Ask, And It Shall Be Given You Ⅰ
◀︎目次
空座町
ルキアが尸魂界に連行されたあの夜からしばらく経った日のことだ。
カワキは空座町の外れにある山の中に足を運んでいた。岩場から流れる小さな滝と小川が自然を感じさせる。
今日は平日の昼間だ。だが、岩場には先に来ていた石田、そして茶渡と井上、そこにカワキを含めた計4人の学生達が私服姿で集まっていた。黒猫の夜一も一緒だ。
適当な岩を椅子代わりに腰掛けて、話す議題は先日の一件に関すること。
「……レッスン?」
「そう! 『尸魂界へ行くにはレッスンを受けろ』って言われて、どうせやるなら、石田くんも誘おうと思って!」
花が開くような朗らかな笑顔で、井上が石田に「レッスン」の受講を持ちかけた。
今日、カワキ達3人がここに足を運んだ目的は、ルキア救出に向けた修行に石田を誘うためだった。
対人交渉はカワキの得意とする分野ではない。話をするのは井上に任せ、カワキは頬杖をついて会話を聞いていた。
残念ながら、話の雲行きはあまり芳しくない。目を伏せた石田が、膝に手をついて立ち上がる。
「……せっかくだけど……僕は遠慮させてもらう」
石田の視線は自身の足元に向いていた。
そこに置かれたのは、妙な札が貼られ、二本の皮ベルトで止められた小さな木箱。
石田の視線を辿って箱を見たカワキは、ちょうど人間の腕が入りそうなサイズの箱だなと、興味なさげに視線を戻そうとして——ふと、思い出したことがあった。
カワキが父に引き取られたのとほとんど同時期に、ある一人の滅却師が、カワキの父からいくつかの道具を掠め取り、どこぞへ姿を消したと言う。
父の部下から聞いた話では、その滅却師が持ち去った物の中には「手袋」があったはずだ。
あの木箱の中身は、もしや——
カワキが木箱を凝視して考え込んでいる間に井上達と石田の話が終わったらしい。
顔を背け、切り立った崖の方向を向いた石田が淡々と告げた。
「僕はただ、あの死神達に負けた自分が、許せないから修行をする。それだけだよ。朽木さんなんて知らないな」
「……夜一さん……」
「聞いた通りじゃ。その小僧に、尸魂界へ行く意志はない。ならば我々も、ここにはもう用はないはずじゃ」
「そん……」
思わず声を上げた井上の言葉を遮って、カワキは飄々とした調子でレッスンの辞退を申し出た。
『それじゃあ、私もレッスンの受講は遠慮させてもらおうかな』
「なんじゃ、お主もか」
『私は一護が行くと言うなら、尸魂界にも同行するよ。その点は安心していい』
岩から飛び降りるように、軽やかに立ち上がったカワキが足元の黒猫に告げた。
ショックを受けたのは井上だ。
「えっ……!? カワキちゃんまで……」
「どうしたんだ、突然……?」
悲しげに眉を下げた井上の隣で、茶渡が心配そうな目をカワキに向けた。
ひょんな出来事をキッカケに、入学当時からカワキと交流があった茶渡は、カワキが見た目によらず“豪快”な性格をしていることを知っている。
そのため、戦闘訓練という事柄でカワキから目を離すのは、少々躊躇われた。
「カワキも……一人で修行するのか?」
『いや、二人でやる予定だよ』
蒼色の垂れ目が、背中を向けた石田へとズレた。
そのことにいくらか安堵した様子の茶渡は、固い表情を解いた。
「そうか……わかった。……また出発の日にな、カワキ」
名残惜しそうな井上の肩を軽く叩いて、茶渡が帰りを促す。
「行こう……。井上」
「石田くん、カワキちゃん……。また……気が変わったら、いつでも言ってね。……待ってるから」
気落ちした声でそう言い残して、井上は先に去った夜一達を追いかけた。