FAIRY DEED
千年血戦篇・訣別譚—アニメオリジナル—◀︎目次
偽りの霊王宮
「Y・Hとオソロなのは、そのマントだけじゃないってことKai……」
切れた頬から伝う血を指先で拭い取り、王悦が苦笑交じりに呟く。
降り注ぐ砲弾と鋭い剣戟による挟撃にはヒヤリとさせられた。もう随分と、感じる機会のなかった生命の危機。
高鳴る鼓動は——焦りか、興奮か。
『身軽だね。曲芸のようだったよ』
「THX! 敵とは言え、かわい子ちゃんに褒められるのは嬉しいNeェ!」
おちゃらけた態度は崩さない。余裕まで失ってはおしまいだ。
ふざけたお調子者の仮面の下で、王悦はひどく冷静に、戦場を俯瞰して見ていた。
(すばしっこい上にこの手数、一対一じゃ殺し切れねえNa……。全員で袋叩きにするのが安牌Ka)
敵は一人ではない。カワキを片付けた後は上で暴れるユーハバッハの相手が待っているのだ。
消耗を度外視して殺しにかかるのは得策ではない。いくらカワキが強いと言っても零番隊が協力して戦えばどうとでもなる。
他の隊士の戦いが終わるまで時間を稼ぐ——それが、王悦がこの場で取るべき戦略だ。
「今のでわかったYo……キミが跡取りだよNe? ちゃんボクの目は誤魔化せないZe」
『成程……二枚屋王悦。刀を見る目は確かでも人を見る目は曇っているらしい』
「……どういう意味かNa?」
『確かに、この場に陛下の後継者は居る。だけど……それは私ではないよ』
時間稼ぎのつもりの会話だったが思わぬ収穫だ。つまらなそうに目を細めて答えたカワキは嘘や誤魔化しで保身を図っているようには見えなかった。
この場に後継者はいるが、それはカワキではない。
どのみち全員斬る事に変わりはないとは言え、知っておいて損はない情報だ。
だが、カワキには王悦に後継者が誰かを教える義理は無い——会話に応じる素振りを見せながら、霊子の糸を張り巡らせる。
(——妖精の仕業(クライネ・フェーン))
王悦を取り囲む、目視する事が困難な程に細く、しかし首を刎ねるに十分な鋭さを備えた糸。体の周りで鞘伏を振るい、王悦が蜘蛛の巣を斬り払う。
驚きは無い。這い寄る罠に王悦が気付く事も、容易くそれを防ぐ事も、カワキには予想の範疇だ。
「……キミじゃないなら、さっきの二人のどっちかが跡取りかNa?」
見る目が無い男だ、と嘲るようにカワキが美しく微笑む。
『当ててみて。もっとも——……その余裕があれば、の話だけれど』
「……?」
盤面を俯瞰して見ているのは、王悦だけではない。
含みのある言葉に違和感を覚えた王悦が何かを問いかける前に、色ガラスを通した視界がグラリと揺らいだ。
ふらつく足で踏ん張って、なんとか倒れ込む事を堪えた王悦の耳を、つい先刻斬り殺した筈の男の声が撫でる。
「まだだなァ……。まだこの位じゃア……致命的じゃアねえぜ……」
「……どうなってRu……!?」
『起きたのか。おはよう、アスキン。よく寝ていたね。調子はどう?』
「止してくれよ、殿下。致命的な寝過ごしだぜ……危うくアンタに全部持ってかれるところだった」
切れた額からボタボタと血を垂れ流し、緩慢な動きで身を起こした男——アスキンが、憂鬱そうに溜息を吐いて肩を竦めた。
「悪いけど、代わってくれるかい? 俺もここらで活躍しとかねえと」
『ああ、構わないよ。恥じる必要も無い。親衛隊で最後まで起きてきたのは君だけ。素晴らしい能力だ。交代しよう』