エピソード凑・3話

エピソード凑・3話



「キャー!糸師くーん!!」


体育の授業中…女子生徒の視線の先にいるのは、サッカーボールをGKとして受け止めた凑だ。


糸師凑、小学6年生。

梅雨入りする少し前の出来事の話である。


「ケッ、あんな奴のどこがいいんだか!」

「ケンちゃん、女子に睨まれてるよ」

何を考えているかよく分からない無表情でボーッとしている凑が、手をこちらに振る女子生徒に首を傾げながら手を振り返す。そのファンサービスにまた黄色い悲鳴が聞こえたことで、ケンちゃんは更に顔をしかめた。

しかもあの糸師凑は、自分が所属するチームで1年生であるにも関わらずチームの監督に才能を認められている糸師冴の兄貴である。

面白いわけが無い。

「はー、本当に糸師くんってかっこいいよねー」

「ほーんと、他の男子とはちょっと違うって言うかー」

「あのミステリアスな雰囲気がちょーかっこいい〜」

「何考えてるんだろうね、糸師くん」

試合が終わったのか、同じチームに分けられていた仲間達とハイタッチをする凑はそれに応えてから空を見上げる。


(あ、あの雲……クリスみたい……どうやって撮ろう……こう、神々しいアングルで……)


カメラ持ってきたら良かったなちくしょー、と思いながら、凑はクラスメイト達に囲まれてグラウンドのベンチに座った。

「あれは……多分写真のこと考えてるな?」

「ユイちゃーん、次私達のチームの試合だよー?」

唯一、凑という人間がどんな性格をよく知っているユイは探偵よろしく顎を指で支えてそう推理するのだった。



────────────



「また明日ね、凑くん!」

「うん、ユイちゃんまた明日」

「とっとと帰れよ」

凑とユイの別れの挨拶を遮るように冴が2人の間に割って入る。

「……冴くんさぁ、もう1年生なって2ヶ月だよ?お友達いないの?」

「そんなのいらないし」

バチバチと火花を散らす冴とユイだが、争いの元となっている凑は「仲良いなー」とボーッと思っていた。

「じゃあね、凑くん!明日から梅雨になりそうってテレビで言ってたから、きをつけてね」

「うん、バイバイ」

彼女が見えなくなったところで、凑は冴に手を差し伸べる。

「帰ろっか」

「うん!」

やっと2人で帰れる。と凑の手を取ったところで、後ろから声をかけられた。


「おい糸師!」

ケンちゃんこと最塚ケントだ。

「ケンちゃん…」

「お前にケンちゃん言われる筋合いねぇよ!」

ケントはキレ気味に凑に突っかかるが、凑は「?」と首を傾げるだけだ。

むしろ弟の冴のほうがムッとしてケントの前に立ちはだかる。

「糸師、俺とPK勝負しろ!」

そんな冴を押し退けて、ケントは凑を指差す。

「え?」

「兄貴に勝てるわけねぇだろ、兄貴はGK"だけ"なら最強なんだぞ」

「え?」

「は!?俺だってチームのエースストライカーだぞ!?」

「あの」

「俺の方が上手い」

「なんだと1年!」

当事者を置き去りにしたまま会話は進む。

そして、ソッと凑は手を挙げる。

「写真じゃダメ?」

「「だめ!!」」

何故か冴にまで写真対決を却下されて凑は「ア、ソウ…」と挙げた手を下げた。


そういうわけで、凑は冴達が所属するチームの練習場まで、冴と凛に引きずられるような形でやって来ていた。

チームの監督はもちろんチームメンバーも冴の兄であり、定期的に写真を撮りにやってくる凑のことはよく知っていた。

そのため、ケントはすぐに凑との対決の為のゴールを使わせてもらえることになった。

「なぁ、冴、凛…ほんとにやんないとダメか?」

「「ダメ!」」

何故か凑よりも弟達の方がやる気満々である。

凑は相変わらず、早く写真撮りたいんだけど……とボーッとしながらグローブを手にはめる。

「いいか、糸師!3本勝負だ!

男と男の決闘だからな!真剣勝負でいくぞ!!」

「あー……うん、わかった」

仕方ないなぁ、弟達も見てるしちゃんとするか……と凑は覚悟を決めて、目を瞑り…ゆっくりとまた開いた。

いつもの凑の雰囲気とは全く違う。

「え」と戸惑いの声を上げたのは自分だったか、それともチームメンバーの誰かだったのか……。

ただ、ただ真っ直ぐにこちらを射抜いてくるような瞳に、ケントは一瞬気後れする。

(ビビんなって、Gkしかしたことねぇ初心者だぞ!?)

