INTERVIEW WITH QUINCY

INTERVIEW WITH QUINCY


主な登場人物(ネタバレを含みます)


「インタビュー?」

目の前の青年が白皙の美貌に疑問の色を浮かべるのを見て、私は慌てて状況を説明する。

自らが中央四十六室に属すある賢者に仕える身であること。発言者の偽証を見抜く能力を買われ、質問役として重用されていること。此度の戦乱の情報についてまとめる上で、ソウルソサエティ側の記録では知る由もない帝国の事情を調べる必要が出てきたこと。

一通り語ったところで、青年が「なるほど、それで僕に」と鷹揚な首肯を見せる。

「そういう話であれば、可能な限り協力させてもらうよ」

青年の名はヨルダ・クリスマス。

激戦の果てに生き残った、帝国最後の王位継承者。現在は光の帝国へとその名を戻したその国の、現皇帝である。

聞いていた話とだいぶ違うな、と首を傾げれば「どういうふうに聞いていたんだ?」と聞かれたので、手持ちの資料を見せてみる。

「どれどれ……反逆者、厄介者、混血統のガキ、それら陛下が遠ざけるような者ばかりを選んで屈服させては麾下に加える奇人、ロックンロールを通り越してデスメタルな変人……屈服ゥ!?……ないない、そういうのじゃないから。ここはあとで消しておいてくれ」

なるほど、顔を顰めて資料をなぞる彼からはそのような奇矯さは感じられない。

ああびっくりした、と長い睫毛に縁取られた目を伏せたあと、青年は改めて「じゃあ、一通り話せる限りのことを話してみようか」と口を開いた。



———とはいえ、僕に語れることなどそうないんだけどね。

僕の以前の役職については、君だって知っているだろう。…そう、突撃隊隊長。実の所、今こうしてやっているような業務の類も回されてこないような閑職だよ。なにしろ、僕たちが突撃する相手といえば想定されているのは勿論君たちなわけで。実質的に一度も役目を果たすことなく解体された部隊というわけだ。

虚圏の掌握?……ああ、それはまぁ…叛逆の準備の一環だったからね。こっちから仕事を引き受けに行った形だよ。

狩猟部隊なんかは普段から陛下にも重用されていたようだけど———そうそう。キルゲ。とにかく正統派でそつないという表現が似合う男だろう?僕としても高く評価している。

話を戻そうか。つまりまあ、そんな役割に回されていたことからもわかるように、僕には帝国内での権限というものがほとんどなくてね。そうでなくとも政治はあの「カリスマさん」に仕切られきっていたし、親衛隊とも折り合いが悪いし。

僕が後継の座をぶん投げたのは、陛下の方針に従うのをよしと思えなかったことに加えて、その辺とまともにやり合うのが面倒だったという側面もあったりする。……それが回り回ってこの状況になると考えれば、とんだ貧乏くじだったわけだが。

……陛下——いや、今は僕が陛下と呼ばれる立場なわけだから——ユーハバッハについて、か。

実の所、よくわからない。

自慢じゃないが、僕は人と話せば相手の為人や考えていることが結構わかる性質なんだが……あの人とは交流らしい交流の記憶がなくてね。

昔から、基本的に何をしても放っておかれたものだから。会話も数えるほどしか覚えていない。正直なところ、相手が父であるという認識もあまり持てていないんだよ。……いや、勿論その血を引く者として取るべき責任を取る気はある。そこは安心してほしい。念の為。

まあ、そんな放置のおかげで僕たちはゆっくりと対陛下研究をする時間があったし、君たちはその恩恵に預かったわけだ。そう気まずそうな顔をしないでくれ。

陛下のことを語れるほど知っていた者なんて、それこそグライさんとか———本当にいい方だったよ。あの人にはたまに話しかけられて、会話をしたりもした。

他の奴らにあるような独特の怖さとか、あんまりない人でね。……いや、この話はもうやめよう。意味がない。

ああ、ここにハッシュヴァルトかラエンネックでもいれば「お前が話せ、皇帝命令!」ってぶん投げてやるのになあ!



