雷に撃たれる
「ここにね、凑の弟か妹がいるんだよ。
凑はお兄ちゃんになるんだよ」
そう言われ、母親のお腹にそっと耳を当てる。
まだ薄いお腹、どこにいるかもわからないが、凑は嬉しくてたまらなかった。
「弟でも妹でも、嬉しい」
「そうだ、記念撮影をしようか」
父親が部屋の奥からデジカメを取ってくる。
「…あ、ねぇ……僕が撮る」
「え、でもいいの?」
コクンと頷いて、凑は父親からカメラを貸してもらう。
「お兄ちゃんだぞー、早く会いたいねぇ…」
────────────
4年後…
「凑、ごめん!
今日お母さん帰るの遅くなりそうだから、冴と凛のお迎え行ってあげてくれない?」
「……うん、わかった」
凑は朝食を顔にベッタリつけた凛の顔を拭いてやりながら答える。
「冴、ジャムの瓶開かないなら言って」
「……兄ちゃんお願い…」
いちごのジャムの瓶を冴から受け取ると、凑はバコッと大きな音をさせて瓶の蓋を開ける。
「塗りすぎるなよ」
「うん」
そうこうしているうちに、凑は学校に行かなくてはならない時間をとうに過ぎていたことに気が付く。
「しまった」と言うと、後のことを母親に任せ、慌ててランドセルと机の上に置いてあったデジカメを取ると、そのまま家を飛び出そうとする。
「にぃにー!やー!!」
「凛、今日は兄ちゃんが迎えに行ってやるから、良い子にしてろよ」
「兄ちゃん、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
大号泣する凛を優しく撫でてやりながら冴が手を振る。
それに応え手を振り返し、凑は全力で走り始めた。
凑が思っていた通り、登校班はもう既に出発し始めてしまっており、それに慌てて合流する。
「ごめん、遅れた」
「あ、糸師君!」
「遅いぞ凑、また弟達に足にしがみつかれた?」
登校班の同級生達に次々に尋ねられるが、凑は首を横に振る。
「時間見てなかった」
なーんだ、今日は凑のドジかぁ…とケラケラ笑う同級生達は凑を登校班の列に加えて学校に向け出発した。
凑の学校での過ごし方は割と変わらない。
授業を真面目に受けて、休み時間は校舎や運動場を歩き回り、撮りたいと思った物をカメラで撮る。
この時、既にいくつものコンクールで賞を受賞していた凑は、今回もコンクールに参加するための写真を撮っているところだ。
そのため、学校の教師達も凑のカメラを不要物だと言わなくなった。
「……微妙」
だが、ここ最近は良い被写体がおらず何を撮っても面白くなかった。
悶々と考えながら帰宅し、凑は宿題に取り掛かる。
と、そこで窓の外からカラスの声が聞こえてきた。
「……そういえば、カラスは撮ったこと無かったなぁ…」
そう言って、凑は外に出る。
庭の木には1匹のカラスが2羽。
「よし…」
凑は集中し、カラスを撮っていく。
と、そこでポタリと頭に冷たいものが当たった。
「……雨だ…………………雨!?」
凑は慌てて家の中に入り、2階のベランダに干されている洗濯物を全て取り込む。
「やっばい、湿ってる」
凑は母親がやっているように見様見真似で部屋中に洗濯物を引っ掛けていく。1度では無理だったのでベランダと1階を往復し、やっと全部取り込めた、と思ったところで気が付いた。
「雨強くなってる………冴と凛迎えに行かないと!」
雨が更に強くなっては大変だと、いつもより早い時間ではあるが凑は準備を始める。
バタバタと2人を迎えに行く時用のカバンを引っ掴んで更に冴と凛用の傘、自分用の合羽を羽織って、母親の自転車を出す。
実際に乗るわけではない、しかしこんな雨の中を2人が歩いて帰れるとは思えず、凑はチャイルドシートを積んである自転車を借りようと思ったのだ。