ケントは気合を入れて、ボールを蹴った。

バッとそれに反応した凑はボールを右手で弾く。

「なぁっ!?」

ケントは驚き目を見開く。

初心者の反応では無い。

コート外では糸師弟達が腕組みをしてドヤ顔している。

腹立つなアイツら。

だが、ケントは冷静だった。生半可なコースはきっと弾かれてしまう。

サッカー初心者とはいえ、凑はあの糸師冴と糸師凛の兄。恐らくあの2人のシュート練にほぼ毎日付き合わされていることをケントはすぐに察した。

「じゃあ、これはどうだ!?」

ケントは勢いよくボールを蹴ったように見せかけ、ボールを前に出る凑の頭上高くを通り過ぎる、ループシュートを蹴った。

今度驚いたのは凑の方。

そんなシュートもあるのか、と初めて見た(多分弟達は以前やった事ある)ループシュートを見て、気合いを入れた。


3本目……。


これで勝負が決まる。

ケントは左にシュートを打つ、と見せかけるフェイントで右にシュートを打った。

凑は左に動いていたところ……。


「右だ!」


どこからか聞こえた声に、凑は思わず反応し、足でボールを弾いた。


負けた……。


ケントはグッと泣くのを堪え用途していた時だった。

凑が口を開いた。

「今の、誰?」

凑は怒っていた。

凑が怒るところなんて、弟達でさえほとんど見たことがない。

そんな凑が、怒っていた。

「え?」

「……男と男の真剣勝負なんだろ?

邪魔が入った……いや、反応した俺のせいでもあるんだけど……やっぱり凄いな、あれなかったら絶対騙されてた」

「……なに、そんな事言うなよ…俺はお前に……」

「ケンちゃん次の体育の試合で決着つけよう、絶対勝つから」


そう言うと、凑はサッサとコートを出ていった。

「……ケンちゃん、あんなシュートできたんだすげぇ!」

「やっぱりエースだな!」

チームメイトからの賞賛の声。

だが何一つケントの耳には入らない。

「……いや、凑の勝ちだよ……。

ちくしょー、なんだよアイツかっけぇなぁ!!」

清々しい気分でケントは笑う。

仕方がない。あんなにかっこいい奴に嫉妬する方がおかしい。

「いつか、俺の方がかっこよくなってやるからな」

「いや、無理だろ」

「むり!」

「お前らほんっとに雰囲気ぶち壊し」

ケントの横を走り去って凑の元へ行く冴と凛の一言に怒りを覚えながら見送る。

2人が凑に追いついた時、凑が「あ!」と短く声を上げ、ケントの方へ向かってくる。


あの3本勝負中、凑は真剣な顔をするケントを見て、とある感情を抱いていた。

「ケンちゃん、写真撮らせて!」


目をいつも以上にキラキラと輝かせながらそう言い放たれた凑の言葉にケントは困惑し、冴は激怒した。



────────────



「おはよう凑くん!」

「おはよう、ユイちゃん」

「また来た…」

翌日、手を繋いで登校班に合流しようとする凑と冴にユイが話しかけた。

「……冴くん?お友達の所行ってきたら?」

「うるせぇ、俺の勝手」

「あ、冴、ユイちゃんカエルいる」

「「兄貴/凑くん、止まって」」

「ア、ウン…」

これはいつもの朝の光景である。

冴とユイが言い争っている間、凑はじっと止まって地面にいるカエルを見つめていた。

「よう、凑!はよー!」

急に後ろから肩を組まれ、凑は驚いて後ろを振り向く。

そこに居たのは昨日散々写真を撮らせてもらったケントだった。

「……ケンちゃん、おはよ」

「って……なにやってんだあいつら?」

「さあ?」

ケントの存在に気が付いていないのか、冴とユイは言い争ったままだ。

質問したがケントには大体何の争いか検討が着いている。

この鈍感男(凑)についてだろう。

「ま、俺には関係ねぇけど……」

「なんか言った?」

「…凑、行こうぜ。アイツらに付き合ってたら置いてかれる」

ケントは凑の背中を押して走り出した。


「俺ら先行ってるなー!」

「あ!?」

「は!?」


今日はいつもの光景が少し変わった日である。


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