ため息混じりに語り終えると共に、青年がかけていたソファの背面に勢いよく背中をもたれさせる。

「僕から出てくるものなんてこんなものだよ。すまないね、あまり力になれなくて」

お気になさらず、と返すと共に、青年の語った内容について精査する。

語られた中に出てきた人々から話を聞くことは不可能だ。

霊王宮の戦いにおいて命を落としたとされるユーハバッハの妻はもちろんのこと。

実質上の支配者であったと目されているリリー・ラエンネック、ユーグラム・ハッシュヴァルト両名についても、決戦終盤に行われたユーハバッハの聖別により死亡したものと目され。ユーハバッハの親衛隊だった面々も、概ね戦闘か聖別によるものであると推定される死亡と記録されている。

無間襲撃、四大貴族の殺害などさまざまな大規模被害をもたらした見えざる帝国がそれほど重い裁きを受けていないのも、ひとえに彼ら責任者が一様に消え果てたことが大きい。

なにしろ、今や最高責任者として立てるのは目の前にいる反乱軍の首領しかいないのである。一応はソウルソサエティ救済の英雄の一人になってしまった彼が「残りは僕が責任を持って面倒を見るよ」と言ってしまえば、こちらとしてはそれを受け入れる他ない。

彼としても一通りの所属者の行き先を落ち着かせた後は君主制国家としての形態自体を解散してどこかで隠棲する心算であるらしいが、少なくともそれまでの間に窓口が確保されるということはソウルソサエティとしても非常に都合の良いことである。

結果として、現在の光の帝国は瀞霊廷に実質属した一国家として成立を許されていた。

息子である彼がこれほどまでに事情に通じていないのは多少計算外ではあったが、もう一人生き残った義娘がいるというし、今度はそちらに———


「ああ、そうだ」

考え込む私を見ていた青年が、徐に口を開く。

「僕はこの通りだが、他に何か話ができそうな人を探してみるよ」

整った表情を優しく緩ませながらこちらをまっすぐ見つめる青年に思わず見惚れそうになって、慌てて意識を戻す。

私の職務は彼らの調査も兼ねてである。絆されるのは良くない。うん、よくない。

戦時中は殆ど帝国内での工作に終始し戦後はここで執務に勤しんでいるはずの彼が、なぜか護廷十三隊内で広く支持を得ている理由が身にしみて実感された。これは恐ろしい。一番恐ろしいのは悪意も計算も見えないところだが。

会話を続けあぐね見つめ合うような状況になったところで、私の背後の扉が静かに開く。

「終わらせてきたぞー」と務めて明るい声で青年の方に歩み寄る男を見て、素早く頭の中の主要人物リストを洗う。

バルバロッサ・バルバレスコ。彼もまた独自に反ユーハバッハ勢力として動いていた一人であり、直接討伐にまで関わった大英雄———であったはずだ。

現在は妻と共に現世で慎ましく暮らしていると調書にはあったが、まさかここで顔を合わせることになるとは。


「本当にありがとう。骨が折れる仕事だっただろう?よければ何かつまむものを用意させるが…」

「いい。今晩はバンビとよその夕食にお邪魔する予定だからな、腹は空けとかないと」

「そうか。忙しい中すまない、バルバ。……エロイアイのやつが逃げさえしなければ、呼ばずになんとかやれたんだが」

「ハァ…今度は何で逃げたんだ?」

「本人の書き置き曰く、デートらしいが」

「マジかあいつ。いい加減一回シメといた方がいいかな。やるなら手伝うぞ」

「その時には伝えよう」


二人のやりとりを聞く限り、定期的に仕事の手伝いを要請する程度の中ではあるらしい。あとで調書に追記をさせよう、と心の中のメモ帳に書き記しておく。


「ちょっと、いつまでうちのバル捕まえとくつもり?あんまりアン達の事待たせたくないんだけど」


今度はドタバタという音とともに駆け込んできた女性———こちらも知っている。先ほど入ってきた男の妻であるからだ———が、子犬がじゃれかかるようなテンションで恐れ多くも皇帝陛下に食ってかかった。


