DIVERSIONARY OPERATION
千年血戦篇・訣別譚—アニメオリジナル—◀︎目次
偽りの霊王宮
『大気の戦陣を杯に受けよ(レンゼ・フォルメル・ヴェント・イ・グラール)』
『——聖噬』
銀筒に囲まれた空間が抉れ、削られる。
身を捩りすんでのところで直撃を避けた麒麟寺が、カワキから強引に金毘迦を取り戻して飛び退いた。
『驚いた……今のを避けるとは。さすがは零番隊と言うべきか』
「……何度も言わせんじゃねえよ。てめえに褒められても嬉しかねえってんだ」
『お世辞じゃないよ。本当にとても驚いているんだ——読みが少し外れた』
「…………」
傷口から血が滴り落ちる。
この程度の傷ならば、麒麟寺にとっては軽傷である。だが、傷を負わされたという事実に変わりはない。
驚いた、などと口にしながらもほとんど表情を変えないカワキに、麒麟寺は強気の言葉を返しつつ警戒を強める。
(さっきから金髪の陰に隠れてたのはこれを準備する時間を稼ぐためか。マントの下で霊子を込めてやがったんだな……)
まんまと敵の作戦に引っかかった自分を責めるのは後だ。
今はいかにしてこの滅却師を倒すか——麒麟寺が考えるべきことはそれに尽きる。
(どうもこっちの動きが読まれてんな……他の滅却師共と同じで何かの能力か?)
先刻、麒麟寺の一撃を防ぎ攻撃に繋げたカワキの動き——あれは偶然や反射というより、麒麟寺が攻撃に転じるタイミングが読めているようだった。
思い過ごしだと考えるには、長年培った麒麟寺の勘が鳴らす警鐘は激しい。
——これは、“何か”ある。
敵意と嫌悪、そして強い警戒心が滲んだ鋭い眼差しで、カワキを睨みつけて黙した麒麟寺。
凍てつく視線も何のその。表情を変えぬままのカワキが軽く首を傾げる。
『どうしたの? 随分と静かだ。手詰まりなら、通して貰おうか』
「馬鹿言っちゃあいけねえぜ! 零番隊の本気はこっからだ!」
金毘迦を構え直し、ハッシュヴァルトとカワキに切っ先を向けた麒麟寺が吼える。
闘志をみなぎらせた麒麟寺の様子に、盾を手にしたハッシュヴァルトが新緑の目を細めてカワキの前に出た。
「何度やっても同じことだ。お前に勝ち目は無い」
「言ってくれるじゃねえか、優男! そう何度も同じ手に引っかかると思うなよ!」
意気軒昂と金毘迦を構える麒麟寺だが、二対一というのは些か分が悪い。なんとか他の隊士と合流して最低でも二対二の状況に持っていきたいところだ。
好戦的な笑みを浮かべて勇ましく啖呵を切りながら、麒麟寺は同時に仲間の霊圧を探る。
そして気付いた——王悦の霊圧が著しく弱まっている。
微かに目を開き、息を呑んだ。
動揺を悟られぬようすぐに平静を装ったが——遅かったらしい。
「随分と顔色が悪いな、麒麟寺天示郎」
「……うるせえよ、青瓢箪」
眉根を寄せた麒麟寺は怒りが滲む低い声でハッシュヴァルトの言葉に答えた。
自分達の会話をじっと聞いていたカワキが何も言わないことが、麒麟寺にジリジリとした不安を覚えさせる。
不気味な光を宿す蒼い瞳が、いやに目についた。
(こいつらを倒して加勢に……いや、んな甘っちょろい相手じゃねえ、か。……仕方ねえ、下手したら敵を引き連れて行くことになりかねねえが……——一か八かだ)
参道の奥——階段の上で戦う王悦の霊圧は、こうしている間も弱まり続けている。
もはや一刻の猶予も無いのだ。
目の前の滅却師二人を倒してから救援に向かっては間に合わないかもしれない。
麒麟寺は一か八か——賭けに出ることに決めた。
「オラァ! 行くぜ、金毘迦ァ!!」
「来るぞ、カワキ。後ろに……」
突進の予備動作。
素早くそれに反応したハッシュヴァルトが、カワキを庇い自分の後ろに退がるようにと警告を発する。
だが、カワキは何か別のものを見ているかのような眼差しで、こちらへと突進して来る麒麟寺を眺めて呟いた。
『いや、その必要は無いよ』
「何を言って——っカワキ!」
突進してきた麒麟寺の斬魄刀を、一歩前に出たカワキが静血装を展開した腕で振り払う。
すぐに追撃が来ると、ハッシュヴァルトがカワキの援護に動こうとしたが——
ハッシュヴァルトの予想を裏切り、麒麟寺はカワキに弾かれた勢いのまま、二人を無視して稲妻の如く参道を駆けて行った。
「……! 陽動……狙いはあちらか」
猛スピードで遠ざかった麒麟寺の狙いに気付いて、ハッシュヴァルトが苦々しい顔でカワキを見下ろす。
自分を止めたカワキの口振りは、麒麟寺の狙いに気付いているようだった。
陽動と知りながら通したのであれば真意を問わねばならない——ハッシュヴァルトの心配は、次の瞬間には杞憂となった。
いつの間に形成したのか、神聖弓の照準を麒麟寺に合わせたカワキが、たっぷりと毒がのった微笑を浮かべて引き金を引く。
『——背中がガラ空きだ』