ペダルに片足だけ乗せ、キックボードのようにして保育園までの道を進む。
「冴と凛のお迎えに来ました!」
「凑くん!大丈夫だった?先生達みんな心配してたのよ?」
「はい、大丈夫です。
それ以上雨強くなる前に、冴と凛連れて帰ります」
そう言い終わる前に、保育園の奥から「にぃにー!!」という奇声にも似た叫び声が聞こえてきた。
凛だ。その後ろからは冴もくっついてきている。
「おかえり2人とも、先生に挨拶して」
2人にそう促すと、冴も凛もペコリとお辞儀して「さよーなら」と挨拶をする。
よし、と凑は2人に傘を持たせると、駐輪場まで2人を抱えて小走りで向かう。
冴を自転車の後ろにあるチャイルドシートに乗せ、凛を前のチャイルドシートに乗せようとした時、凛がぐずり始めた。
「……凛、兄ちゃんいなくて寂しかったんだと思う」
「あー………うん、わかった。冴、凛の傘もってあげて」
頷いた冴を見て、凑は合羽のボタンを外して、カバンの中から抱っこ紐を取り出す。それを使って凛を抱っこしてやり、よし、帰るぞ!と気合を入れるのだった。
来た時と同じように自転車をキックボードのようにして家へ急ぐ。
「冴、これで凛拭いてあげて」
「わかった」
冴が凛を拭いてあげている間、凑は2階へ行き、2人の着替えを取ろうとして気が付いた、ベランダの窓が全開であることに。
「………やばっ」
慌てて窓を閉めたが、窓のそばに置いてあった凑の机の上はびしょ濡れである。
オマケにゴロゴロと空がなっているでは無いか。
「教科書乾かさないと」
2人の着替えと濡れてしまった教科書を抱えて下まで降りる。
凛の着替えを手伝ってやりながら、着替えている冴の今日あったことの話を聞いてから、2人の為に置いてあるおやつを用意して凑はその様子を見ながらドライヤーで教科書を片付けることにした。
おやつを食べ終えた2人はサッカーボールへ一直線で向かう。
「凛、これ冴の!」
「りんもー!」
お兄ちゃんのやっていることをやりたがる時期の凛は絶賛イヤイヤ期の真っ最中である。
冴も自分の意思を曲げるタイプではない。
ここで止めてもいいが、凑は敢えて放っておくことにした。
2人のことは2人で解決するだろうし、ここで手を出せばいつだって自分が助けてくれると思うだろうから、手を出さないようにしていた。
流石に殴ったり噛んだりの喧嘩になったら止めるが……。
そして何より、今凑は疲れているのだ。
この後、途中で撮影に夢中になった自業自得ではあるが、宿題も残っている。
早く教科書乾かしたい。
お母さん帰ってくるの遅いからご飯も炊いて…あ、2人ともびしょ濡れだったからお風呂入れてあげたら良かった……。
「にいちゃー!」
「にぃにー!」
だと言うのに弟は凑をすぐに頼ってきた。
兄ちゃんなら自分の味方をしてくれるはずだと信じて疑っていない。
そんな自己中な弟達に、兄はついにキレた。
「もぅ!俺、今忙しいの!そんなに喧嘩してると、カミナリ様がくるぞ!!」
と叫んだ瞬間、ドーンッと雷がすぐそばに落ち、パッと部屋が暗くなった。
それに驚いた冴と凛が「兄ちゃ!」と言いながら足元に抱きついてくる。
もちろん凑だって怖かった。
しかし、それをグッと堪えて2人を安心させるために抱き寄せる。
「兄ちゃんに任せとけ…絶対に俺が2人を守るから。
お父さん言ってた、こういう時はブレーカーを上げればいいんだよ」
まだ雷が鳴っている。
時々また凄まじい轟音が聞こえてくる。
ビクビクと薄暗い廊下を3人でくっついて移動しブレーカーのある場所まで来るが、ブレーカーははるか上にあって椅子に登っても届きそうにない。
「兄ちゃん、電気直る?」
「………」
仕方がない、凑は廊下の脇に置いてあるはずの懐中電灯を持った。