「こら、一応皇帝陛下に対してそういう振る舞いはダメだぞ」

「あ、そうだったわね。ごめんなさい皇帝陛下」

「…………そんなに威厳ないか?僕」

「まあ、割と。…いい意味でだからな?」


手早く別れの挨拶を済ませて解散した一同を黙ってやり過ごした私に、青年が「ほったらかしにして申し訳ないね」と声を投げかける。

「もう少しもてなしたいところだったんだが、仕事が死ぬほど溜まっていて———」

「おーいヨルダくん陛下〜。十二番隊に請求したデータこっちに送られてきてない?」

「ああ、ショコラテ。今忙しいからその話は後で———」


本格的にあわあわしだした青年に「また今度改めて伺いますので」と断りを入れながら少し冷めた紅茶を一気に飲み干す。

流石に、これ以上居座るほど図々しくなれる気がしなかった。




「やあ、半月ぶりになるかな」

親衛隊直々の案内に少々恐縮しながら扉を潜ると、私の鼻腔に甘ったるい匂いが飛び込んでくる。

「運が良かったね。ちょうど今休憩時間なんだ」

先日訪ねた時には殺風景な執務室であったが、こちらの部屋は様子が随分と違っている。

どうやら私的に用いる方の部屋に通されたようで、広い部屋の中にはおそらく各々が持ち込んだのであろう物品がギリギリ乱雑にならない程度に詰め込まれていた。

少しだけ、室内の様子を描写してみるとしよう。

まず、長い黒髪と面頬が目立つ男性が隅に置かれた椅子に腰掛け何かの本を読み耽っている。

フードを目深に被った少年がソファーを占拠し現世の漫画らしき物を読んでいるかと思えば、少し離れたところには床に直接寝そべっている黒髪の少年がいる。

鮮やかな萌黄色と薔薇色の二人が読んでいるのはファッション雑誌というやつだろうか。

その横ではケーキ、クッキー、ドーナッツ。瀞霊廷では未だあまり馴染みのない菓子類を、奥のクッションに腰掛けた金髪の少女が豪快に貪っている。あれは確か目の前にいる皇帝陛下の恋人ではなかったか。明らかに自分の体積以上に食べていないか?

以上を以って一言でまとめるとするならば、混沌。


「色々事情に通じてそうな相手を考えたんだが、ユーハさんには忙しいと固辞されるわサンドラさんは連絡すらつかないわで…すまないね」

申し訳なさげに眉を下げた青年にお気になさらずと返すと、彼は「もう少しだけ待ってくれると助かる。少し到着が遅れているようだから」と肩をすくめて見せた。


「やっほ。こないだの美味しいクッキーまだ残ってない〜?彼氏と一緒に食べる用に持ってきたいんだけど」

「悪りぃなジジ、今食べ終えた」

「そもそもそれ、ぼくが出してるやつだから長持ちしないよ」

「えぇー」

「代わりにあたしが作ったのを持っていけばいいと思うの」


入れ替わり立ち替わりという様子で出入りする面々(本当に入れ替わり立ち替わりすぎるので、数人数えたあたりで記述は諦めることにした)を横目で見つつ、変わった香りのする茶を啜る。

高級な紅茶など、瀞霊廷では雀部長次郎の個人備蓄か一部の数寄な貴族の館でしかお目にかかれない代物だ。一緒に出された砂糖菓子も含め、じっくりと舌に馴染ませ味を覚えておくことにしよう。

そんな風に考えていたところで、「帰った」という声と共に一際乱暴に扉が開けられた。


「あ、バズ。お帰り」

パッと顔を上げた青年が、私の方に向き直り「彼を待っていたんだ」と扉の方を指す。指された方の男が「あ?」という声と共にこちらを見遣ると同時に、何やら熱気というべきか圧というべきかわからない「何か」が私を包んでいくのを感じた。

