Never Confuse A Single Defeat With A Final Defeat Ⅱ
◀︎目次
空座町
「げほっ! げほっ!」
腹から血を流し、うつ伏せに倒れた石田が苦しげに咳き込んだ。石田は、呼吸すら苦痛が伴う様子で呻きを漏らす。
「……はぁ、っ……!」
『頑張ってくれてありがとう、石田くん。おかげで、少しはわかることがあった』
動けぬ石田から少し離れた位置で恋次を見るカワキには、目立った怪我はない。
仲間を使い、敵に手の内を晒させる——カワキの戦い方は、あまり好ましいものではなかった。
稲妻のような眉を反感に顰めた恋次は、石田への少しの同情と、カワキへの卑怯なやつだという侮蔑を抱いて吐き捨てる。
「チッ! 嫌な戦い方しやがって……」
『失敗は許されないからね』
いけしゃあしゃあと開き直るカワキに、恋次はますます眉間のシワを深くした。
仲間が殺されかけている。だというのに——カワキには、なんの感情も浮かんではいなかった。
その様は、機械仕掛けの人形のようで、恋次は言い知れぬ気味の悪さを覚えた。
警戒心が滲む眼差しでカワキを一瞥し、恋次は石田に視線を戻す。道路に転がった石田は、変わらず苦痛に呻いている。
その様子を見下ろした恋次は「そろそろ楽にしてやるか」と考えながら、刀を高く振り上げて告げた。
「さて……そんじゃトドメといっとくか。死ぬ前によーく覚えとけよ」
「——……!」
『…………』
今まさに、石田の命が失われようとしているその瞬間、カワキの意識は別の存在に向かっていた。
頼りない街灯に照らされた道路の向こうを、丸い瞳がじっと見つめる。まるで何もないそこに、何かがあるような——
やがて小さな吐息を漏らすと、カワキは唐突に二人との距離を一息で詰めた。
カワキと恋次の言葉が重なる。
「阿散井恋次。てめえを殺した男の名だ。よろしくっ!!」
『動かすよ、石田くん』
「……う、ッ!」
——三つの出来事が、同時に起こった。
恋次が掲げた刀を振り下ろす。カワキが石田を肩から抱えて飛び退さった。そして——
身の丈を超える大太刀の切っ先が、先刻まで三人が立っていた場所に勢い良く振り下ろされた。
道路が大きくひび割れて、コンクリートがバキバキと剥がれる。恋次が大きく目を見開いた。
「……な……!?」
慌てて塀の上に飛び移った恋次は、驚愕に息を呑んで振り返った。振り下ろされた大太刀を見て、その目が動揺に揺らぐ。
「……何だ、てめえは……!?」
橙色の髪をした少年が、巨大な斬魄刀を担いで声を張り上げた。
「黒崎一護!! テメーを倒す男だ!! よろしく!!」
◇◇◇
一人では動けない石田の肩を支えて退避したカワキ。いつもは能面のような顔付きも、今ばかりは物憂げだ。
思わずといった調子で、カワキはボソリと愚痴をこぼした。
『……楽な仕事だと思っていたのに、アテが外れたな』
憂い顔で一護と恋次のやりとりを遠目に眺め、石田を道端に寝かせたカワキが立ち上がる。
ここではないどこか遠くに思いを馳せるような目をしたカワキは、ぼんやりとした様子で小さく呟いた。
『……あなたは、こうなることがわかっていながら、私を送り出したのですか?』
霞んでいく視界に映ったカワキの物思いに沈んだ横顔が、石田にはどこか悲しげに見えて、思わず枯れた喉で名を呼んだ。
「……カ、ワキ……さん……?」
遠のく意識の中では、独り言のような声はほとんど聴こえなかったけれど。
カワキの横顔に、いつも笑っているのに泣いているようだった母の姿を思い出して——どうしても、放っておけなかったし、放っておきたくないと、思ったから。
ああ、まだ意識があったのか。
そんな顔で道端に横たわった石田を見たカワキは、開きかけた口を閉じ、少ししてから、もう一度口を開いた。
『……なんでもないよ。独り言だ』
手首に揺れる銀の十字に、再び周囲から霊子を集めて、カワキは霊子兵装を再展開する。
激しく打ち合いを始めた一護と恋次の方を見ながら、カワキが石田に背を向けた。
『君は幸運だ。そこで休んでいるといい』
「……いや、僕も……うっ……!」
起きあがろうとした石田が、身体に走る痛みに苦悶の声を漏らした。地面についた手から力が抜け、横たわった姿勢に戻る。
視線だけで振り返り、チラリとその様子を見たカワキは呆れた調子で忠告した。
『安静にしていれば、死ぬ怪我じゃない。生き残りたいなら、せいぜい戦いが終わるまで、いい子にしていることだ』
◇◇◇
「何だてめえ!? そのデケー刀は見かけだけかよ!? あァ!?」
「……ベラベラうるせぇ奴だな……ッ! 舌噛むぞテメー!」
強気な言葉を使いながらも、一護は恋次の速度についていくのがやっとの状態だ。内心で、じわりじわりと焦りが広がる。
「だらァッ!!」
一護が放った苦し紛れの大振り。
空を切った大太刀が道路に突き刺さる。
冷静に回避して空中で身を捩った恋次。その一撃が、背後から一護を斬り裂こうとした刹那——
キンッと硬質な音を立て、横薙ぎの光が恋次の刃を振り払った。
僅かに眉を上げ、すぐに敵の姿を捉えた恋次は、苦々しい笑みで敵を睨みつける。
「……! 何だよ、その妙な剣は。さっきと武器が変わってんじゃねえか……!」
一護を背に庇い、右手には銃、左手には青白く輝く細身の刀剣を構えたカワキが、静かに答えた。
『ゼーレシュナイダー。武器は時と場合と相手によって、使い分けるものだよ。私にとってはね』
「ハッ! てめえの武器に同情するぜ。主がこうも浮気性じゃアなァ!」