Never Confuse A Single Defeat With A Final Defeat Ⅰ
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空座町
満月の輝く夜空が、月とは異なる円形で切り取られた。夜空に、丸く穴が開く。
円は襖のように両側へと開き、奥の暗闇から現れたのは——二つの人影。まるで、空に足場でもあるかのように、影は空中に歩み出た。
夜の空座町を見下ろし、何かを発見したらしい影の一方が「マジかよ!」と驚愕の声を上げる。
「ホントに義骸に入ってんじゃねーか……映像庁の情報なんか『アテになんねー』と思ってたのによ……」
額につけた大きなゴーグルに指をかけ、満月に照らされながら空に片膝をついた男がニヤリと口角を上げる。
「……朽木ルキア、見ィーつーけた!」
◇◇◇
微かに感じた見知らぬ霊圧に、少女は手にしたグラスから口を離した。月明かりが差し込む窓から、外に視線をやって呟く。
『……誰か来たな』
少女には「このまま見ないフリをする」という選択肢が存在した。
今しがた町にやって来た客人は、恐らく自分の客ではないだろう。少女、カワキは考える。
ここ最近は、どうにも目立つ行動を取り過ぎた。一昨日も、大虚を追い返すという大立ち回りを繰り広げ、尸魂界からの監視に見つかったことは確認できている。
「見つかった」。それは、カワキのことではない。
(今夜の客人のお目当てはきっと彼女——朽木ルキアだ。面倒なことになった)
これから面倒事が起きる。それは、半ば確信だった。
カワキの手元には、客人の正体と目的を推測できるだけの情報が、十分な精度と量で揃っている。
情報が示すのは、ルキアが犯した“罪”。
『見ないフリ……は、流石に人が悪いか。せっかくだ。……の前に戦ってみよう』
小さな呟きをひとつ。カワキはグラスの中身を一気に飲み干した。
◇◇◇
「……白哉……兄様…………!」
「……ルキア…………」
背後に立った白羽織の男に名を呼ばれ、血の気が引いた顔で立ち竦んだルキアに、赤髪の男、恋次が刀を振るう。
一拍、反応が遅れたルキアの頭を狙った一閃——月光を鈍く反射した刃が、ルキアを斬りつける。
そう思われた刹那——閃光が、恋次の頭に放たれた。咄嗟に身を引いて躱した恋次の首筋を、光の弾丸が掠めて消える。
『夜道は危ないよ。朽木さん』
暗闇から聴こえたのは——女の声。
もしあと一歩、深く踏み込んでいたら。
今頃、あの閃光は自分の頭のど真ん中をぶち抜いていただろう。恋次の脳裏に嫌な想像が明瞭に映し出された。
首筋を撫でるゾワリとした殺気。危機感に、じとりと汗が頬を伝うのがわかった。
跳ねる鼓動を抑え込み、恋次は声の主に鋭い声で問いかける。
「……ッ! 誰だ!?」
『誰だろうね。少なくとも、君達の探し人じゃないことだけは、教えておこうか』
暗闇の中に、肉食獣のような丸い蒼の瞳が浮かび上がった。
狩られる獲物は——自分だ。恋次は直感に肌が粟立つのを感じた。
姿を現したのは、年若い黒髪の少女。
だが、少女が只者ではないことなど、先の一撃でわかりきっている。
「何者だ、てめえ……」
刀の柄をきつく握り締めた恋次は、緊張を噛み殺すように奥歯に力を入れる。
想定外の乱入者はルキアの知人らしい。呆然としたルキアの呟きが恋次の耳に飛び込んだ。
「……カワキ……どうしてここに……」
悠々とした足取りで男達とルキアの間を遮るような位置に移動した少女、カワキはルキアを背にして恋次達を見据えた。
振り返らぬまま、ルキアに語りかける。
『意味のない質問だ。今は私がここにいる理由より、この場を切り抜ける方法に思考を割くべきだ』
既に武器を構えたカワキが強い警戒の目を向けるのは、白い羽織りをまとった黒髪の男。
先刻、ルキアが「白哉兄様」と呼んだ、もう一人の客人だ。
恋次を前に出した白哉は、自分が動く気はない様子だが——警戒が滲んだ眼差しで出方を窺うカワキの思考を、威圧的な声が遮った。
「無視すんじゃねえよ。質問してんだぜ、こっちは。『てめえは何者だ?』ってな」
『見ての通りの人間だよ。君は死神だね。通常、町一つに担当は一人か二人……ここの担当は朽木さんのはずだ。君達は誰?』
情報を渡す気がないのだろう。カワキの言葉は、質問に答えているようで、まるで答えになっていなかった。
無愛想に誰何の言葉を返したカワキに、恋次は不愉快そうに皮肉を投げかける。
「ただの人間が随分オレ達のことに詳しいじゃねーか」
『用件は?』
投げかけられた皮肉を無視して、更なる問いかけを重ねるカワキ。
無礼な態度が気に障った様子で、ギロリとカワキを睨め付けた恋次は、刀の切っ先を突きつけて問いに答えた。
「オレの名は阿散井恋次。そこにいる朽木ルキアを捕らえに来た死神だ。……ルキアの力を奪った奴は、どこにいる?」
低く唸るような恋次の声には、隠しきれない怒りと殺気が滲み出ている。
その様子を目の当たりにしたカワキは、冷えた眼差しをより一層冷たく尖らせた。
煮えたぎるような恋次の殺気に凍りつくような殺気をぶつけ返して、カワキは質問に質問で返した。
『見つけてどうする?』
「殺す」
間髪入れず据わった目で答えた恋次に、カワキは『そうか』と一言返す。
俯きがちに長い息を吐いて、無言で銃を握り直した。空気が一段重く暗いものへと変わり、緊迫した沈黙が場を満たす。
伏せた目を上げたカワキが口を開いた。
『そういう用件なら、放置はできないな。私は志島カワキ。覚えなくて構わないよ』
「あァ?」
『私は今から君の任務の邪魔をする。君が狙う相手は、私が護る相手なんだ——誰の命を奪ってでも』
「……そうかよ。なら、オレはてめえから先に殺すだけだ」
一触即発の空気にルキアが息を呑んだ。止めようにも、霊圧に当てられた体は思うように動いてくれない。
緊迫した空気が弾けようとした次の瞬間——
先刻、カワキが撃ち放った弾丸と同じ色をした光の矢が、恋次の頭に向かって引き放たれた。
「女の子を相手に、武器を持った男が二人がかり……見ててあまり気持ちのいいもんじゃないね……。僕はあまり好きじゃないな、そういうの」
声に振り返ると、そこに立つのは大きな弓を手にしたメガネの少年。
またしても、妙な能力を持つ人間に仕事の邪魔をされた恋次は、目を吊り上げて、特徴的な眉を顰めた。
「……次から次へと……! 今度は何者だよ、てめえ……!?」
「……ただのクラスメイトだよ。死神嫌いのね」
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