「やめなよ。その人はただの調査員だ。敵じゃあない」

「…チ、そうかよ」

テーブルの上に置いてあったクッキーを鷲掴みにしながら青年の横に腰を下ろした男が、小さな声で「悪かったな」と零す。

「色々あって気が立っているみたいなんだ。ちょっと怖いが、基本的には悪い人じゃないから大丈夫」

「色々ッてお前な…」

「だからその件については謝ったじゃないか。次はちゃんと君たちに相談するよ」

「……次は本気で燃やすからな」

「それはご勘弁願いたいな、流石に君の本気は痛いから」

なんだか剣呑な言葉が行き交っている気がするが、気安げな雰囲気からすると仲が良くはあるのらしい。実際、やりとりの中でほんの少し柔らかくなってきた男の顔は、事前調査書においてヨルダ・クリスマスが信を置く親衛隊の一員として挙げられていたそれと一致していた。

ひとまず会話に入る目的でどこかへ行ってきたのか、と質問してみると、これまた青年の方から返事がくる。

「ああ、ちょっとね。ほら、生き残りの滅却師たちに帝国から離れて新しい生活を始めることを推奨しているだろう?」

その話については多少聞いている。なんでも、とある滅却師と破面と死神が珍道中を繰り広げた時の体験談の影響で、ロンドンが異様なまでに人気を得ているらしいが……

「その関係で、ちょっと様子を見てきてもらったという感じだ。……最後に見た時は……その……あれだったが、大丈夫そうだったか?」

「………おう……まあ……」こちらをチラリと見ながら、男が言い淀む。「……そうだな」

「別にもっと遅く帰ったってよかったんだぞ。ゆっくり街の案内でもしてもらえば…」ああ思い出した、という風なわざとらしさで若き帝王が手を打つ。「ああ、でも最近虚圏の方に新しくガールフレンドができたんだっけか?タラシめ〜」

「うるせェ。少なくともタラシという面でお前に何か言われる筋合いはねえ」

…デコピン感覚で犠牲鬼道一発分と同等の火力が打ち出され打ち消される光景には内心震えざるを得ない。


「大体、邪魔な奴が煩くてまともに話なんざできねぇよ。土産だけもらってきたからあとで食え」

「ああ、その巨大な箱はそういう…………とまと?」

「説明を求めんな。俺もわからねえ」


赤毛と金髪、二人して首を傾げている横で、ずるずると這いずってきた黒髪の少年が大きく声をあげた。


「オイらって行きたいぞ。ズルイいんら、アズールは——」

「——分を弁えなさい、ニャンゾル・ワイゾル」

「う゛」

声をあげた少年の首筋に指がかかり、そのままぎゅうと締められる。

「誰に向かって口を聞いている?」

芳しき花をそのまま人の形にしたかのように可憐な声を喉から鳴らしながら、少女がにっこりと笑っていた。ただ一つ異質なのは、笑顔のままギリギリと首を締め続けていることである。

「うひ、ごめんらさい、ごめんらさいエル様」

「次ヨルダ様に舐めた口きいたら、その舌片方切り落としますからね」


「お話をするのでしたらここではうるさ過ぎるでしょう?では、別室にご案内しますね」と微笑む少女に、私はひっそりと恐怖を感じざるをえないのであった。



———で、何が聞きたいって?

