人はかえって互いの足を引き合い、追い込まれていった。

 一護の肩口に裂傷が走る。しまった、というように、カワキが目を丸くして一護を振り返った。


『あ』

「終わりだな。てめえは死んで力はルキアへ還る」


 膝をついた一護に恋次が告げる。


「そしてルキアは、尸魂界で死ぬんだ」

『一護は死なせない』

「はははははっ! 足引っ張り合いながらよく言うぜ!」


 恋次から一護を隠すようにして二人の間に立ちはだかったカワキの言葉を、恋次は大口を開けて笑い飛ばした。

 図星をつかれたカワキは、険しい表情で恋次を睨めつける。蒼い目に、殺意の光が灯った。

 しかし、恋次はもう怯まない。笑みすら浮かべて挑発を続ける。


「てめえみてーな人間の女と、そこのガキみてーなニワカ死神じゃ、オレ達本物にはキズ一つだってつけられやしねえん……」


 言葉が途切れる。

 恋次の顎に、小さな太刀傷が走った。


「……!」

「……おっと、ワリー……。ハナシの途中だったけどよ、あんまりスキだらけだったもんで、つい手が出ちまった……」


 ふらつきながら恋次に傷を負わせた一護は、強がった笑みで構え直す。

 息が上がって肩が上下する様子からは、虚勢を張っていることなど見え透いていたが、カワキは氷のようだった表情を僅かに緩めた。


『……一護……よかった、まだ動けるね』


 先刻の出来事が取り返しのつかない失態ではなかったことに、カワキが安堵の息を吐いたのも束の間のこと。


「……気を抜きすぎだ、恋次」

『……!』


 これまで一言も発さず佇んでいた白哉が口を開いた。カワキが顔色を変えて白哉に目を向ける。

 対する白哉は、己を警戒するカワキではなく、一護に関心がある様子だった。


「……その黒崎一護とかいう子供……見た顔だと思ったら……33時間前に隠密機動から映像のみで報告が入っていた」

『………………』


 一護の顔に見覚えがあると語る白哉に、カワキのまとう空気が冷えていく。


「大虚に太刀傷を負わせ虚圏に帰らせた、と……」


 恋次が白哉の言葉に息を呑んだのはほんの一瞬のこと、すぐに「ぶっ、ははは!」と吹き出して笑い始めた。


「ははははっ!! やってらんねーな! 最近は隠密機動の質も落ちたもんだ!! こんな奴が大虚に傷を負わせた!?」

「こんな奴!?」

『一護、黙って』

「だってよ、カワキ……」

『いいから。笑わせておけばいい』


 おかしくて仕方がない、という態度で大笑いする恋次に指を差された一護が、腹を立てた様子で顰め面になる。

 「大虚」という名称は知らずとも、話の流れから一昨日の巨大な虚のことだろう、と察して反論しかけた一護を、固い表情のカワキがピシャリと黙らせた。


(笑い飛ばされるうちが華だ。今、本気を出されるとまずい。制限がかかっている間に解決策を考えないと……)


 隠密機動の報告を事実として受け止めている白哉を注意深く警戒しながら、カワキは無表情の下で考える。

 カワキに負けず劣らずの冷淡極まる表情で、白哉は恋次を諌めるように、静かに名を呼んだ。


「……恋次」

「そんな話、信じられるワケがねェ!! オイ、てめえ! その斬魄刀、なんて名だ!?」


 諌める白哉の声も聞かず、恋次は状況を理解できずに突っ立っている一護に、荒々しく問いかける。

 急に話を振られた一護は、虚をつかれたように「あ!?」と声を上げ、コイツは何を言っているんだという顔で恋次を見た。

 抑揚が少ない中でもどこか焦ったような早口で、カワキは質問に答えないよう一護の声を遮ろうとする。


『一護、無視して。戯れ言だ、答えなくていい』

「無えよ、そんなもん! ……てか斬魄刀に名前なんかつけてんのかテメーは!?」

「……やっぱりな」

『…………』


 確信に満ちた声色。

 一護が斬魄刀の解放ができないことを、はっきりと知られてしまった。これでは、もうハッタリも使えない。

 カワキは内心で、苛立ちと焦りに舌打ちしたい気分になった。

 勝ち誇った笑みを浮かべた恋次が、己の刀に手を添える。ギラついた瞳が一護の方を向いた。


「てめーの斬魄刀に、名も訊けねえ!! そんなヤローが、このオレと対等に戦おうなんて……二千年早ぇェよ!!!」

『本当に……やりにくい……!』


 次の瞬間、蛇腹の刀身に形を変えた恋次の斬魄刀を見てカワキが動いた。

 何が起きたのかわからず、ただ驚いた顔で斬魄刀が変化する様を見ていた一護に、恋次が一気に飛びかかる。


「吼えろ、蛇尾丸!! 前を見ろ! 目の前にあるのは……てめえの餌だ!!!」


 我に返り、防御の構えを取った一護に、刀身を伸ばした蛇尾丸が迫る。

 防御を抜けられる——直感的に、それがわかった。一護が身を裂かれることを覚悟した、その時——

 振り下ろされた蛇尾丸と一護の間に身を滑らせるように、カワキが飛び出した。

 ——鮮血が、宙を舞う。


『……ッ! 儘ならないな……っ、誰かの生死に、振り回されるのは……!』


 ゼーレシュナイダーで受け切れなかった攻撃がカワキを斬りつけた。

 防御のために咄嗟に前へと突き出した腕から肩にかけて、大きな太刀傷が走る。

 庇われた。そう気付いた一護が、悲鳴を押し殺した声でカワキの名を叫んだ。


「……ッ、カワキ!!」


 すぐに止血に移ったカワキは顔を伏せて斬り裂かれた腕に視線を移す。

 傷口を空いた手で押さえながら、自嘲の笑みを浮かべて苦々しい声色で呟いた。


『……は、癖というのは困ったものだ……一朝一夕では直らない……』

「あァ? なにブツブツ言ってんだ。ま、なんだか知らねーが、利き手がその様じゃもう剣は振れねえな!」


 血が滴る刀身を手元に戻しながら、勝利を確信した恋次が高らかに宣告する。


「終わりだ、クソガキども! てめーらはこの阿散井恋次に敗けて、ここで死ぬ!」


 獰猛な顔付きで笑う恋次を見上げるように睨みつけ、冷たい戦意を宿したカワキが噛み締めるように言った。


『……こんなところで、死んでたまるものか』


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