カチッと電気を付けると、冴と凛はいくらか落ち着きを取り戻した。
「よし、2人はそこで待ってて」
「どこ行くの?」
「倉庫」
凑は2人を家の中で1番明るい1階のベランダ近くに懐中電灯を持たせたまま座らせ、毛布を被せる。
「何があっても、守るから」
「カミナリさまくる?」
「来ても兄ちゃんがやっつけるから大丈夫」
不安そうな凛の頭を撫でて、凑はベランダに置いてあるスリッパを履いて、倉庫へ向かう。
そこにはいつか使ったことのあるキャンプ用品が揃っていた。
ごうごうと鳴る風に飛ばされそうになりながら、目的のものを引っ張り出して、2人の元へ帰る。
部屋に入ると、凑は雷に負けないように笑顔で声を張る。
「冴、凛!大変だ、冒険に出たのに嵐だ!
今日はここでテントを張って明るくなるのを待つぞ!」
「嵐?」
「あらし?」
凑は倉庫にあった簡易テントを張り、その中に2人を入れる。そして、キャンプ用ランプをそこで灯した。
「いいか、外にはカミナリのお化けがいるけど、この中は安全だ。
なんたってお父さんが買ったテントだからな」
食糧もあるぞ、と自分用に隠しておいたおやつを2人の前に並べた。
「あ、兄ちゃん、ボール!」
「安心しろ冴、そう言うと思って持ってきた」
「あとカメラ!」
「それもある」
2人はそこでやっと安心して笑顔がこぼれた。
「いいか、俺たちがお母さんが帰ってくるまでこの家を守るんだ!」
「うん!」と2人の元気のいい声を聞いて、凑は微笑んだ。
どのくらい時間が経っただろう。
ウトウトとする2人を抱えながら、凑はランプで照らしながら床で宿題をする。
そろそろ足が痺れてきた、そう思った時、パッと電気がついた。
「凑、冴、凛!遅くなってごめんね!
暗いのによく頑張ったね!」
母親が帰ってきたのだ。
その声を聞いて、冴と凛はパッと目を冷まし、走って母親のいる玄関へ向かう。
やはり怖かったのか、2人は母親から抱きついたまま離れない。
「凑もありがとう、ごめんね…2人のこと任せっきりで、お母さんも早く帰ってこれたら良かったのに…」
凑はそんな母親の胸に頭を預け、冴と凛に聞こえないようにぽつりと呟いた。
「怖かった……」
「うん、そうだね」
────────────
「凑、今日は本当にありがとう」
凑は当たり前のことをしただけだと首を横にふる。
「でも…いっつもお兄ちゃん頑張ってくれてるし……そうだ、次の長期休み凑の行きたい所に行きましょう」
「……いいの?」
もちろん、と頷く母親に、凑はうーんと悩む。
「そんなに急がなくてもいいのよ?」
「わかった」
その数日後、凑は「イングランド」に行きたいと両親に伝える。
そこでは今サッカーの試合もしていて、冴にちょうどいいと思ったからだ。
凑が倉庫に行っている間に凛を勇気づけていたのは冴だから、それくらいのご褒美があってもいいと思ったのと……単純にイングランドの写真を撮りたかった。
大観衆のスタジアム。
その中心でサッカーをする選手達……そしてその更に中心になっていた彼を見て、雷を受けたような衝撃をウケる。
凑は口を大きく開け、頬を昂揚させる。
「かっこいい……」
無意識に口から出たその言葉は、大観衆の声援に溶けて消えていった。
「あの人を、撮りたい……」
2話
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番外編
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3話
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4話