…ユーハバッハについてどう思うか?ンなもん決まってんだろ。敵だ、敵。半身だのなんだのってのは周りが勝手に言ってるだけだからな。

大体、おおかたその手元のご大層な資料にも載ってるだろうが。幽閉されてたんだぞ俺は。奴について「両親の仇」程度の月並みな答え以上を期待すんな。

経緯?知らねェのかよ。瀞霊廷一の情報機関の調査力ッてのも大したことねえな。

…ンだよヨル、お前も聞きたいって?そういや詳しく話した事はねぇか…………

…………オイ、えーと…質問役。ここで話した内容はどう使う気だ?…「上司に提出した後は秘匿書架に置かれる予定」?…………なら……まァ……いいか。

あいつらとの関係は……そのツラだとそこまでは知ってるのか。ん。幼馴染……幼馴染…で、いい。友達とか、そういうことを言う資格があるのかどうかわからねえ。

リリーとは昔から家族ぐるみで付き合いがあったし、ユーゴーのやつも……色々と教えてやったり、妹の世話を手伝ってもらったり、な。

で、ユーハバッハに家族を殺された後は、城から焼け出された財産を切り崩して一緒に暮らすことになった。

……この辺りのことは聞かせて面白いもんじゃねえな。ユーハバッハが来たときまで話を飛ばすか。

今思えば、見下しってのもあったのかもしれねぇな。リリーは昔から天才だったし、メルトだって足こそ動かないが他は俺より出来が良かったし……あいつだけは安心だって無意識に思ってたっつーか。努力を認めるなんて言って、結局どんなに努力してもできないままのあいつに「しょうがねえな」って世話を焼くことで安心してたんじゃねえかな。……ハハ、最低だろ。

でも、認められたのはあいつで……そうか、内心を見透かされた気がしてたってわけだ、あの時の俺は。ますます最低極まるぜ。

とにかく、ユーハバッハに何も持たないだのなんだの言われた時は、頭が真っ白になった気分だった。そんで怒りのままにぶちかましたら、不思議と凄いことになって…で、幽閉だ。

……ひでぇ親分もあったもんだろ?ろくに動けねぇ妹も横にいるってのに、最大火力でぶちかましたんだぜ。

だから、まぁ……あいつらが揃ってユーハバッハについたのも仕方ねぇ事だったんだろうな。ろくなこともできねぇくせに口だけは一丁前な奴なんて、見捨てて当たり前だ。

ただ、あの時の俺にとってそれは許されねえ裏切りだったし、だからこそどんなに説得されようが聞く気はなかった。お前らにとっての家族は……いや、俺は、その程度かよ。…なんてな。

三人がかりで聞かん坊を宥めるみたいにしてくるから余計腹が立って、もうとにかく話自体聞きたくなくなった。…そのうち、向こうも諦めたのか来る回数自体減ってきたな。他にも、反乱の種目当てに接触してくるやつとか、単純に命知らずな馬鹿とか、いなかったわけじゃねえが……

…オイコラヨル、何不満げな顔してやがる。自分の親に対し殺意を公言してる人間兵器相手に「こんにちは!ちょっとお話いいですか?なんで陛下殺したいんですか?どれぐらい本気ですか?」とか聞きに行くやつを表す言葉が馬鹿以外にあるか。普通だったら俺がアホらしくなってやめるまでに三十回はくたばってることを自覚しろ。マジで自分が静血装の天才だったことに感謝しろよテメェ。…いいから黙って座ってろ追い出すぞ。

——結局、テメェらが確かめたい内容は一つだろ?上位メンバー数人以外に被害なく、首謀者が他ならぬユーハバッハの息子である反乱。その全てが向こうからしても予定調和の出来レースだって疑ってやがる。

ストレートに教えてやるよ。それはない。このクソガキは自分が納得できないなら神にだって逆らうアホタレなんだよ。結果的に犠牲が少なく済んだのは、帝国内にもそれに同調する奴らがいくらかいたってだけの話だ。

正直なところ、あいつらと直接殺し合いになることだって想定してたぜ。……だから、友達とかなんとか、言う権利があるとは思えねェんだ、俺は。

話は以上。質問は?


子供のようにむくれて無言の抗議を試みる主君であるはずの存在の頭を雑に押さえつけながら、男は唐突に話を打ち切った。

昔のことを話してみたら思った以上に口が滑ってしまい恥ずかしい、なんていうのが本当のところなのだろうなと感じた。なにより、本人が口で言うほど表情の方は割り切っていない。色々と複雑な立場であるのだろう、と分析する。

少なくとも、親衛隊という立場にあるほど本人に近しき古参の存在が、ユーハバッハとその息子との思想的つながりを否定してくれたということは非常に重要だ。


……と、思ったのだが。

帰り際に青年に人選について尋ねてみたところ、「ああ、親衛隊は任命権が僕にある僕直轄の部隊になるからね。一度任命してしまえば陛下でも口は出せないし、幽閉されていても解放せざるを得ないってわけさ。賢いだろう?」と悪戯っぽく笑っていた。

…親衛隊という立場は、あんまり信用にならないかもしれない。



「ああ、見つけた。ちょっとおいでなさい」


その令嬢然とした女に突如手を引かれたのは、ちょうど私が空座町に到着した時であった。

その目的は、志島カワキ。主要な関係者の中でもヨルダ・クリスマスに次ぐ最重要人物。ユーハバッハ自らが現世の純血家系から見出したとされる、「殿下」と称された娘。

戦前より黒崎一護の側にスパイとして控えており、戦後の現在もその時の立場を引き継ぎ女子高校生として生活しているらしい。

現皇帝からすればそっとしておいてほしいらしいことは伝わってきたが、他ならぬ彼が自らの親衛隊の同じく実力派として知られる妹を護衛役として派遣しているぐらいだ。重要人物であることは間違いないし、ともすればヨルダ・クリスマスよりもユーハバッハに近い立場にあったと語る者もあった。調査をしておくべきだろうという話になり、私に対し特別に現世入りの許可が降りたのだ。

女性に対し取り込み中なのでと述べようとするも、「ソウルソサエティからの調査員でしょう、あなた」と被せられた。

「……あなたと話がしたいという者がいます」


促されるままに連れて行かれた先は、いわゆるカフェというところだった。人はまばらで、隠れ家的な、という表現が似合うようなところだ。

その奥を指すと、女は「連れてくるところまでで約束は終わりですので」とそのまま外へ歩き出す。

「あのアホ皇子…親衛隊の称号を幽閉解くためのチケットかなんかとしか思ってなかったり戦時下真っ最中に死神の隊長格にナンパしかけたりで大概ぶっ飛んでると思ってましたが、遺伝だったんですのね…」

そんな呟きが、私の耳をくすぐった。


人のいない店内を歩いていく。食事時でも八つ時でもないせいか、席は一つしか埋まっていないようだった。その一つに腰掛けていた人影が、私を見るなり「ああ」と声を上げ手招きをした。

促されるまま歩み寄り、向かい側に座る。

美しい女性だ、というのが第一の印象であった。シミ一つない白磁の肌に、さらさらと滑るように流れる金糸。私の周りでは馴染みのない類ではあるが、微かに伏せられた目の周りを艶やかな睫毛が囲う、美しい顔立ちだ。

…どこかで、見たことがある気がする。

私の疑念に応えるように、女性は大きく息を吐いた後静かに口を開いた。

「…ヨルダ・クリスマスの母です」


———ヨルダとバズ…ビーからも話を聞いたとなると、私が話せる事などあまりないかもしれませんが。

名前…名前ですか?そうですね、ではマルジュ・クリスマスとでも。……耳が痛いのですか?なるほど、偽証を見抜く、というのはそのような形で行われるのですね。

申し訳ないながら、名乗るわけにはいかない身の上なのです。なにしろ陛下により死んだとされているものですから……自らの母親が生きているというのは、ヨルダ本人ですら知らないことです。それ以外のところについては、可能な限り話すと約束しましょう。

何を…ですか?

これからカワキのところに行く予定でしょう?それと、今行われているヨルダの身辺調査について、少々物申したいことがあるのです。

これでもそれなりに中核にいましたから、内部の事情についてはそれなりにわかります。私の証言をもって、その代わりにしていただきたい。

まずカワキの話です。あの子が陛下に近しい娘であったこと、戦中かなりの時期に至るまで熱心な協力者でもあったこと。これは事実です。しかしながら、これに対する追求が彼女に行くべきかと言われれば話は別であると私は考えます。

……これは明かしても良いことだと思うので明かしますが、彼女は特異体質なのです。純血の滅却師でありながら、虚に対する耐性がある。

幼い彼女を連れてきたのは陛下ですが、その時の彼女にはまだ上の兄弟たちがいました。両親を亡くし兄弟たちが親のような状態になっていたところを陛下が見出した形になります。……詳しくは、私も教えていただけなかったのですが。彼女の一族というのは…その、帝国でも裏切り者などと呼ばれていたりするもので……私としては彼女のご先祖とも面識はありますし悪い印象はないのですが、一般の者どもはどうしてもそういった噂に振り回されますから。悪いように言うものも多少はいました。

その兄弟たちですか?……もう、いません。虚により死んだと聞きましたが、帝国で庇護を受けている者がそこらの虚に襲われて死ぬなどあり得ないことです。……恐らくは、陛下が実験か何かを…

…いえ、やめましょう。あくまで私の憶測です。

残されたカワキも、何か思うところがあったのでしょう。冷酷な少年兵のように育ち……聖別への恐怖で縛られ、従わされ…能力を過剰なまでに封じられ、スパイ活動に駆り出される始末です。

確かに彼女は陛下に従っていたかもしれません。ですが……全てがあの子の意思というわけではありません。今、平穏に過ごせているというのであれば、どうか放っておいてはいただけないでしょうか。

ヨルダのこともそうです。……私はこれから、あの子と話をしに行こうと思っています。

あの子が反乱軍の首領であると聞いた時、私はただ愕然とすることしかできませんでした。…いえ、それ以外にも驚いた要因はあるのですが…それはまあ、語らずとも良いでしょう。

そんなふうにショックを受けている間に全ては終わってしまい、何も話せぬままに逃がされ……一人で考えて、思ったのです。

思えば私は、昔から、自分がどう行動するかということを考えてばかりで…あの子たちのためになること、私の行動で彼がどう思うか。そういうことが頭から抜けてしまっていたのではないかと。

そう……私が、もっと踏み込んでさえいれば……!

……あの子たちはただ当然に、今までされた行いに対し返礼を行ったまでなのです。責められるべきものがいるとすれば、それは私たちなのでしょう。どうか、疑わないであげてください———


言い切ると、女性はすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。

「では」と呟くように言葉を紡ぎ、彼女はそれっきり振り返ることなく出て行った。


彼女の言葉に嘘はない。

…私にだって、情がないわけではない。

これまでに話を聞いてきた彼らが、かなりデリケートな部分を抉られるようにしながら話してくれていたことだって、わかっているのだ。

だからこそ、悩んでいる。

これ以上———ひどい思い出をほじくり返す可能性を押し切ってまで、本人たちに接触し続ける意味はあるのだろうか?


校門から、目指したはずの対象が出てくる。学友たちに囲まれている様子だ。

どこかへ行く約束でもしているのだろうか。車椅子に乗った少女がそれを出迎えるように現れ、ちょうど通りかかった短髪の…使用人?の女性に、車椅子を押して歩くよう促しているようだ。


「決めるのはお前だ」


耳元をそんな声がくすぐったような気がした。

私が決める。起こることに責任を持つ。それならば。


私は、踵を返し帰路へと進む。

…………やめよう。これ以上は、意味がない。

一人に対し聴取をするため出ていき、一人に対し聴取をした。それで良いではないか。


視界の端に仲良く寄り添う男女の影を見た気がして、目を凝らしてみる。

そこには、もう何もなかった。






「ふぅん、これが例の調書の提出用完全版…………………んん?……なんか陛下から聞いた話と違うな…………ま、いいか」


実際のところ何があったんです?(おまけ)



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